top of page
検索

【白昼の妄想〜全ては消耗品に帰するの巻】2015.8.5(水)

  • 執筆者の写真: Iwashita Tetsuo
    Iwashita Tetsuo
  • 2015年8月5日
  • 読了時間: 1分

「弾薬は消耗品であり、消耗品は武器ではない。従って、弾薬は武器ではない」。

これ、まさに想定外の、他の追随を許さない「定義付け三段論法」なり。

このデンでいけば、あらゆる武器そのものでさえ、それこそ消耗品である人の命を奪っているうちにいずれ消耗するものだから、武器ではないと言える。

まして、劣化ウラン弾、パーム弾、生物兵器、化学兵器、ミサイル・原爆・水爆など、一度爆発してしまえばその場限りの消耗品、従って武器ではないとの論理的帰結に当然、なるわいな、皆の衆。

そういえば、アベシは以前、日本は小型のものであれば、核爆弾の投下も憲法上理論的には可能だと言ってたなぁ。

いやあ、実に怖くて#ふるえる。  と言うかキャつらの考えることは、わけ分っかんなくて脳細胞が壊れてしまいそうだ。。。

もしも北朝鮮からミサイルが飛んできても、武器ではないから迎え撃つことはないということだよね、中谷君。

〜毒舌悪態亭亭主より〜

 
 
 

最新記事

すべて表示
Featured Posts
Recent Posts
Archive
Follow Us
Search By Tags
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

        ♬ The House of the      Rising Sun

        朝日のあたる家

       Tommy Emmanuel 

       トミー・エマニュエル

 

    2012.11.20

 

 アメリカのTraditional Folk Songに、娼婦に身を落とした女性が半生を懺悔する歌とされる「The House of the Rising Sun(朝日のあ(当)たる家)」という素晴らしい曲があります。

 日本ではアニマルズやディランのものが有名ですが、多くのアーティストがカバーしています。

今日は、少し時間に余裕があったので、この曲をあらためて手持ちアーティスト群による演奏で楽しみました(浅川及びちあきは「朝日楼」)。

 ただし、イギリスのJohnny Handleという歌手の音源がないのが残念です。

・・・・・・・・・・・・・・

 トミー・エマニュエル(1955-)は、オーストラリアのギタリスト。フィンガーピッキングの達人

© 2023 by JAMES JONES. Proudly created with Wix.com

bottom of page