【森林汚染の実態と除染】 2014.6.5(木)
以前のものですが、シェアさせていただきます。
NHKアーカイブス 時論公論 「森林汚染の実態と除染」
2011年09月14日 (水)
東京電力福島第一原子力発電所の事故から半年が経ち、学術的な調査から森林などの深刻な放射性物質による汚染の実態が明らかになっています。 政府は住民の帰還を進めるために除染を最優先課題として取り組むとしています。きょうはこれまでの調査で明らかになった森林などの汚染の実態と今後の除染の課題を考えてみたいと思います。
文部科学省では全国の大学など19の研究機関が参加して、土壌や森林など環境における放射能汚染の実態を総合的に調査しています。そして昨日は、森林の汚染の実態について初めての調査結果が報告されました。
調査が行われたのは、福島県川俣町の山木屋地区で、年間20ミリシーベルト以上被ばくする恐れがあるとして計画的避難区域に指定されています。 住民が避難した原発周辺の警戒区域や北西方向の計画的避難区域は全面積の70パーセント近くは山林と言われています。そのため今後、住民の帰還に向けて除染するためには、森林の汚染の実態を解明することが必要です。
私は先週、川俣町で森林の汚染を調査している現場を取材してきました。筑波大学を中心とした大学連合チームが周到な調査を行っていました。杉林に建てられた櫓のようなタワーが建てられています。
高さごとに放射線のレベルがどのように変化するのか調べます。タワーの上から見ますと、森に覆われて地面は見えません。こうした森の植生が放射性物質の沈着にどのように影響を与えているか調べます。
木々の間には雨や樹幹流を捉える装置が据えられていました。また落葉なども設置されたネットで捉えます。
水や落葉に含まれる放射性物質を計測することで森林内での放射性物質の移動を調べます。今回の調査では平地の土壌と森林では放射性物質の分布に大きな違いがあることが分かりました。
平地と森林の高さ別の放射線レベルを比較してみましょう。
◆土壌に沈着した放射性セシウムが主要な放射線の源となっている平地では高くなると放射線のレベルは減っていきます。 ◆しかし樹齢50年近い壮齢の杉林ですと地表よりも林の頂上部分の放射線のレベルが高くなっています。木の上部に放射性物質が多く付着しているということです。三月に放射性物質が拡散したとき、常緑の針葉樹林では葉が放射性物質を捉えたものと見られています。森林では落ち葉などがリター層と呼ばれる表層を作り、それが次第に腐食して土壌へと変わってゆきます。この落ち葉などのリター層が、特に広葉樹林ではひどく汚染されていることも明らかになりました。
調査した地区の広葉樹林では最大で1キログラムあたり75万ベクレルときわめて濃い放射性セシウムを検出しました。事故の起きた春、まだ芽吹いていなかった広葉樹林では雨とともに放射性物質がリター層に沈着したのでしょう。 木の上にある放射性セシウムは雨や落葉とともに徐々に地上に落ちていることも分かりました。チェルノブイリでは放射性セシウムは一年ほどで木から土へと移行し、そして再び吸収されて木へという放射性物質の循環が始まりました。 福島ではまだ放射性セシウムは木の上やリター層に大部分が留まっており、循環は始まっていません。しかし今後一年から二年をかけて、放射性セシウムが土壌にまで浸透し、チェルノブイリと同じような循環が始まるものとみられます。 この地域は山のすそ野に住宅が建てられ、まさに森林が家の裏山となり、里山となっています。農業や畜産では森林の腐植土を利用する自然農法が行われ、またキノコや山菜などは春や秋に豊かな恵みを住民に与えていました。しかし森林汚染はそこを発生源とする放射線という形でも付近の放射線レベルのバックグラウンドを引き上げる原因となっています。森林と密接した居住環境が除染してもなかなか放射線レベルが下がらない原因となっています。
調査チームのリーダーの筑波大学の恩田教授は「人里に近い山などは除染を徹底するためには、今のうちに伐採しリター層を取り除くのがもっとも効果的だ。ただその後、保水のためにチップを撒いて、植林する必要はある」と述べています。
地域ごとに森林の汚染の実態を調査して、状況に応じて生活圏の除染を進めなければなりません。生活圏と森林が密着している地域だけに、住民を帰還させるためには、麓だけの除染では足りず、場合によっては住居を森から離れた場所に移転するなど難しい選択も必要となるかもしれません。
野田政権は「福島の復興なくして日本の再生なし」として、福島の復興に全力を注ぐ方針を示し、地域の除染を最優先課題に掲げています。ただこれまでの土壌や森林の汚染調査から、汚染は深刻で、除染は容易ではないことも明らかになっています。 ●除染に向けた課題としては、まず放射性セシウム以外の放射性物質の汚染状況をしっかりと調べることです。特に骨に濃縮するストロンチウム、そして体内に入ると被ばくの恐れの大きいプルトニウムなどアルファ核種がどの程度拡散しているのか、採取した土壌の試料をしっかりと分析することで確定することです。その地域が、住民が居住できるかどうかの目安ともなります。 ●次に放射性廃棄物の処分場の問題です。 細野原発担当大臣は「国有林も検討に入っている」と述べて、中間貯蔵施設を福島県内の国有林に設置することを検討していることを明らかにしました。 繰り返し指摘されていることですが、除染が本格化しますと、土など放射性物質を含んだ廃棄物が大量に発生します。この廃棄物を貯蔵する施設を作ることが除染の前提条件となります。
さらに故郷に帰るまでの間の住民の生活をどのように支えるかです。国は除染を進めて住民が帰還できる条件をできるだけ早く整えるとしています。計画的避難区域に入った飯舘村では村主導で積極的な除染を進め二年間という具体的な時期を帰還の目標として掲げています。 この2年という数字は今の避難生活の状況の中で住民が待てるギリギリの期間かもしれません。ましてやさらに汚染の酷い原発周辺の自治体については、まだ帰還までの目標の時期さえ定められないでいます。 そうしますと除染が進み、住民が戻る条件が整うまでの期間が一時的避難の枠を超えて、かなり長期間になる恐れが出ています。その間の住民の生活をどのように支えていくのかも、政府の大きな課題となってきます。
そして最後に「どこに住むのか」という住民の選択の問題です。 今、警戒区域などから避難した人々の心は、故郷に絶対に戻りたいと強く思う一方、はたして本当に戻れるのだろうか、あるいは除染したとしても安全だろうか、大きく揺れ動いています。一人一人の心の中でも、家族の間でも、そしてコミュニティの中でも戻るのか、移住するのか、揺れ動いています。 戻るという選択をする多くの住民がいる一方、戻りたくない、移住を選択する住民もかなりな数が出てくるかもしれません。除染が終わるまでの間、土地を政府に貸して、別の場所でコミュニティを再建しようと唱える人もいます。チェルノブイリでは、新たな街を作り、そこに住民が移住した例もありました。 政府としても除染を進めるとともに、こうした揺れ動く住民の心に寄り添い、一つの方針に固定するのではなく、住民がさまざまな選択ができるよう間口の広い対策を用意することが必要となるでしょう。
今回の調査で人々の生活と深く結びついた森林の深刻な汚染の実態が明らかになりました。さらに今後、日本のアカデミズムの英知を結集して河川や湖、沼、地下水、動植物、そして海についても汚染の実態を調査することが必要です。こうした科学的な調査が今後の被災者救済の大きな基礎となるからです。 政府はそうした科学的な汚染の実態調査を基礎に避難している住民の生活の再建にむけて総合的な具体策を早急にまとめることを求めます。
(石川一洋 解説委員)