【メモ・データベース #26】大飯原発3、4号機及び高浜原発3、4号機運転差止仮処分命令申立事件 福井地裁決定(2015.4.14)全文 記:2015.8.23(日)
◉ 報 道
高浜原発再稼働を差し止め 福井地裁が仮処分決定
2015年4月14日 朝日新聞デジタル
関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町、定期検査中)の再稼働をめぐり、福井地裁の樋口英明裁判長は14日、住民らの訴えを認め、運転を禁じる仮処分決定を出した。原発再稼働の可否を決める新規制基準は「緩やかにすぎ、合理性を欠く」と指摘し、新基準を満たしても安全性は確保されないと判断。政府の原発政策に根本から見直しを迫る内容となった。 原発の運転をただちに差し止める司法判断は初めて。仮処分決定はすぐに法的な拘束力を持つため、今後の司法手続きで覆らない限り、再稼働はできない。関電は福井地裁に異議を申し立てる方針だが、審理は上級審に及んで長引くとみられ、目標とする11月の再稼働は見通せなくなった。再稼働に向けた原子力規制委員会の審査に法的な影響は与えない。
仮処分を申し立てたのは福井、京都、大阪、兵庫4府県の住民9人。高浜原発から約50~100キロ離れた地点に住んでいる。 樋口裁判長は決定理由でまず、各電力会社が原発の耐震設計で想定する最大の揺れ(基準地震動)を超す地震に2005年以降だけで福島第一など4原発が5回襲われていることを挙げ、想定そのものが信頼性を失っていると述べた。 さらに高浜原発では、基準地震動700ガルを下回る地震でも外部電源が断たれて給水が止まり、原子炉の冷却機能が失われる可能性がある▽使用済み核燃料プールは原子炉のように堅固な施設に囲われていない――などと指摘。「万が一の危険という領域をはるかに超える、現実的で切迫した危険」があると認定した。 そのうえで、高浜原発の脆弱(ぜいじゃく)さは、基準地震動の大幅な引き上げとそれに応じた耐震工事の実施▽原子炉冷却にかかわるシステムや、使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性を最高レベルに強化――などの条件を満たさない限り解消されないとした。 高浜原発は今年2月に再稼働に向けた規制委の主な審査に通ったが、樋口裁判長は新規制基準がこうした抜本的な対策を求めていないと判断。新基準は「深刻な災害を引き起こすおそれが万が一にもないといえるような厳格な内容」であるべきなのに、「緩やかにすぎ、安全性は確保されない」と結論づけ、住民らの人格権が侵害される危険性があると認めた。 樋口裁判長は昨年5月、関電大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転をめぐる訴訟で、東日本大震災後では初めて原発の運転差し止めを命じる判決を言い渡した。だが、関電が控訴して判決は確定せず、規制委の審査が終わって知事の同意などがあれば再稼働できる状態にある。 このため住民らは昨年12月、より法的な即効力がある仮処分の手続きをとり、大飯、高浜両原発の再稼働差し止めを求めて訴えた。樋口裁判長は、審査が先行する高浜原発についてまず判断する考えを表明。慎重な検討を求める関電側の主張を退け、3月に審理を打ち切っていた。
◉ 弁護団声明(2015.4.14)
高浜原発3・4号機運転差止仮処分命令を受けての弁護団声明
福井地裁は、本日、関西電力に対し、高浜原発3・4号機の運転差止めを命じる仮処分命令を発令しました。
高浜原発3・4号機については、規制委員会が設置変更許可を出しましたが、本命令によって再稼働することはできなくなりました。
司法が現実に原発の再稼働を止めた今日という日は、日本の脱原発を前進させる歴史的な一歩であると共に、司法の歴史においても住民の人格権ひいては子どもの未来を守るという司法の本懐を果たした輝かしい日であると思います。
も っとも、原発が人格権という最も重要な権利を侵害するものであることは,既に昨年5月21日の福井地裁判決が明らかにしていたところであり、この判決を無視して国と電力会社が原発の再稼働を進めようとしたことは、露骨な司法軽視であり、三権分立という日本の統治制度の根幹を揺るがしかねない重大な問題であると考えます。
本命令は、このような国と電力会社による暴挙を正したものといえますが、国と電力会社は、今度こそ司法の判断を厳粛に受け止めるべきです。
国と電力会社に対し、本命令を機に、福島原発事故という現実を直視し、高浜原発3・4号機のみならず、すべての原発の再稼働を断念し、脱原発に舵を切ることを強く求めます。
2015年(平成27年)4月14日脱原発弁護団全国連絡会、大飯・高浜原発差止仮処分弁護団 共同代表 河合弘之・海渡雄一
◉ その後の経緯
2015.4.17 関西電力が保全異議申立て。
2015.5.20 第1回審尋開始。
以後、9月3日、10月8日、11月13日の3回の期日が定されており、現在、審尋係属中
◉ 福井地裁決定(2015.4.14)
大飯原発3、4号機及び高浜原発3、4号機運転差止仮処分命令申立事件 決 定
当事者等の表示 別紙当事者目録(省略)記載のとおり
主 文
1 債務者は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1において、高浜発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。 2 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第1 債権者らの求めた裁判
主文と同旨。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
債権者らは、債務者に対し、人格権の妨害予防請求権に基づいて、債務者が福井県大飯郡高浜町田ノ浦1に設置した高浜発電所(以下「高浜原発」という。)の3号機及び4号機(以下併せて「本件原発」という。)の運転差止めの仮処分を求めている。なお、上記債権者らのうち5名は人格権の妨害予防請求権に基づいて福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1-1に設置された大飯発電所(以下「大飯原発」という。)の3号機及び4号機の運転差止めの仮処分も求めているが、この部分については保全の必要性に係る審理の状況に照らし未だ決定をするに熟していないと認められる。
2 前提事実
以下の事実は当事者間に争いのない事実又は掲記の証拠及び審尋の全趣旨により容易に認定できる事実である。
(1)当事者
ア 債権者らの住所地は別紙当事者目録(省略)に記載のとおりであり、いずれも高浜原発から250キロメートル圏内に居住している。
イ 債務者は、大阪府、京都府、兵庫県(一部を除く。)、奈良県、滋賀県、和歌山県、三重県の一部、岐阜県の一部及び福井県の一部への電力供給を行う一般電気事業者である。
(2)高浜原発及び高浜原発周辺の概要
ア 債務者は、福井県大飯郡高浜町田ノ浦1に加圧水型原子炉を使用する高浜原発を設置している。高浜原発には1号機から4号機までが設置されている。 イ 高浜原発は、福井県の音海半島の根元部に位置する。高浜原発の敷地の北側及び南側は山に囲まれており、西側は内浦湾に面し、東側は若狭湾に面し、取水口が設置されている。 高浜原発の周辺には高浜原発からみておおむね北から東にかけて、FO -B断層、FO-A断層及び熊川断層が順に存在する。高浜原発、FO- A断層、FO-B断層及び熊川断層の位置関係は、おおむね別紙1の図表7のとおりである。
(3)原子力発電所の仕組み
ア 原子力発電と火力発電
原子力発電は、核分裂反応によって生じるエネルギーを熱エネルギーとして取り出し、この熱エネルギーを発電に利用するものである。つまり、 原子力発電では、原子炉において取り出した熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。一方、火力発電では、石油、石炭等の化石燃料が燃焼する際に生じる熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。
イ 核分裂の原理
原子力発電は、原子炉においてウラン235等を核分裂させることにより熱エネルギーを発生させ、発電を行っているところ、その核分裂の原理は次のとおりである。すべての物質は、原子から成り立っており、原子は原子核(陽子と中性子の集合体)と電子から構成されている。重い原子核の中には、分裂して軽い原子核に変化しやすい傾向を有しているものがあ り、例えばウラン235の原子核が中性子を吸収すると、原子核は不安定な状態となり、分裂して2つないし3つの異なる原子核(核分裂生成物)に分かれる。これを核分裂といい、核分裂が起きると、大きなエネルギーを発生するとともに、核分裂生成物(核分裂により生み出される物質をいい、その大部分は放射性物質である。例えば、ウラン235が核分裂すると、放射性物質であるセシウム137、よう素131等が生じる。)に加え、2ないし3個の速度の速い中性子を生じる。この中性子の一部が他のウラン235等の原子核に吸収されて次の核分裂を起こし、連鎖的に核分裂が維持される現象を核分裂連鎖反応という。
ウ 原子炉の種類
原子炉には、減速材及び冷却材の組み合わせによって幾つかの種類があり、そのうち減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普 通の水)を用いるものを軽水型原子炉という。軽水型原子炉は大きく分けると沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉の2種類がある。沸騰水型原子炉 は、原子炉内で冷却材を沸騰させ、そこで発生した蒸気を直接タービンに送って発電する。加圧水型原子炉は、1次冷却設備を流れる高圧の1次冷却材を原子炉で高温水とし、これを蒸気発生器に導き、蒸気発生器において、高温水の持つ熱エネルギーを2次冷却設備を流れている2次冷却材に伝えて蒸気を発生させ、この蒸気をタービンに送って発電する。両者の基本的な仕組みを図示すると別紙2の図表4のとおりである。
(4)本件原発の構造
ア 概要
(ア) 加圧水型原子炉である本件原発は、1次冷却設備、原子炉格納容器、 2次冷却設備、電気施設、工学的安全施設、一般的に使用済み核燃料プールと呼称されているプール(債務者はこれを使用済燃料ピットと呼んでいるが、以下一般的呼称に従い「使用済み核燃料プール」といい、本件原発の使用済み核燃料プールを「本件使用済み核燃料プール」という。)等から構成される。
(イ)1次冷却設備は、原子炉、加圧器、蒸気発生器、1次冷却材ポンプ、 1次冷却材管等から構成される。 原子炉は、原子炉容器、燃料集合体、制御材、1次冷却材等から構成される。 原子炉容器は、上部及び底部が半球状となっている縦置き円筒型の容器であり、その内部には燃料集合体、制御棒等が配置され、その余の部分は1次冷却材で満たされている。 原子炉容器内の燃料集合体が存在する部分を炉心という。燃料集合体は燃料棒が束ねられたものであるところ、燃料集合体内の各燃料棒の間には、制御棒挿入のための中空の経路(制御棒案内シンブル)が設置されている。通常運転時は、制御棒は燃料集合体からほぼ全部が引き抜かれた状態で保持されているが、緊急時には、制御棒を自重で炉心に落下させることで原子炉を停止させる(原子炉内の核分裂を止める)仕組みになっている。 (ウ)原子炉格納容器は、1次冷却設備を格納する容器である。 (エ)2次冷却設備は、タービン、復水器、主給水ポンプ、これらを接続する配管等から構成される。 (オ)電気施設には、発電機、非常用ディーゼル発電機等がある。 (カ)工学的安全施設には、非常用炉心冷却設備(ECCS)、原子炉格納施設、原子炉格納容器スプレイ設備、アニュラス空気浄化設備等がある。
イ 本件原発における発電の仕組み
1次冷却材管は、原子炉容器、蒸気発生器、加圧器及び1次冷却材ポンプと接続され、回路を形成している。 1次冷却材管と原子炉容器とは、1次冷却材で満たされている。この1次冷却材は、加圧器によって高圧となった上、1次冷却材ポンプによって 1次冷却材管を通って原子炉容器と蒸気発生器との間を循環している。 原子炉においては核分裂連鎖反応により熱エネルギーが生じるところ、 1次冷却材は原子炉容器内において上述の核分裂連鎖反応によって生じた熱を吸収して高温になり、他方、これにより原子炉は冷却される。 高温になった1次冷却材は、1次冷却材管を通じて蒸気発生器に入り、 蒸気発生器において伝熱管の中を通過する。伝熱管の外側には2次冷却材が存するところ、1次冷却材が上記伝熱管を通過する際、1次冷却材の熱は伝熱管の外側の2次冷却材に伝わる。これにより、2次冷却材は熱せられ、他方、1次冷却材は冷却される。 冷却された1次冷却材は蒸気発生器から送り出され、再び原子炉に送られる。 熱せられた2次冷却材は、蒸気となって2次冷却設備のタービンを回転させ、これを基にして、電気施設の発電機で電気が発生する。 2次冷却設備においては、上述のとおり蒸気発生器で蒸気となった2次冷却材がタービンに導かれ、これによりタービンを回転させて発電した上、タービンを回転させた蒸気を復水器において冷却して水に戻し、水に戻された2次冷却材は主給水ポンプ等により再び蒸気発生器に送られる。
ウ 本件原発からの放射性物質の放出の危険性とその対応
1次冷却材管は高圧の1次冷却材で満たされていることから、1次冷却材管が破損すると、1次冷却材が上記回路の外部に漏れ出し、1次冷却材の喪失が発生する。このような冷却材の喪失事故が生じると、原子炉ないし核燃料を冷やすことができず、これらが原子炉で発生した熱によって損傷し、本件原発から放射性物質が放出される危険が生じる。 上記冷却材の喪失事故を始めとする本件原発から放射性物質が放出される危険が生じた場合の対策として、制御棒の落下による原子炉の停止、工学的安全施設である非常用炉心冷却設備による原子炉の冷却、及び、原子炉容器、原子炉格納施設等による放射性物質の閉じ込め、などが措定ないし準備されている。 非常用炉心冷却設備は、蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系で構成される。蓄圧注入系は蓄圧タンクに貯蔵されたほう酸水を、高圧注入系及び低圧注入系は燃料取替用水ピットに貯蔵されたほう酸水を、有事の際に原子炉容器内に注入する設備である。この際、上記ほう酸水や1次冷却材管から漏れ出た1次冷却材等は原子炉格納容器の格納容器再循環サンプに貯留されるところ、上記蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系のいずれの設備においても、ほう酸水の水源を格納容器再循環サンプに切り替えた上で原子炉容器内に注入することができる。
エ 本件原発への電力供給
発電機で発生した電気は、本件原発の外部に送電されるほか、本件原発の各設備に供給される。このほか、本件原発は、本件原発の外から受電できるよう変圧器を通じて送電線につながっており、これにより本件原発の外部から電源の供給を受けることができる。かかる電源を、外部電源という。本件原発内の機器に必要な電力は、発電機が動いている場合には発電機から供給されるが、発電機が停止している場合には、工学的安全施設が作動するための電力を含め、外部電源から供給される。 非常用ディーゼル発電機は、発電機が停止しかつ外部電源が喪失した場合に、本件原発の保安を確保し、原子炉を安全に停止するために必要な電力や、工学的安全施設が作動するための電力を供給する。 発電機、外部電源及び非常用ディーゼル発電機からの電力供給がすべて喪失した状態を、全交流電源喪失(SBO)という。 全交流電源喪失が生じた場合には、直流電源である蓄電池(バッテリー)や、重油によって作動する空冷式の非常用発電装置等による電源供給が行われる。
(5)使用済み核燃料
ア 使用済み核燃料の発生、保管方法
原子力発電においては、核燃料を原子炉内で核分裂させると、燃料中に核分裂生成物が蓄積し、連鎖反応を維持するために必要な中性子を吸収して反応速度を低下させるなどの理由から、適当な時期に燃料を取り替える必要がある。この際に原子炉から取り出されるのが使用済み核燃料である。使用済み核燃料の発生量は、燃焼度等によって異なるが、本件原発は、平均して年間合計約40トンの使用済み核燃料を発生させる。使用済み核燃料は、原子炉停止後に原子炉より取り出された後、水中で移送されて使用済み核燃料プールに貯蔵される。高浜原発における使用済み核燃料の本数は2000本を超えている。 本件使用済み核燃料プールには、核分裂連鎖反応を制御する機能を有するほう酸水が満たされている。この使用済み核燃料プールの水は、冷却設備によって冷却されている。同プールの水位は常時監視されている。上記冷却機能が喪失するなどして水位が低下した場合に備え、本件使用済み核燃料プールには、使用済み核燃料水補給設備が設置されている。 本件使用済み核燃料プールは、本件原発の原子炉補助建屋に収容されている。
イ 使用済み核燃料の性質
核燃料を原子炉内で燃やすと、核分裂性のウラン235が燃えて核分裂生成物ができる一方、非核分裂性のウラン238は中性子を吸収して核分裂性のプルトニウムに姿を変える。このように使用済み核燃料の中には、 未燃焼のウランが残っているほか、プルトニウムを含む新しく生成された放射性物質が含まれることとなる。使用済み核燃料は、崩壊熱を出し続け、時間の経過に従って衰えるものの、1年後でも1万ワット以上とかなりの発熱量を出す。この崩壊熱を除去しなければ、崩壊熱の発生源である燃料ペレットや燃料被覆管の温度が上昇を続け、溶融や損傷、崩壊が起こってしまう。
ウ 使用済み核燃料の処分方法
我が国においては、使用済み核燃料は、ウランとプルトニウムを分離・抽出して発電のために再利用すること(いわゆる核燃料サイクル政策)が 基本方針とされているが、このサイクルは現在機能していない(現時点において破綻しているかは争いがある。)。
(6)本件原発に係る安全性の審査の経緯、方法
ア(ア)本件原発の原子炉設置許可は、昭和55年8月になされ、運転開始日は3号機が昭和60年1月、4号機が同年6月である。
(イ)原子力安全委員会は、上記許可申請の当時総理府に設置されていた機関であり、核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関することなどについて企画、審議及び決定することを所掌事務としていた。 原子力安全委員会が行う安全審査に当たっては原子力安全委員会が策定した各種の指針等が用いられ、原発の耐震設計の妥当性に関しては耐震設計審査指針が用いられた。
(ウ)原子力安全委員会は、平成18年9月19日、耐震設計審査指針を始めとする上記安全審査指針類を改訂した(以下、この改訂前の耐震設計審査指針を「旧指針」といい、この改訂後の耐震設計審査指針を「新指針」という。)。 耐震設計審査指針においては、原発施設の耐震設計において基準とすべき地震動(地震の発生によって放出されたエネルギーが特定の地点に到達し同地点の地盤を揺らす場合の当該揺れのこと)が定義される。 旧指針においては、上記地震動として、設計用最強地震(歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震 及び近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものとして想定される地震)を考慮して基準地震動S1を、設計用限界地震(地震学的見地に立脚し、設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え、 最も影響の大きいものと想定される地震)を考慮して基準地震動S2 を、各策定することとされており、原子炉の安全性確保のために重要な役割を果たす安全上重要な施設が、基準地震動S1に対して損傷や塑性変形をしないこと、及び、基準地震動S2に対して機能喪失しないこと、の確認がそれぞれ求められていた。これに対し、新指針において は、上述のような安全上重要な施設の耐震設計において基準とする地震動に関し、耐震設計においては施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動を適切に策定し、当該地震動を前提とした耐震設計を行うべきこととされ、上記地震動は敷地周辺の地質・地質構造 並びに地震活動性等の地震学的及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なものとして策定しなければならないとされ(以下、この地震動を「基準地震動Ss」という。)、 発電用原子炉施設のうち重要施設(Sクラスの施設)は、基準地震動Ssに対してその安全機能が保持できることが必要である旨が定められた。
(エ)上述の耐震設計審査指針の改訂を受け、その当時経済産業省の外局であるエネルギー庁の機関であった原子力安全・保安院は、平成18年9月20日、「新耐震指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え方並びに評価手法及び確認基準について」(バックチェックルール)を策定し、債務者を含む各電力会社等に対し、本件原発を含む発電用原子炉施設等について、新指針に照らした耐震安全性評価(耐震バックチェック)を実施するよう指示した。
(オ)平成23年3月11日に東北地方太平洋沖地震及び東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故(以下「福島原発事故」という。)が発生したことを受け、原子力安全委員会は、経済産業大臣に対し、既設の発電用原子炉施設について、設計上の想定を超える外部事象に対する頑健性に関して総合的に評価することなどを要請した。 内閣官房長官、経済産業大臣及び内閣府特命担当大臣は、原子力安全委員会からの上記要請を受け、同年7月11日、新たな安全評価を実施することとし、これを受け、原子力安全・保安院は、同月21日、債務者を含む各電力会社等に対し、福島原発事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価(以下「ストレステスト」とい う。)を行い、その結果について報告をするよう求めた。 債務者は、上記原子力安全・保安院からの求めを受け、本件原発についてのストレステスト(以下「本件ストレステスト」という。)を実施し、原子力安全・保安院に対し、平成24年4月6日に本件原発のうち4号機の安全性に関する一次評価の結果につき、同月27日に本件原発のうち3号機の安全性に関する一次評価の結果につき、それぞれ報告書を提出した。
イ(ア)本件原発の基準地震動S2は当初370ガルであったが、債務者は、上記耐震設計審査指針の改訂を受け、本件原発の基準地震動Ssを新たに策定した。この際、本件原発の基準地震動Ssに係る最大加速度(地震によって地盤が振動する速度の単位時間当たりの変化の割合のうち最大のもの)は、550ガルと設定された。
(イ)債務者は、本件ストレステストにおいて、本件原発の炉心の燃料及び本件使用済み核燃料プールにある使用済み核燃料について、地震、津波、全交流電源喪失及び最終ヒートシンク喪失(燃料から除熱するための海水を取水できない場合)の各評価項目について、本件原発の安全上重要な設備によって燃料の重大な損傷の発生を回避できるかを検討し、 上記各評価項目に係るクリフエッジ(プラントの状況が急変する地震、 津波等の負荷のレベル)を特定した。 この際、債務者は、本件原発の炉心の燃料についての地震の程度に関し、本件原発の安全上重要な施設の耐震性は基準地震動Ssに対して余裕を有しておりその余裕の大きさ(耐震裕度)は個々の施設ごとに異なることを前提に、本件ストレステストの前に行われた安全確保のための対策の結果も踏まえ、上記安全上重要な施設が基準地震動Ssの何倍の地震動を超えればその機能を喪失し、事態を収束させることが不可能となるかを検討した上、本件原発の炉心の燃料についての地震に係るクリフエッジを基準地震動Ssに係る最大加速度の1.77倍である97 3.5ガルと特定した。同様に、債務者は、本件原発の炉心の燃料についての津波に係るクリフエッジを津波の高さ10.8メートル、本件原発の炉心の燃料についての全交流電源喪失及び最終ヒートシンク喪失に係るクリフエッジを約19日であると特定した。 債務者は、本件ストレステストに際し、地震と津波とが重畳する場合、及びその他のシビアアクシデント(過酷事故)・マネジメントについても検討し、地震と津波との重畳については、基準地震動Ssの1. 77倍の大きさの地震と津波の高さ10.8メートルの津波とが同時に発生した場合を想定しても炉心の燃料の重大な損傷に至ることはないと判断した。
(ウ)債務者は、上記ストレステストにおいてクリフエッジを特定するに際し、上記各評価項目について、起因事象(機器の損傷等に起因して生じ、有効な収束手段がとられなければ燃料の重大な損傷に至る可能性のある事象)を選定し、当該起因事象の影響緩和に必要な機能を抽出してイベントツリーを作成し、当該起因事象の進展を収束させる手順(収束シナリオ)を特定し、各収束シナリオごとにクリフエッジないし耐力を検討した上、その最小のものを踏まえ、上記(イ)のクリフエッジの特定ないし判断を行った。
(7)新規制基準及び再稼動申請
ア 原子力規制委員会設置法(平成24年法律第47号、以下「設置法」という。)の制定に伴う核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の改正(以下「改正原子炉規制法」といい、同改正前の同法と改正原子炉規制法を区別する必要がない場合には、単に「原子炉規制法」という。)の概要は以下のとおりである。 設置法は、原子力規制委員会の組織及び機能について規定しているほか、原子炉規制法を一部改正し、改正原子炉規制法43条の3の5第1項においては、発電用原子炉を設置しようとする者は、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならない旨規定され(原子炉設置許可)、同法43条の3の6第1項において、その許可基準について規定されている。また、同法43条の3の8第1項においては、原子炉設置許可を受けた者が、同法43条の3の5第2項2号ないし5号又は8号ないし10号に掲げる事項を変更しようとするときは、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならない旨規定されている(原子炉設置変更許可)。 改正原子炉規制法43条の3の6第1項4号及び同号を準用する改正原子炉規制法43条の3の8第2項においては、原子炉設置許可又は原子炉設置変更許可の基準の一つとして「発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること。」と規定されているが、ここでいう原子力規制委員会規則が、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」であり、この解釈を示すのが「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」と題する規程であり、同規程は平成25年6月19日定められ、同年7月8日から施行されている(以下同規程を含む規則を「新規制基準」という。)。同規則及び同規程の内容は別紙3(ただし、抜粋)のとおりである。
イ 停止中の原子炉が運転を再開する場合には、当該原子炉が新規制基準に適合することが必要となる。具体的には、発電用原子炉設置者は、原子炉設置変更許可(改正原子炉規制法43条の3の8第1項)の申請を行い、 同許可処分を受ける必要がある(同法43条の3の8第2項、43条の3の6第1項)。また、工事計画(変更)認可の申請(同法43条の3の9第1項、第2項)を行い、同認可処分を受けること、発電用原子炉の運転開始前に保安規定を定め、保安規定の(変更)認可を受けることが必要である(同法43条の3の24第1項)。 上記原子炉設置変更許可申請、工事計画変更認可申請及び保安規定変更認可申請は一般に再稼動申請と呼ばれている。
ウ 本件原発のうち4号機は平成23年7月21日から、3号機は平成24年2月20日から定期検査を開始し、現在は運転を停止している。 債務者は、改正原子炉規制法の施行を踏まえ、平成25年7月8日、原子力規制委員会に対し、本件原発の原子炉設置変更許可の申請を行い、原子力規制委員会による審査が行われ、平成27年2月12日、同許可がなされた。
エ 本件原子炉の基準地震動Ssは、新規制基準の実施に伴い700ガルに引き上げられた。
(8)チェルノブイリ原発事故
1986年4月26日、旧ソ連ウクライナ共和国の北辺に位置するチェルノブイリ原発で事故が発生した。保守点検のため前日より原子炉停止作業中 であった4号機(出力100万キロワット)で、同日午前1時23分、急激な出力上昇をもたらす暴走事故が発生し爆発に至った。原子炉とその建屋は一瞬のうちに破壊され、爆発とそれに引き続いた火災にともない、大量の放射性物質の放出が継続した。最初の放射能雲は西から北西方向に流され、ベラルーシ南部を通過しバルト海へ向かった。同年4月27日には海を越えた スウェーデンで放射性物質が検出され、これをきっかけに同月28日ソビエ ト連邦共和国政府は事故発生の公表を余儀なくされた。チェルノブイリ原発からの放射性物質は、同月末までにヨーロッパ各地で、さらに同年5月上旬にかけて北半球のほぼ全域で観測された。
(9)東日本大震災及び福島原発事故
平成23年3月11日午後2時46分、三陸沖(牡鹿半島の東南東約130キロメートル付近)深さ約24キロメートルを震源とするマグニチュード9の東北地方太平洋沖地震が発生した。このとき、福島第一原発の1号機な いし3号機(いずれも沸騰水型原子炉)は運転中、4号機ないし6号機は定期点検中であった。地震を感知してすぐに1号機ないし3号機は自動的にスクラム停止(原子炉緊急停止)した。ところが、地震により外部からの送電設備が損傷し、すべての外部電源を喪失した。そのため、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、いったん電源は回復したが、津波等の理由(津波だけが理由なのかは争いがある。)によって、1号機、2号機、4号機の全電源喪失及び3号機、5号機の全交流電源喪失(SBO)が生じた。 1号機ないし3号機はいずれも冷却機能を失ったためメルトダウン(炉心溶融)を引き起こし、さらに落下した核燃料が原子炉圧力容器の底を貫通して原子炉格納容器に落下するというメルトスルー(炉心貫通)まで引き起こした。さらに、1号機、3号機及び4号機の原子炉建屋内において水素爆発が生じ、1号機、3号機は原子炉格納容器内の圧力を下げるベントに成功したが、2号機ではベントに失敗したため原子炉格納容器が一部破損した。その間、高濃度の放射性物質が中央制御室に及ぶことがあったが、耐震性及び放射性物質の防御機能が高い免震重要棟において事故のコントロールに努めることができた。それでも、少なくとも90万テラベクレルと推定される放射性物質が大量に外部に放出される事態となった。 その結果、15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失った。
(10)日本の原発に基準地震動S1、基準地震動S2、基準地震動Ssを上回る地震が到来した事例
現在までに日本の原発に基準地震動S1、基準地震動S2、基準地震動S sを超える地震動が到来した事例として、以下の5例(以下、これらを併せて「本件5例」という。)がある。
① 平成17年8月16日に宮城県沖で地震が発生したところ、この際、東北電力株式会社女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)において観測された地震動のはぎとり波(観測された地震動を基準地震動と比較するために解析作業を経て評価された地震動)の応答スペクトル(地震動が いろいろな固有周期を持つ構造物に対してそれぞれどの程度の大きさの揺 れ(応答)を生じさせるかを、縦軸に加速度や速度等の最大応答値、横軸に固有周期をとって描いたもの)は、女川原発の基準地震動S2の応答スペクトルを上回った。
② 平成19年3月25日に能登半島地震が発生したところ、この際、北陸電力株式会社志賀原子力発電所1号機及び2号機(以下、これらを併せて 「志賀原発」という。)において観測された地震動のはぎとり波の応答ス ペクトルの一部が志賀原発の基準地震動S2を超過した。
③ 平成19年7月16日に新潟県中越沖地震が発生したところ、この際、 東京電力柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)において観測された記録に基づいて推定された地震動が、柏崎刈羽原発の1号機ないし7号機に係る基準地震動S2を1.2倍から3.8倍上回ると評価 された。 平成23年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生し、これにより、 ④福島第一原発及び⑤女川原発に、基準地震動Ssを超えると評価される地震動が到来した。
(11)大飯原発に係る福井地裁判決
福井地方裁判所は、平成26年5月21日、大飯原発の運転差止請求事件 「大飯原発差止訴訟」という。)において、大飯原発から250キロメート ル圏内に居住する166名の原告に対する関係で大飯原発3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない、250キロメートル圏外の原告23名の請求を棄却する旨の判決を言い渡した(以下「福井地裁判決」という。)。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張の骨子
本件の争点は、被保全債権の存否及び保全の必要性の有無であり、これらの点に関する債権者らの主張は、仮処分申立書、第1ないし第6準備書面記載のとおりであるが、その主張の骨子は次のとおりである。
1 被保全債権の存否について
(債権者らの主張)
ア 本件仮処分の申立ては、人格権の妨害予防請求権に基づき、大飯原発の運転差止めを認めた福井地裁判決と同様の論理により、本件原発の運転の仮の差止めを求めるものである。 福井地裁判決の論理に従えば、本件原発についても運転の仮の差止めが認められることになる。すなわち、福井地裁判決は、大飯原発について、①従来の基準地震動Ssの1.8倍を超える地震が到来する危険があること、②基準地震動Ssを超える地震はもとより、基準地震動Ssに満たない地震に よっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得ること、③堅固な施設で囲われていない使用済み核燃料は危険であることなどを理由として、大飯原発の運転によって直接的に人格権が侵害される具体的な危険があると認めて、大飯原発の運転差止請求を認容したものであるところ、大飯原発から14キロメートル弱の距離に位置する本件原発についても次のとおり、上記①ないし③の危険が認められることは明らかである。
イ まず、①本件原発の基準地震動Ssは、原子力規制委員会による新規制基準適合性に係る審査において、従来の550ガルから1.3倍弱の700ガルに引き上げられたが、上記のとおり大飯原発に従来の基準地震動Ssの1.8倍を超える地震が到来する危険があることからすれば、本件原発についても従来の基準地震動Ssの1.8倍を超える地震が到来する危険があることになり、700ガルでは足りないことになる。
ウ 次に、②本件原発についても基準地震動Ssを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあると認められるから、大飯原発と同様、基準地震動Ssに満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得る。 エ そして、③使用済み核燃料が原子炉格納容器のような堅固な施設で囲われておらず危険であることは、本件原発も全く同様である。 オ 上記のとおり、福井地裁判決が大飯原発の運転差止請求を認容した理由である上記①ないし③の危険は、大飯原発はもとより本件原発についても認められることは明らかである。
(債務者の主張)
ア 福井地裁判決は、岩手・宮城内陸地震及び新潟県中越沖地震で大きな地震動が観測されたことを根拠にクリフエッジを超える地震が大飯原発に到来する危険があるとしている。しかし、岩手・宮城内陸地震における観測記録は上下動が片方に大きくぶれていること、地震動によって表層地盤がトランポリン上で跳ねている物体の運動のように振る舞うという現象が生じたトランポリン効果の存在が指摘されている。また、新潟県中越沖地震において柏崎刈羽原発の解放基盤表面で1699ガルが測定されたのは同原発敷地固有の地盤特性に負うところが大きい。地盤の増幅特性(サイト特性)をはじめとする、地震動を決定する特性の違い、地域性の違いをなんら考慮せず、単に数字を比較してクリフエッジを超える地震が大飯原発や高浜原発に到来する可能性があるというような福井地裁判決がとった理由付けはできない。
イ 基準地震動を超えるがクリフエッジには達しない地震については、そもそも基準地震動Ssを超える地震動が本件原発に到来することはまず考えられない。本件5例の地震のうち、3回(①、④、⑤)は高浜原発の敷地に影響を及ぼしうる地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものであり、また①の地震において一部基準地震動を超えた要因は宮城県沖 近海のプレート境界に発生する地震の地域的な特性によるものとも考えられることから、これらの原発と本件原発とを同列に論じることは地域差を無視することになる。残り2回(②、③)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて高浜原発の地震想定がなされている。また、①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1、S2基準による地震動であり、本件原発でとられているSs基準による地震動の想定とは違う。よって、これらの地震想定の事例は本件原発の地震想定の不十分さを示す根拠とはならない。 また、イベントツリー記載の対策が実施できることはストレステストにおいて確認済みであり、これが実施できないという福井地裁判決における認定は証拠に基づかない主観的な認定である。
ウ 主給水ポンプ、外部電源は発電所の通常運転に必要な設備であって、安全 保持のために不可欠なものではないから、基準地震動Ssに対して耐震安全性を要求されていないのに、これを安全上重要な設備とするのは原子力発電所の設計上、各設備に期待されている役割や機能を理解しないものである。
エ 使用済み核燃料プールの危険性を論じるためには、同プールの冠水状態が維持できなくなる蓋然性についての検討、外部から不測の事態が生じる蓋然性についての検討、冠水維持のための措置が全て成功しなかったとの仮定が実際に生じる蓋然性についての検討が必要であるが、福井地裁判決はいずれもこれを検討していない。福井地裁判決における裁判所の認定は、総じて、 具体的な蓋然性の検討を経ない抽象的な危険性の認定にとどまっている。
2 保全の必要性について
(債権者らの主張)
原子力規制委員会の設置変更許可がなされた以上、保全の必要性は優にこれを肯定できる。
(債務者の主張)
債権者らの主張は争う。
第4 当裁判所の判断
1 原子力発電所の特性
原子力発電において発出されるエネルギーは膨大であり、また発電所内部に貯留されている放射性物質も極めて多量である。そのため、運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず、その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは、他の技術の多くが運転の停止によって、その被害の拡大の要因の多くが除去され、たとえ爆発を伴う事故であっても短時間のうちに収束の方向に向かうのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。 したがって、施設の損傷に結びつき得る地震が起きた場合、速やかに運転を停止し、運転停止後も電気を利用して水によって核燃料を冷却し続け、万が一 に異常が発生したときも放射性物質が発電所敷地外部に漏れ出すことのないようにしなければならず、この止める、冷やす、閉じ込めるという要請はこの3つがそろって初めて原子力発電所の安全性が保たれることとなる。仮に、止めることに失敗するとわずかな地震による損傷や故障でも破滅的な事故を招く可能性がある。地震及び津波の際の炉心損傷を招く危険のある事象についての複数のイベントツリーのすべてにおいて、止めることに失敗すると炉心損傷に至ることが必然であり、とるべき有効な手だてがないことが示されている。福島原発事故では、止めることには成功したが、冷やすことができなかったために 放射性物質が外部に放出されることになった。また、我が国においては核燃料 は、①核燃料を含む燃料ペレット、②燃料被覆管、③原子炉圧力容器、④原子 炉格納容器、⑤原子炉建屋という五重の壁に閉じ込められているという構造によって初めてその安全性が担保されているとされ、その中でも重要な壁が堅固な構造を持つ原子炉格納容器であるとされている。 しかるに、本件原発には地震の際の冷やすという機能と閉じ込めるという構造に次のような問題がある。
2 冷却機能の維持について
本件原発の原子炉の地震の際のクリフエッジは、ストレステスト実施当時の基準地震動Ss550ガルの1.77倍である973.5ガルとされた(前提 。その後、新規制基準審査において、基準地震動は550ガルから700ガルに引き上げられたが、上記クリフエッジの数値973.5ガルはこの基準地震動の引き上げに応じて変わることはないと認められる。そこで、クリフエッジである973.5ガル及び基準地震動である700ガルを目安とし て、地震が高浜原発に到来した際に本件原発の冷却機能が維持できるか否かについて以下検討する。
(1)クリフエッジである973.5ガルを超える地震について
上述のとおり、原子力発電所は地震による緊急停止後の冷却機能について外部からの交流電流によって水を循環させるという基本的なシステムをとっている。973.5ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し、非常用設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり、メルトダウンに結びつく。この規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは債務者において自認しているところである。すなわち、本件ストレ ステストに関し債務者の作成した甲118号証の47頁には「耐震裕度が 1.77Ss(973.5ガル)以上または許容津波高さが10.8m以上 の領域では、炉心にある燃料の重大な損傷を回避する手段がなくなるため、 その境界線がクリフエッジとして特定された。」、大飯原発差止訴訟における債務者の準備書面書き7頁には「クリフエッジとは、プラントの状況が急変する地震、津波等のストレス(負荷)のレベルのことをいう。地震を例にとると、想定する地震動の大きさを徐々に上げていったときに、それを超えると、安全上重要な設備に損傷が生じるものがあり、その結果、燃料の重大な損傷に至る可能性が生じる地震動のレベルのことをいう。」との各記述があり、これは債務者が上記自認をしていることにほかならない。なお、当裁判所は債務者の主張する1.77Ssという数値をそのまま採用しているものでないことは、(2)オにおいて説示するところであるが、本項では債務者の主張を前提とする。 しかるに、我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないので あって、仮説の立論や検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。確かに地震は太古の昔から存在し、繰り返し発生している現象ではあるがその発生頻度は必ずしも高いものではない上に、正確な記録は近時のものに限られることからすると、頼るべき過去のデータは極めて限られたものにならざるをえない。証拠によれば、原子力規制委員会においても、別紙4の表-1の16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動(別紙3の別記2の第4条5三参照)の規模を推定しようとしていることが認められる。この数の少なさ自体が地震学における頼るべき資料の少なさを如実に示すものといえる。したがって、高浜原発には973.5ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ、①我が国において記録された既往最大の震度は岩手・宮城内陸地震における4022ガルであり(争いがない)、 973.5ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること、②岩手・宮城内陸地震は高浜でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震 (別紙3の別記2の第4条5二参照)であること、③この地震が起きた東北地方と高浜原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認められず、若狭地方の既知の活断層に限っ ても陸海を問わず多数存在すること 、④この 既往最大という概念自体が、有史以来世界最大というものではなく近時の我が国において最大というものにすぎないことからすると、973.5ガルを超える地震が高浜原発に到来する危険がある。 債務者は、岩手・宮城内陸地震で観測された数値が地震動を拡大させる要因がある観測地点の特性によるものである旨主張しているが、新潟県中越沖地震では岩盤に建っているはずの柏崎刈羽原発1号機の解放基盤表面(固い岩盤が、一定の広がりをもって、その上部に地盤や建物がなくむき出しにな っている状態のものとして仮想的に設定された表面、別紙3の別記2の第4条5一参照)において最大加速度が1699ガルと推定されていることからすると、債務者の主張どおり4022ガルを観測した地点の地盤に震動を伝えやすい要因があったと仮定しても、上記認定を左右できるものではない。 973.5ガルを超える地震が高浜原発に到来した場合には、冷却機能が喪失し、炉心損傷を経てメルトダウンが発生する危険性が極めて高く、メル トダウンに至った後は圧力上昇による原子炉格納容器の破損、水素爆発あるいは最悪の場合には原子炉格納容器を破壊するほどの水蒸気爆発の危険が高まり、これらの場合には大量の放射性物質が施設外に拡散し、周辺住民が被ばくし、又は被ばくを避けるために長期間の避難を要することは確実である。 債務者は、岩手・宮城内陸地震のみならず新潟県中越沖地震についても柏崎刈羽原発の敷地に地震動を拡大させる特殊な要因があったが、本件原発の敷地にはこの要因はないので、両者を同列に論じることは地域差や地域の特性を無視することになると主張している。しかし、上記各地震でそうであったように地震動を拡大させる要因の多くは地震が起きてみて初めて判明する要因である。本件原発において地震動を拡大させる他の特殊な要因があるかないかは予測できないはずである。また、地震調査研究推進本部地震調査委員会が平成23年1月にまとめた長期予測では福島第一原発の付近で震度6以上の地震が今後30年間に起こる確率は0.0パーセントとされていた。 岩手・宮城内陸地震、新潟県中越沖地震、東北地方太平洋沖地震を含む多くの地震が、地域の特性を反映して地域毎に地震の想定をすることが極めて困難であることを繰り返し教えてくれている。日本の他の地域で起きた地震は、その確率に差があることは否定できないとしても、当該地域でも同様に起こり得るものであるといえる。 他方、債務者は、当該原発敷地に過去に到来した地震と既に判明している要因だけを考慮の対象とし、ほぼ確実に想定できる事象に絞って対処することが、危険性を厳密に評価するものであって、そうすることが科学的であるとの発想に立っている。その結果、債務者は他の原発で実際に発生した地震についてさえ、これを軽視するという不合理な主張を繰り返している。
(2)基準地震動である700ガルを超えるが973.5ガルに至らない地震について
ア 債務者の主張するイベントツリーについて
仮に、高浜原発に起きる危険性のある地震が基準地震動Ssの700ガルをやや上回るものであり、クリフエッジである973.5ガルに達しな いと仮定しても、このような地震が炉心損傷に結びつく原因事実になることも債務者の自認するところである。これらの事態に対し、有効な手段を打てば、炉心損傷には至らないと債務者は主張するが、次にみるようにその根拠は乏しい。 債務者は、当時の基準地震動である550ガルを超える地震が到来した場合の事象を想定し、それに応じた対応策があると主張し、これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定し、3.85メートルを超える津波が到来したときの対応についても類似のイベントツリーを策定している(前記前提事実(6))。債務者は、これらに記載された対策を順次とっていけば、973.5ガルを超える地震が来ない限り、津波の場合には10. 8メートルを超えるものでない限りは、炉心損傷には至らず、大事故に至ることはないと主張する。 しかし、これらのイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。
イ イベントツリー記載の事象について
深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きたりするものであるから、第1の事故原因につながる事象のすべてを取り上げること自体が極めて困難であるといえる。債務者がイベントツリーにおいて事故原因につながる事象のすべてをとりあげているとは認め難い。
ウ イベントツリー記載の対策の実効性について
イベントツリー記載の対策が技術的に有効な対策であるかどうかはさておくとしても、同対策を原子力発電所の従業員が適切かつ迅速にとることについては、次のような多くの困難を伴う。
第1に地震はその性質上従業員が少なくなる夜間も昼間と同じ確率で起こる。突発的な危機的状況に直ちに対応できる人員がいかほどか、あるいは現場において指揮命令系統の中心となる所長がいるかいないかは、実際上は、大きな意味を持つことは明らかである。
第2に上記イベントツリーにおける対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるが、この把握自体が極めて困難である。福島原発事故の原因について政府事故調査委員会と国会事故調査委員会の各調査報告書が証拠提出されているところ、両報告書は共に外部電源が地震によって断たれたことについては共通の認識を示しているものの、政府事故調査委員会は外部電源の問題を除くと事故原因に結びつくような地震による損傷は認められず、事故の直接の原因は地震後間もなく到来した津波であるとする。他方、国会事故調査委員会は地震の解析に力を注ぎ、地震の到来時刻と津波の到来時刻の分析や従業員への聴取調査等を経て津波の到来前に外部電源の他にも地震によって事故と直結する損傷が生じていた疑いがある旨指摘しているものの、地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたかの確定には至っていない。一般的には事故が起きれば事故原因の解明、確定を行いその結果を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが、 原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば、その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く、福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない(甲32・208ないし220頁によれば、チェルノブイリ事故の原因も今日に至るまで完全には解明されていないことが認められる。)。それと同様又はそれ以上に、原子力発電所における事故の渦中にあっていかなる箇所にどのような損傷が起きておりそれがいかなる事象をもたらしているのかを把握することは困難である。
第3に、仮に、いかなる事象が起きているかを把握できたとしても、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し、全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余であり、炉心損傷の開始からメルトダウンの開始に至るまでの時間も2時間もないのであって、たとえ小規模の水管破断であったとしても10時間足らずで冷却水の減少によって炉心損傷に結びつく可能性があるとされている(上記時間は福島第一原発の例によるものであるが、本件原子炉におけるこれらの時間が福島第一原発より特に長いとは認められないし、第1次冷却水に係る水管破断による冷却水の減少速度は加圧水型である本件原子炉の方が沸騰水型原子炉である福島第一原発のそれより速いとも考えられる。)。
第4にとるべきとされる手段のうちいくつかはその性質上、緊急時にやむを得ずとる手段であって普段からの訓練や試運転にはなじまない。上述のとおり、運転停止中の原子炉の冷却は外部電源が担い、非常事態に備えて水冷式非常用ディーゼル発電機のほか空冷式非常用発電装置、電源車が備えられているとされるが、たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできようはずがない。
第5にとるべきとされる防御手段に係るシステム自体が地震によって破損されることも予想できる。高浜原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路が一部でも700ガルを超える地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式の非常用ディーゼル発電機が稼動できなくなることが想定できるといえる。また、新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発においてその敷地内で活断層が動いたわけではないが、 敷地内の埋戻土部分において1.6メートルに及ぶ段差が生じたことが認められる。高浜原発も柏崎刈羽原発と同様に埋戻土部分があることから、 埋戻土部分において地震によって段差ができ、最終の冷却手段ともいうべき電源車を動かすことが不可能又は著しく困難となることも想定できる。 高浜原発には、非常用ディーゼル発電機を初めとする各種非常用設備が複数存在することが認められるが、上記に摘示したことを一例として地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは機械というものの性質上当然考えられることであって、防御のための設備が複数備えられていることは地震の際の安全性を大きく高めるものではないといえる。
第6に実際に放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。地震が起きた場合の対応については放射性物質の危険に常に注意を払いつつ瓦礫等を除去しながらのものになろうし、実際に放射性物質が漏れればその場所での作業は不可能となる。最悪の事態を想定すれば原子炉に近接する中央制御室からの避難をも余儀なくされることになる。
第7に、高浜原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。この道路は山が迫った海岸沿いを伸びるものであったり、トンネルを経て通じているものであったりするから、地震によって崖崩れが起き交通が寸断されることは容易に想定できる。
エ 基準地震動の信頼性について
債務者は、高浜原発の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり、そもそも、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する。確かに、基準地震動は当該原発に到来することが想定できる最大の地震動とされ、これを基準として耐震設計もなされることになるから、基準地震動を適切に策定することが、原発の耐震安全性確保の基礎であり、基準地震動を超える地震はあってはならないはずである。そし て、この基準地震動を導き出す計算は複雑であり、その分析は高度の専門的知識を要するものとなっている。 しかし、この理論上の数値計算の正当性、正確性について論じるより、 現に、下記のとおり(本件5例)、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実(前提事実(10))を重視すべきは当然である。
記
① 平成17年8月16日 宮城県沖地震 女川原発
② 平成19年3月25日 能登半島地震 志賀原発
③ 平成19年7月16日 新潟県中越沖地震 柏崎刈羽原発
④ 平成23年3月11日 東北地方太平洋沖地震 福島第一原発
⑤ 平成23年3月11日 東北地方太平洋沖地震 女川原発
債務者は、上記地震のうち3回(①、④、⑤)は高浜原発の敷地に影響を及ぼしうる地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものであること、①の地震において一部基準地震動を超えた要因は宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域的な特性によるものとも考えられることから、これらの原発と本件原発とを同列に論じることは地域差を無視することになるし、残り2回(②、③)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて高浜原発の地震想定がなされていることから、あるいは、①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1、S2基準による地震動であり、本件原発でとられているS s基準による地震動の想定と違うということを理由として、これらの地震想定の事例は本件原発の地震想定の不十分さを示す根拠とならないと主張している。 しかし、いずれの原発においても、その時点において得ることができる限りの情報に基づき当時の最新の知見に基づく基準に従って地震動の想定がなされたはずであるにもかかわらず結論を誤ったものといえる。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされ、活断層の評価方法にも大きな違いがないにもかかわらず、債務者の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。 また、(1)において摘示したように、原子力規制委員会においては、別紙4の16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動の規模を推定しようとしているが、債務者においては、これらの地震のうち、前記岩手・宮城内陸地震については軟岩や火山岩、堆積層が 厚く分布する地域で発生した地震であって活断層を発見しづらくなるとい う地域的特性があるが高浜原発にはかような地域的特性がないという理由で考慮のほかに置いている。16個の地震のうち最も大きな地震をこのような理由で考慮しないまま、本件原発に今後起こるであろう地震動を想定したことは恣意的であり、少なくとも客観性に乏しいものといわざるを得ないのであって、この点においても本件原発の基準地震動の信頼性は薄い。 加えて、次の事情も本件原発の基準地震動の信頼性を失わせるものである。 すなわち、活断層の状況から地震動の強さを推定する方式の提言者であるA教授は、新聞記者の取材に応じて、「基準地震動は計算で出た一番大きな揺れの値のように思われることがあるが、そうではない。」「私は 科学的な式を使って計算方法を提案してきたが、平均からずれた地震はいくらでもあり、観測そのものが間違っていることもある。」と答えている。確かに、証拠によれば、本件原発においても地震の平均像を基礎としてそれに修正を加えることで基準地震動を導き出していることが認められる。万一の事故に備えなければならない原子力発電所の基準地震動を地震の平均像を基に策定することに合理性は見い出し難いから、基準地震動はその実績のみならず理論面でも信頼性を失っていることになる。
オ 安全余裕について
債務者は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に、原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり、 たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷(機能喪失)の危険性が生じることはないと主張している。そして、安全裕度の意義については対象設備が基準地震動の何倍の地震動まで機能を維持し得るかを示す数値であるとしている。 柏崎刈羽原発に生じた3000箇所にも及ぶ損傷がすべて安全上重要な施設の損傷ではなかったといえるのか、福島第一原発においては地震による損傷の有無が確定されていないのではないかという疑いがあり、そもそも債務者の主張する前提事実自体が立証されていない。この点をおくとしても、債務者のいう安全余裕の意味自体が明らかでない。証拠及び審尋の全趣旨によると、一般的に設備の設計に当たって、様々な構造物の材質のばらつき、溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むから、求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められる。このように設計した場合でも、基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが、それは単に上記の不確定要素が比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって、安全が確保されていたからではない。以上のような一般的な設計思想と異なる特有の設計思想や設計の実務が原発の設計においては存在すること、原子力規制委員会において債務者のいうところの安全余裕を基準とした審査がなされることのいずれについてもこれを認めるに足りる証拠はない。 したがって、たとえ、過去において、原発施設が基準地震動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても、同事実は、今後、基準地震動を超える地震が高浜原発に到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。
カ 中央防災会議における指摘
平成14年6月12日に開かれた中央防災会議、「東南海、南海地震に関する専門調査会」において、「地表に現われた地震断層は活断層に区分されるものもあるが、M(マグニチュード)7.3以下の地震は、必ずしも既知の活断層で発生した地震であるとは限らないことがわかる。したが って、内陸部で発生する被害地震のうち、M7.3以下の地震は、活断層が地表に見られていない潜在的な断層によるものも少なくないことから、 どこでもこのような規模の被害地震が発生する可能性があると考えられ る。」との指摘がなされた(同指摘がなされていることは争いがな い。)。また、平成20年12月に中央防災会議の専門調査会が取りまとめた報告においては、活断層が地表で認められない地震規模の上限についてM6.9を想定するとされた。証拠によれば、マグニチュード7.3ではもちろん6.9以下の地震であっても700ガルをはるかに超える地震動をもたらすことがあると認められる。
(3) 基準地震動である700ガルに至らない地震について
ア 施設損壊の危険
700ガルに至らない地震が本件原発に到来することは具体的な危険であることは債務者もこれを否定できないはずである。ところが、審尋の全趣旨によると、本件原発の運転開始時の基準地震動(S2)は370ガルであったところ、安全余裕があるとの理由で根本的な耐震補強工事がなされることがないまま、550ガル(Ss)に引き上げられ、更に新規制基準の実施を機に700ガル(Ss)にまで引き上げられたことが認められる(債務者の主張書面(5)によれば、第1の引き上げに伴う工事も第2の引き上げに伴う工事も格納容器及び圧力容器を含む躯体部分は対象となっておらず、配管についてもその厚みを増すなどの工事ではなく、配管の支えを補強するなどの工事にとどまっている。)。かような手法は実際上は安全余裕を吐き出しているだけであるにもかかわらず債務者は耐震安全性が高まったかのような言動をとっているとして、債権者らはこれを詐欺に等しいと評している。確かに、既に摘示したように安全余裕は構造物の安全性を脅かす不確定要素の程度を意味するのであり、安全性の高さを示す概念ではないから、構造物の完成後において安全余裕の存在を理由として基準が引き上げられるようなことはあってはならないはずである。たとえば、エレベーターや貨物自動車の重量制限が安全余裕があるという理由で後に引き上げられるようなことは社会的に許容できることではない。以前の基準地震動370ガルとクリフエッジ973.5ガルを比較すると本件原発の設備には耐震性に関しても相応の余裕があったといえる。これが、 2度にわたる基準地震動の引き上げの結果、まさに安全余裕を吐き出す形 でクリフエッジ973.5ガルは基準地震動700ガルの1.5倍にも満たないことになった。債務者は本件原発は多重防護をはじめとする安全設計思想に立ち高度の安全性が確保されていると主張しているが、原発の耐震安全性確保の基礎となるべき基準地震動の数値だけを引き上げるという措置は債務者のいう安全設計思想と相容れないものと思われる。 そうすると、基準地震動である700ガルを下回る地震によっても施設が損壊する具体的危険性があるといえるし、少なくとも、基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあることは債務者においてこれを自認しているところである。
イ 施設損壊の影響
外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり、外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼らざるを得なくなる。福島原発事故においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる。主給水は冷却機能維持のための命綱であり、これが断たれた場合には補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり、原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって、電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必然である。原子炉の緊急停止の際、この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして、その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。
ウ 補助給水設備の限界
このことを、上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。 証拠によれば、緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し、補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、①主蒸気逃がし弁による熱放出、②充てん系によるほう酸の添加、③余熱除去系による冷却のうち、いずれか一つに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって、補助給水設備の実効性は不安定なものといわざるを得な い。また上記証拠によれば、上記事態の回避措置として、下記のとおり、 (ア)のイベントツリーが用意され、更に(ア)のイベントツリーにおける措置に失敗した場合の(イ)のイベントツリーも用意されてはいるが、各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。
記
イベントツリー
a 手法
①高圧注入ポンプの起動、②加圧器逃がし弁の開放、③格納容器スプレイポンプの起動を中央制御室からの手動操作により行い、燃料取替用水ピットのほう酸水を注入し、1次系の冷却を行う。注入の後、 再循環切り替えを行い、④高圧注入及び格納容器スプレイによる継続した1次系冷却を行う。
b aが成功した場合の効果
この状態では未臨界性が確保された上で海水を最終ヒートシンクとした安定、継続的な冷却が行われており、燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。
c aが失敗した場合の効果
①高圧注入による原子炉への給水、②加圧器逃がし弁による熱放出、③格納容器スプレイによる格納容器徐熱、④高圧注入による炉心冷却及び原子炉格納容器スプレイによる再循環格納容器の冷却のう ち、いずれか一つに失敗すると、非常用所内電源からの給電ができないのと同様の非常事態(緊急安全対策シナリオ)に進展する。
(イ)イベントツリー((ア)の場合の収束シナリオ・緊急安全対策シナリオ)
a 手法
①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水が行われ、 ②現場での手動作業により主蒸気逃がし弁を開放し、2次系による冷却が行われる。③蓄圧タンクのほう酸水を注入し、未臨界性を確認 し、④蓄電池の枯渇までに空冷式非常用発電装置による給電を行うとともに、蓄圧タンク出口隔離弁を中央制御室からの手動操作により閉止する。また、復水ピット枯渇までに海水の復水ピットへの補給を行うことにより、2次系冷却を継続する。
b aが成功した場合の効果
この状態では未臨界性が確保された上で海水を水源とした安定、継続的な2次系冷却が行われており、燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。
c aが失敗した場合の効果
①タービン動補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水、②現場での手動作業による主蒸気逃がし弁の開放、③蓄圧タンクのほう酸水の注入、④空冷式非常用発電装置による給電のうち、いずれか一つに失敗すると、炉心損傷に至る。
エ 債務者が主張するイベントツリーの構造について安全性が強く求められる場面で本来策定されるべきイベントツリーは、 事故を招くおそれのある事象についての対策に失敗した場合の予備的対策が用意され、この予備的対策に失敗した場合においても対策が更に用意されており、これらのいずれかの対策に成功した場合には事態が収束するという基本的な構造をもつものでなければならないはずである。この構造を図式化し、過酷事故をもたらすおそれのある事象を■、同事象に対する対 策を□、同対策に成功した場合を○、対策に失敗した場合を×、事態の収束を◎で表すと第1図のようなものになる。
第1図 第2図 ■→□→○→◎ ■→□→○→□→○→□→○→◎ ↓ ↓ ↓ ↓ ×→□→○→◎ × × × ↓ ×→□→○→◎ ↓ × ところが、債務者の提示するイベントツリーは、その多くが、上記補助給水設備の例でみたように、第2図のような基本的な構造となっている。 小破断LOCAに対するイベントツリーも類似した構造であって、とられ るべき対策のいずれか一つに失敗すると炉心損傷に至るか少なくとも危機的な状況(債務者がいうところの緊急安全対策シナリオ等)に陥ることになる。そして、2次冷却系の破断の場合においてはとられるべき8つの対策のすべてに成功しないと収束には至らず、そのいずれか一つに失敗するだけでたちどころに炉心損傷に至る。たとえ第1図のようなイベントツリ ーにおいても事態の把握の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難を伴うことは(2)において摘示したとおりであるが、債務者が主張するイベントツリーの構造のもとにおいて、しかも複数のイベントツリーを同時に進行させなければならないことも想定できるなかで、事態を収束させることは更に困難であるといえる。
オ 債務者の主張について
債務者は、主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが、主給水ポンプは別紙2の下図に表示されているものであり、その役割は主給水の供給にあり、主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって、 そのことは債務者も認めているところである。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして、その役割にふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。 このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。 債務者は本件原発の安全設備は多重防護の考えに基づき安全性を確保する設計となっていると主張しているところ、原発の安全性を確保するため には多重防護の考えに立つことが不可欠であることに異論の余地はないところであろう。しかし、多重防護とは堅固な第1陣が突破されたとしてなお第2陣、第3陣が控えているという備えの在り方を指すと解されるのであって、第1陣の備えが貧弱なため、いきなり背水の陣となるような備えの在り方は多重防護の意義からはずれるものと思われる。
カ 基準地震動の意味について
日本語としての通常の用法に従えば、基準地震動というのはそれ以下の地震であれば、機能や安全が安定的に維持されるという意味に解される。 基準地震動Ss未満の地震であっても重大な事故に直結する事態が生じ得るというのであれば、基準としての意味がなく、高浜原発に基準地震動である700ガル以上の地震が到来するのかしないのかという議論さえ意味の薄いものになる。
(4)小括
日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及 びフィリピンプレートの4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生する。1991年から2010年までに発生したマグニチュード4以上、深さ100キロメートル以下の地震を世界地図に点描すると、日本列島の形さえ覆い隠されてしまうほどであり、日本国内に地震の空白地帯は存在しないことが認められる。債務者は前記岩手・ 宮城内陸地震の発生地域や基準地震動を超える地震が到来してしまった原発敷地には固有の地域の特性があるとし、高浜原発との地域差があることを強調しているが、これらの主張の根拠はそれ自体確たるものではないし、我が国全体が置かれている上に述べた厳然たる事実の前では大きな意味を持つことはないと考えられる。各地の原発敷地外に幾たびか到来した激しい地震や各地の原発敷地に5回にわたり到来した基準地震動を超える地震が高浜原発には到来しないというのは根拠に乏しい楽観的見通しにしかすぎないといえる。さらに、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大 な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。
3 閉じ込めるという構造について(使用済み核燃料の危険性)
(1)使用済み核燃料の現在の保管状況
原子力発電所は、いったん内部で事故があったとしても放射性物質が原子力発電所敷地外部に出ることのないようにする必要があることから、その構造は堅固なものでなければならない。 そのため、本件原発においても核燃料部分は堅固な構造をもつ原子炉格納容器の中に存する。他方、使用済み核燃料は本件原発においては原子炉格納容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に多量に置かれ ており、使用済み核燃料プールから放射性物質が漏れたときこれが原子力発電所敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない(前提事実(5)ア)。
(2)使用済み核燃料の危険性
使用済み核燃料は、原子炉から取り出された後の核燃料であるが、なお崩壊熱を発し続けているので、水と電気で冷却を継続しなければならないところ(前提事実(5)イ)、その危険性は極めて高い。福島原発事故においては、4号機の使用済み核燃料プールに納められた使用済み核燃料が危機的状況に陥り、この危険性ゆえに原子力委員会委員長によって避難計画が立てられ た。同計画での被害想定のうち、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのは使用済み核燃料プールからの放射能汚染であり、他の号機の使用済み核燃料プールからの汚染も考えると、強制移転を求めるべき地域が170キロメートル以遠にも生じる可能性や、住民が移転を希望する場合にこれを認めるべき地域が東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠にも発生する可能性があり、これらの範囲は自然に任せておくならば、数十年は続くとされた。 平成23年3月11日当時4号機は計画停止期間中で、使用済み核燃料プールに隣接する原子炉ウエルと呼ばれる場所に普段は張られていない水が入れられており、同月15日以前に全電源喪失による使用済み核燃料の温度上昇に伴って水が蒸発し水位が低下した使用済み核燃料プールに原子炉ウエルから水圧の差で両方のプールを遮る防壁がずれることによって、期せずして水が流れ込んだ。また、4号機に水素爆発が起きたにもかかわらず使用済み核燃料プールの保水機能が維持されたこと、かえって水素爆発によって原子炉建屋の屋根が吹き飛んだためそこから水の注入が容易となったということが重なった。そうすると、4号機の使用済み核燃料プールが破滅的事態を免れ、上記の避難計画が現実のものにならなかったのは僥倖といえる。
(3)債務者の主張について
債務者は、原子炉格納容器の中の炉心部分は高温、高圧の一次冷却水で満たされており、仮に配管等の破損により一次冷却水の喪失が発生した場合には放射性物質が放出されるおそれがあるのに対し、使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で囲い込む必要はないとするが、以下のとおり失当である。
ア 冷却水喪失事故について
使用済み核燃料においても破損により冷却水が失われれば債務者のいう冠水状態が保てなくなるのであり、その場合の危険性は原子炉格納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。むしろ、使用済み核燃料は原子炉内の核燃料よりも核分裂生成物(いわゆる死の灰)をはるかに多く含むから(前提事実(5)イ)、(2)に摘示したように被害の大きさだけを比較すれば使用済み核燃料の方が危険であるともいえる。原子炉格納容器という堅固な施設で核燃料を閉じ込めるという技術は、核燃料に係る放射性物質を外部に漏らさないということを目的とするが、原子炉格納容器の 外部からの事故から核燃料を守るという側面もあり、たとえば建屋内での不測の事態に対しても核燃料を守ることができる。そして、五重の壁の第1の壁である燃料ペレットの熔解温度が原子炉格納容器の溶解温度よりもはるかに高いことからすると(大飯原発差止訴訟における債務者の主張によると、①核燃料ペレット、②燃料被覆管、③原子炉圧力容器、④原子炉 格納容器、⑤建屋の溶解温度は、それぞれ、①が2800度、②が1800度、③及び④が1500度、⑤が1300度であり、外に向かうほど溶解温度が低くなっている。)、原子炉格納容器は崩壊熱による核燃料の溶融事故に対しては確たる防御機能を果たし得ないことになるから、原子炉格納容器の機能として原子炉格納容器の外部における不測の事態に対して核燃料を守るという役割を軽視することはできないといえる。なお、債務者はかような機能は原子炉格納容器には求められていないと主張するが、 他方では原子炉格納容器が竜巻防御施設の外殻となる施設であると位置づけており、債務者の主張は採用できない。 福島原発事故において原子炉格納容器のような堅固な施設に囲まれていなかったにもかかわらず4号機の使用済み核燃料プールが建屋内の水素爆発に耐えて破断等による冷却水喪失に至らなかったこと、あるいは瓦礫がなだれ込むなどによって使用済み核燃料が大きな損傷を被ることがなかったことは誠に幸運と言うしかない。使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められる必要がある。
イ 電源喪失事故について
上記のような破断等による冷却水喪失事故ではなく全電源が喪失し空だき状態が生じた場合においては、核燃料は全交流電源喪失から5時間余で炉心損傷が開始する。これに対し、使用済み核燃料も崩壊熱を発し続けるから全電源喪失によって危険性が高まるものの、時間単位で危険性が発生するものでない。しかし、上記5時間という時間は異常に短いのであって、それと比較しても意味がない。 債務者は、電源を喪失しても使用済み核燃料プールに危険性が発生する前に確実に給水ができると主張し、また使用済み核燃料プールの冷却設備は耐震クラスとしてはBクラスであるが(別紙3の別記2の第4条2二参照)、安全余裕があることからすると実際は基準地震動に対しても十分な 耐震安全性を有しているなどと主張しているが、債務者の主張する安全余裕の考え方が採用できないことは2(2)オ において摘示したとおりであり、地震が基準地震動を超えるものであればもちろん、超えるものでなくても、 使用済み核燃料プールの冷却設備が損壊する具体的可能性がある。また、2に摘示した原子炉の冷却機能の問題点に照らすと、使用済み核燃料プールが地震によって危機的状況に陥る場合にはこれと並行してあるいはこれに先行して隣接する原子炉も危機的状態に陥っていることが多いということを念頭に置かなければならないのであって、このような状況下において債務者の主張どおりに確実に給水作業ができるとは認め難い。たとえば、 高濃度の放射性物質が隣接する原子炉格納容器から噴出すれば使用済み核燃料プールへの水の注入作業は不可能となる。 本件使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から2日余で冠水状態が維持できなくなる。我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼすにもかかわらず、全交流電源喪失から2日余で危機的状態に陥いる。そのようなものが、堅固な設備によって閉じ込められていないままいわばむき出しに近い状態になっているのである。 なお、債務者は上記認定を含む当裁判所の各認定が具体的な蓋然性の検討をしないままなされており抽象的な危険性の認定にとどまっていると主張しているが、当裁判所の認定はその多くが福島原発事故において実際に生じた事実ないしは生じるおそれがあった事実を基礎に置くものであるから債務者の上記主張は当を得ないものといえる。 (4)小括 使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。
4 本件原発の現在の安全性(被保全債権の存在)
上記に摘示したところによると、本件原発の安全施設、安全技術には多方面にわたる脆弱性があるといえる。そして、この脆弱性は、①基準地震動の策定基準を見直し、基準地震動を大幅に引き上げ、それに応じた根本的な耐震工事を実施する、②外部電源と主給水の双方について基準地震動に耐えられるように耐震性をSクラスにする、③使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む、④使用済み核燃料プールの給水設備の耐震性をSクラスにするという各方策がとられることによってしか解消できない。また、2(2)ウにおいて摘示した事態の把握の困難性は使用済み核燃料プールに係る計測装置がSクラスであることの必要性を基礎付けるものであるし、中央制御室へ放射性物質が及ぶ危険性は耐震性及び放射性物質に対する防御機能が高い免震重要棟の設置の必要性を裏付けるものといえるのに、これらのいずれの対策もとられていない。 原子力規制委員会はこれらの各問題について適切に対処し本件原発の安全性を確保する役割を果たすことが求められているが(設置法1条、3条、4 条)、原子力規制委員会が策定した新規制基準は上記のいずれの点についても規制の対象としていない。免震重要棟についてはその設置が予定されてはいるものの、猶予期間が事実上設けられているところ、地震が人間の計画、意図とは全く無関係に起こるものである以上、かような規制方法に合理性がないことは自明である。そのため、本件原発の危険性は、原子炉設置変更許可(改正原子炉規制法43条の3の8第1項)がなされた現在に至るも改善されていな い。 この設置変更許可をするためには、申請に係る原子炉施設が新規制基準に適合するとの専門技術的な見地からする合理的な審査を経なければならないし、 新規制基準自体も合理的なものでなければならないが、その趣旨は、原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員や周辺住民の生命、身体に重大な危害を及ぼす等の深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、このような災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、十分な審査を行わせることにある (最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決(民集46巻1174頁、伊方最高裁判決)参照)。そうすると、新規制基準に求められるべき合理 性とは、原発の設備が基準に適合すれば深刻な災害を引き起こすおそれが万が 一にもないといえるような厳格な内容を備えていることであると解すべきことになる。しかるに、新規制基準は緩やかにすぎ、これに適合しても本件原発の安全性は確保されていない。原子力規制委員会委員長の「基準の適合性を審査した。安全だということは申し上げない。」という川内原発に関しての発言は、安全に向けてでき得る限りの厳格な基準を定めたがそれでも残余の危険が 否定できないという意味と解することはできない。同発言は、文字どおり基準に適合しても安全性が確保されているわけではないことを認めたにほかならないと解される。新規制基準は合理性を欠くものである。そうである以上、その新規制基準に本件原発施設が適合するか否かについて判断するまでもなく、債権者らの人格権侵害の具体的危険性が肯定できるということになる。これを要するに、具体的危険性の有無を直接審理の対象とする場合であっても、規制基準の合理性と適合性に係る判断を通じて間接的に具体的危険性の有無を審理する場合のいずれにおいても、具体的危険性即ち被保全債権の存在が肯定できるといえる。 以上の次第であり、高浜原発から250キロメートル圏内に居住する債権者らは、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があることが疎明されているといえる。なお、本件原子炉及び本件使用済み核燃料プール内の使用済み核燃料の危険性は運転差止めによって直ちに消失するものではない。しかし、本件原子炉内の核燃料はその運転開始によって膨大なエネルギーを発出することになる一方、運転停止後においては時の経過に従っ て確実にエネルギーを失っていくのであって、時間単位の電源喪失で重大な事故に至るようなことはなくなり、我が国に破滅的な被害をもたらす可能性がある使用済み核燃料も時の経過に従って崩壊熱を失っていき、また運転停止によ ってその増加を防ぐことができる。そうすると、本件原子炉の運転差止めは上記具体的危険性を大幅に軽減する適切で有効な手段であると認められる。
5 保全の必要性について
本件原発の事故によって債権者らは取り返しのつかない損害を被るおそれが生じることになり、本案訴訟の結論を待つ余裕がなく、また、原子力規制委員会の上記許可がなされた現時点においては、保全の必要性はこれを肯定できる。
6 結論
以上の次第であり、債権者らの仮処分申請を認容すべきであるところ、本件事案の性質上、債権者らに担保を求めることは相当でない。
(別紙部分はすべて省略)
平成27年4月14日
福井地方裁判所民事第2部 裁判長裁判官 樋 口 英 明 裁判官 原 島 麻 由 裁判官 三 宅 由 子