top of page

(「介護保険情報」2012.7月号に寄稿)

 

 

震災後の福祉・介護の課題

【Text版】

 昨年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とこれに伴う大津波は、東日本一帯に死者約1万6千人,行方不明者約3千人、一部損壊以上の住家約120万棟に及ぶ甚大な被害をもたらした。

 福島県においても、県内全域で震度6強〜5弱の非常に強い揺れを観測し、大津波ともあいまって、死者2,446人(震災関連死761人)、行方不明者45人、住家被害約24万棟となった(24年5月末現在)。

 加えて、東京電力福島第一原発事故により政府から地域住民に避難指示等が矢継ぎ早に出され、また広範囲に放出拡散された放射性物質による子どもへの影響を恐れる母親などを中心に膨大な県民が全国に避難を余儀なくされ、本県は、他県とは際立って異なる複合災害の渦の中に飲み込まれることとなった。

 この震災はあらゆる分野に深刻な影響を及ぼしたが、本稿では、震災後の福祉・介護をめぐる課題について、被災・避難者及び社会福祉施設という二つの面に焦点を絞って、以下述べることとする。

1 被災・避難者をめぐる課題

 

 原発事故に伴う避難指示により、相双地区(浜通り)9町村の行政機能(役場)及び町村社協は県内外に避難を余儀なくされた。社協の場合、介護保険事業が実施不能となり、職員を一時解雇せざるをえないところも出た。

 避難町村は次のとおり(( )内は避難先)。

 このうち川内村及び広野町は今春から役場機能を元の地に戻している。

 〇 浪江町(二本松市)

 〇 双葉町(埼玉県加須市)

 〇 大熊町(会津若松市)

 〇 富岡町(郡山市)

 〇 楢葉町(会津美里町、いわき市)

 〇 広野町(いわき市)

 〇 川内村(郡山市)

 〇 葛尾村(会津坂下町)

 〇 飯舘村(福島市飯野町)

 また、政府の避難指示及び放射能不安により県内外への避難を余儀なくされた住民は約16万人(県民の約8%)に及んでいる。

 このうち県内での避難者は10万人弱となっている。

 

 現在の居住別の状況は次のとおり。

 ○仮設住宅32,618人、

    ○民間借上住宅(一般)3,972人、

    ○民間借上住宅(特例)58,895人、

    ○公営住宅1,329人、

    計97,632人(24年5月末現在)

 また、県外への避難者は約6万2千人で、避難先は全都道府県に及んでいる。

 最多は山形県の12,607人、次いで東京都7,821人、新潟県6,521人などとなっており、居住別には、公営住宅、仮設住宅、民間アパートなどに約5万人、親族・知人宅等に1万1千人などとなっている(左図)。

 

 こうした未曾有の緊急事態に直面し、福島県社協は、県、日赤県支部、県共募、災害NPO、青年会議所、県アマチュア無線連盟の6団体8機関と連携し3月14日に県災害ボランティアセンター(以下「VC」)を設置。市町村災害VCの立ち上げ・運営支援、ボランティア・コーディネーターの派遣、必要な資機材等の手配・配布等に当たった。

 

 この結果、ピーク時で39の市町村災害VCが設置され、発災以来1年間で全国から集結した約14万8千人(県内7万8千人、県外7万人)のボランティアに対するコーディネート機能を果たすことになった。

 

 なお、阪神・淡路大震災の先例から、マンパワーが圧倒的に不足することが容易に想定されたため、全社協を通じ、関東ブロックA及び九州ブロックの社協、災害ボランティア支援プロジェクト会議等から延べ約九千人の職員の派遣を受け、主にボランティア・コーディネート面での被災者支援を行った。併せて、ボランティア・バスも実施した(35回約1,000人)。

 

 さらに、避難者は緊急の避難指示の中、着の身着のままで避難せざるを得なかったことから当面の生活費にも事欠く事例が発生すると想定されたため、昨年3月末から、10万円又は20万円を限度とする緊急小口資金の貸付を開始し、大混乱の中、約1カ月半の短期間ながら約2万5千件、35億円の貸付を行った。本年4月からは償還が始まっている。

 

 さらに、昨年8月以降は、仮設住宅の建設で、一次・二次避難所からの入所が進んだため、新たなフェーズに取り組むこととし、県災害VCは10月から「県生活復興VC」に移行するとともに、市町村災害VCも順次、「生活支援VC」等に切り替えられた。

 県生活復興VCは、仮設住宅等入居者への支援を行うため、県内五九市町村中30市町村のセンターに生活支援相談員171名(他に県社協に5名の統括生活支援相談員)を配置した。

 

 生活支援相談員は、「被災者主体」「孤立・孤独化の防止」を主たる目的として、見守り・生活支援活動に取り組むこととし、学習会、研修、情報交換会、避難元・避難先社協連絡会等によりスキルを高め、活動の実を期することとした。なお、相談員のほとんどは被災・避難者であることも大きな特徴である。

 

 生活支援相談員は、高齢者・障がい者世帯等世帯の構造に応じた活動内容とし、これまでの活動状況は延べ約16万件(「ちょっと訪問」を含む)となっている。

 この活動の中で浮き彫りになってきた課題は大きく三点に分けられる。

 

(1)   コミュニティの崩壊と新しいコミュニティでの生活課題

 

 放射能への不安などもあり、警戒区域全員がバラバラに避難するという異常事態の中で、家族が離れて生活せざるを得ない状況が多く見られる。

 そのため、これまでの地域コミュニティが崩壊しただけでなく、避難先での生活が長くなればなるほど新しいコミュニティでの生活をどう組み立てていくかの課題が発生している。

 

 〇 仮設住宅及び借り上げ住宅に避難している住民の多くは、「先の見通し」が分からないことに不安を抱えている。避難住民は、一時帰宅の際に自宅や周辺地域の荒廃を目の当たりにして、地元に戻れるのかという「帰還の可否」の問題を抱え、これからの生活拠点を決められず、仕事探しがうまく進まないでいる。

 「いつまで仮設での生活を続けなければいけないのか」

 「生活の拠点を今後どこに置いていくのか」

を悩み、不安を抱えている。

 ある自治体の住民アンケートでは、約半数が帰還する意思がないと回答。その理由として「除染が困難」が8割を超えトップ、「国や自治体が安全と言っても信用できない」が7割、「帰還しても農業ができない」「子どもや孫は帰らせられない」が6割以上となっている。

 〇 仮設住宅での暫定的なコミュニティでは,故郷での顔見知りが少なく、住んでいる周辺の地理も分からないため、特に高齢者は居室に閉じこもりがちになってしまう。

 〇 仮設住宅には複数の地域から住民が入居しているが、人数の多い地域住民がその仮設住宅内の主導権を取りがちになり、住民間で「派閥」的なまとまりができやすくなっている。

 〇 農業、漁業者を始め家や働く場所を失い、生活のすべてが変わってしまったため、就業意欲はもとより、生きる張り合いを無くし、体力が低下、ストレスが溜まり,家族や身近な人との些細なやりとりでもトラブルにつながるケースや浪費に走るケースが見受けられる。

 〇 母親が家庭内で孤立し、先行き見通しのないイライラ感や家庭から離れたストレスが子どもに向かい虐待になるケースや、アルコール依存症、離婚、鬱病や統合失調症になり、又は悪化するケースもある。原発事故を理由とすると思われる自死事例も発生している。

 〇 緊急時避難準備区域解除地ではインフラ整備や除染が終わっていないため戻る人が必ずしも増えていない。

 〇 なお、長期の帰宅困難が予想される双葉郡内の自治体のうち、双葉、大熊、浪江、富岡の4町が避難先の自治体に町役場や学校、商業施設などを集約させる「仮の町」構想を検討しており、政府も関係省庁による支援チームを発足させたが、自治体の中に別の自治体をつくることは前例がなく、課税の在り方など課題が山積している。また、受け入れ候補の自治体からは、積極的な姿勢を見せる自治体がある一方、人口増に伴う渋滞の発生や公的サービスの負担増などを警戒し消極的なところもあり、その帰趨は今のところ不明である。

 〇 全国に避難した住民の支援も大きな課題である。避難先の自治体や社協、NPOなどの支援があるほか、福島県でも「新しい公共」政策の一環として、県民活動支援基金によりNPOなどの支援活動に対する助成を行っているが、それにも限界がある。また、教育や仕事の関係で避難期間が長くなるほどふるさとへの帰還がますます困難になり、県人口の減少や産業経済の振興に影響が出ると懸念される。

 

(2)   世帯分離の進行によって懸念される訪問福祉課題

 

 避難世帯の構成員が、住居、仕事、放射能への不安等により分散して避難するという世帯分離のケースが多いことも大きな課題である。

 

 〇 環境の変化により特に高齢者は肉体的・精神的疲れが出ており、認知症の進行も見られるが、世帯が分離したことで世代間による支えが難しくなり、高齢者が高齢者を介護するような状況が見られる。

 〇 夫のみが地元などに残る世帯では、二重生活による金銭負担に加え、母親の育児負担増や周囲に知人がいないことによる孤立や育児不安も心配される。

 〇 高齢者が仮設住宅に、息子夫婦が借り上げに別れて暮らすケースも多い。仮設住宅がなくなったときに高齢者をちゃんと引き取れるのか、等の課題がある。

 〇 高齢者は、避難前は孫やひ孫と一緒に暮らして自分の役割があったのに、それがなくなって閉じこもってしまう。農作業や草むしりもできないので悪循環になっている。

 〇 借り上げ住宅では、日中独居になる高齢者がほとんどで、第三者とのコミュケーションがとれない状態。孤独・孤立死の事例も発生している。

 

(3)   仮設住宅と借り上げ住宅避難者への支援格差(住民間の格差意識)

 

 同じ避難者であっても、仮設住宅の避難者と借り上げ住宅の避難者に対する支援に格差を感じるという不満の声がある。場合によっては、仮設住宅間でも住宅の品質面での格差を指摘する声もある。

 

 〇 仮設住宅では生活物資などは十分に配布されているようだが、借り上げ住宅では、仮設住宅と比べると生活物資の配布などを含めて不十分なことが多いうえ、生活情報の提供が不足しているなど、支援格差がある。

 〇 仮設住宅の場合最も憂慮されるのは「支援慣れによる自立意識の低下」であり、過度な支援が「貰い慣れ」「してもらって当たり前」という考え方を生んでしまい、今後の自立生活の妨げになることが心配されることから、今後自立を促す支援に移行していく必要がある。

 〇 一方、借り上げ住宅での避難生活は、全く知らない土地で周辺の住民に知り合いもいないことから閉じこもりがちになり、孤独感に陥ったり孤立に至ってしまっている例が多い。そうした強い孤独感を和らげるために、情報の提供や仮設住宅の集会所などを利用しながら、住民同士の交流の場を作っていくことなど支援の在り方の方向性を考える必要がある。

 〇 行政には、仮設住宅の住環境改善や今後の見通しについて、被災・避難者に対して説明を行うとともに、避難者に関する情報を共有する仕組みや体制づくりが求められることを特に強調しておきたい。時に生命に関わる事態も起こりうる避難生活の中で、個人情報保護法を画一的に、また縦割りで判断するのではなく、避難者を支援していくための貴重な情報として共有化が図られなければならない。

 〇 生活支援相談員と保健師・看護師など専門職種、行政機関、民生委員・児童委員や地域包括支援センターなどとの連携がより一層必要である。

 〇 どのコミュニティにも関わりの薄い人、マイノリティの人たちがいる。こうした人たちをどうしていくか真剣に考えていく必要がある。現に何件かの孤独・孤立死の事例も発生している。

 

2 社会福祉施設の福祉・介護をめぐる課題

 

 県内社会福祉施設1,235のうち、原子力災害による避難は102施設で、うち避難区域の入所系施設(特養、障がい児者施設など)の避難はピーク時で約2千名となった。特養、養護で再開できていない施設は8施設、429名で、149カ所の施設等に避難収容された。高齢者施設のうち避難者を受け入れている県内施設は56施設、349名である。複数の障がい児施設を経営するある法人は約3百名近くの入所児・職員が県外(千葉)に1年近く避難を余儀なくされた(3月までに帰還。但し、あくまで仮設又は仮の施設)。また、ある特別養護老人ホームでは県内を転々と避難し、最終的に多くの施設、病院等に分散収容された。

 県社協では、延べ420の社会福祉施設に対し、飲料水、食料品、衣料品、日用品、マスク、経管栄養剤などの救援物資を配布するとともに、空中放射線量測定器を400台購入し、施設法人、市町村社協に提供したほか、被災・避難で経営に苦しむ施設経営法人・社協に約2億4千万円を助成(自動車の現物助成も含む)した。

 また、東京電力に対する申入書の提出、損害賠償説明会等の開催、県原子力損害対策会議等への参加、県議会に対する要望活動等を通じ社会福祉施設が被った原子力損害に関する支援活動を行った。県社協を通じた本年四月現在の損害賠償請求額は約20億円だが、直接請求の施設・法人があるほか、決算も終えておらず請求手続き自体に手をつけられないでいる法人も多いのが実態(半分程度か)である。しかも文科省の原子力損害紛争審査会では、財物価値の評価等を含めた損害賠償の範囲や終期など詳細な全体像を必ずしも示していないことから、東電の不誠実な態度とも相まって引き続き困難な状況が続くことが予想される。

 社会福祉施設をめぐる課題としては主に次の2点が指摘される。

 

(1) 施設の帰還及び再整備

 

 〇 居住困難区域等における事業再開の見通しが立っていない。

 〇 休業や事業規模縮小による経営難。

 〇 東京電力の損害賠償が迅速になされていない若しくは手続きに難儀している。財物価値の評価について指針に盛り込まれていない。

 〇 (仮設施設を含め)再整備に当たって自己負担が生じる場合の財源手当が難しい(損害賠償の問題にもつながる)又は土地の手当てが困難。

 

(2)福祉人材の確保

 

 〇 放射能への不安等から、退職者が増加(医療施設等と同様)。

 〇 県社協の施設職員等退職共済事業の加盟会員(約1万人)のうち23年度中退職者は、22年度中に比べ、人数・退職金給付金額共に70%以上増加した。

 〇 県のアンケート調査によると、特養、養護等の高齢者施設中、震災前と比較して介護職員数が減少した施設は200施設中71施設で226人に上ることが判明した。

 〇 震災発生以後に退職した介護職員数は942人、うち3割に相当する268人は震災・原子力災害を理由に退職した。

 〇 今後の人材確保に不安を感じている施設は約9割にのぼっている。

 〇 県社協福祉人材センター統計によれば、新規求人倍率は23年度、前年同期比で2.89倍になった。従来の勤務条件やミスマッチングに加えて震災や原発事故の影響が重なったためとみられる。

 〇 また、介護職・看護職の有効求人倍率はここ3年、全職種の有効求人倍率を常に上回る傾向が続いているなど、介護職・看護職員の不足、特に相双地方(浜通り)の職員不足が深刻になっている。

 このため、厚労省・県は、他県施設に介護職員の派遣支援を要請することとし、県社協内にコーディネーターを設置、マッチングを行うことになった。

 しかしこれは、応急措置として有効ではあるが、派遣継続のためには相当のマンパワーの確保が必要になるうえ、何よりも除染の問題が解消されない限り中長期的な福祉人材の確保について確たる見通しが立てられないという困難性を一方で内包している。

 

 以上、被災・避難者支援及び社会福祉施設への支援の二面から福島県の福祉・介護が抱える課題を述べたが、その他共通する問題として

 

 〇 原発事故の終息と除染、汚染土壌等の中間貯蔵施設設置問題の解決

 〇 県民を分断することのない完全な原子力損害賠償の実現

 〇 県復興計画、各市町村復興計画に基づく復興工程の着実な実施(各市町村で策定に向けた動きが進むとともに、双葉郡全体の復興像を表す「グランドデザイン」が国から示されている)

等が解決すべき大きな課題として挙げられる。しかしいずれも困難な課題であり、しかも解決には相当長期の期間を要することは言うまでもない。

 

最後に

 

 東日本大震災で家族を奪われた人がいる。

 生活してきた家や土地から、選択的にではなく強制的に離れざるを得なかった人がいる。

 不条理、理不尽さの中で、様々な悲しみや悔しさ、悩みを多くの住民は抱えている。

 非日常生活が日常生活になりつつある避難生活では,今までと違う多くの課題や問題が顕在化してきている。

 様々な亀裂、分断も起こっている。

 時の経過と共に新たな課題も予想される。

 一方で、原発事故の終息には気の遠くなるような時間が必要であり、損害賠償も遅々として進んでいない。

 なにより、生まれ暮らしてきたふるさとへの帰還、そして元の生活に戻るという希望が、光が、まだまだ見えないが、あきらめるわけにはいかない。

 復興計画等に基づき、新しい福島の再構築に向けて一歩、一歩、着実に歩んでいかなければならないと考える。

 

        ♬ The House of the      Rising Sun

        朝日のあたる家

       Tommy Emmanuel 

       トミー・エマニュエル

 

    2012.11.20

 

 アメリカのTraditional Folk Songに、娼婦に身を落とした女性が半生を懺悔する歌とされる「The House of the Rising Sun(朝日のあ(当)たる家)」という素晴らしい曲があります。

 日本ではアニマルズやディランのものが有名ですが、多くのアーティストがカバーしています。

今日は、少し時間に余裕があったので、この曲をあらためて手持ちアーティスト群による演奏で楽しみました(浅川及びちあきは「朝日楼」)。

 ただし、イギリスのJohnny Handleという歌手の音源がないのが残念です。

・・・・・・・・・・・・・・

 トミー・エマニュエル(1955-)は、オーストラリアのギタリスト。フィンガーピッキングの達人

bottom of page