top of page

【メモ・データベース #25】大飯原発3、4号機運転差止請求事件(本訴) 福井地裁判決(2014.5.21)全文 記:2015.8.26(水)

◉ 報   道

 大飯原発の運転差し止め命じる 福井地裁が判決

 (2015.5.21 福井新聞)

  安全性が保証されないまま関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)を再稼働させたとして、福井県などの住民189人が関電に運転差し止めを求めた訴訟の判決言い渡しが21日、福井地裁であり、樋口英明裁判長は関電側に運転差し止めを命じた。   全国の原発訴訟で住民側が勝訴したのは、高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)の設置許可を無効とした2003年1月の名古屋高裁金沢支部判決と、北陸電力志賀原発2号機(石川県志賀町)の運転差し止めを命じた06年3月の金沢地裁判決(いずれも上級審で住民側の敗訴が確定)に続き3例目。   大飯3、4号機は昨年9月に定期検査のため運転を停止。関電は再稼働に向け原子力規制委員会に審査を申請し、新規制基準に基づく審査が続いている。   審理では、関電が想定した「基準地震動」(耐震設計の目安となる地震の揺れ)より大きい地震が発生する可能性や、外部電源が喪失するなど過酷事故に至ったときに放射能漏れが生じないかなどが争点となった。   大飯原発3、4号機をめぐっては、近畿の住民らが再稼働させないよう求めた仮処分の申し立てで、大阪高裁が9日、「原子力規制委員会の結論より前に、裁判所が稼働を差し止める判断を出すのは相当ではない」などとして却下していた。   脱原発弁護団全国連絡会(事務局・東京)などによると2011年3月の東京電力福島第1原発事故後、全国で住民側が提訴した原発の運転差し止め訴訟は少なくとも16件あり、福井訴訟が事故後初めての判決となった。

◉ 弁護団声明

 大飯原発 3、4号機運転差止訴訟福井地裁判決を受けての弁護団声明  (2015.5.21)

 福井地裁は、本日、関西電力に対し、大飯原発 3、4号機の運転差止めを命じる判決を言い渡しました。  本判決は、福島第一原発事故後初めての運転差止訴訟判決になりますが、私たちは、司法が原発の抱える本質的な危険性を認めたものと評価しています。  本判決は、おおむね、以下の理由から、大飯原発 3、4号機の運転差止めを命じました。  ①ストレステストの基準とされた 1260ガルを超える地震も起こりうると判断した。地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ない、地震は太古の昔から存在するが、正確な記録は近時のものに限られ、頼るべき過去のデーターはきわめて限られていることを指摘した。  ②700ガルを超えて 1260ガルに至らない地震について、被告はイベントツリーを策定してその対策をとれば安全としているが、イベントツリーによる対策が有効であることは論証されていない。とりわけ、地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは機械というものの性質上当然考えられることとした。  ③従来と同様の手法によって策定された基準地震動では、これを超える地震動が発生する危険があるとし、とりわけ、 4つの原発に 5回にわたり想定した基準地震動を超える地震が平成 17年以後 10年足らずの間に到来しているという事実を重視した。  ④被告は安全余裕があり基準地震動を超えても重要な設備の安全は確保できるとしたが、判決は、基準を超えれば設備の安全は確保できないとした。  ⑤地震における外部電源の喪失や主給水の遮断が、 700ガルを超えない基準地震動以下の地震動によって生じ得ることに争いなく、これらの事態から過酷事故に至る危険性がある。  ⑥使用済み核燃料は、福島原発事故において最も重大な被害をもたらすおそれがあるとされ原子炉格納容器ほどの堅牢な施設に囲われることなく保存されているため、危険である。  これらの理由のうち、①から④と⑥は、大飯原発 3、4号機のみならず、全国の原発すべてにあてはまるものであり、また、②のうち主給水の遮断が基準地震動以下の地震動によって生じ得ることについては、加圧水型の原発すべてにあてはまるものです。  このように本判決は、大飯原発 3、4号機に限らず、原発が抱える本質的な危険性を認めたと評価できます。  原子力規制委員会の適合性審査の下、川内原発や高浜原発の再稼働が強行されようとしていますが、川内原発や高浜原発を含むすべての原発は、本判決が指摘する危険性を有しているため、再稼働することは認められません。  また、関西電力は、大飯原発や高浜原発の基準地震動を 2割から 3割程度引き上げて耐震工事を行うことを明らかにしていますが、本判決は、現在行われている基準地震動の策定手法自体を否定しているのであり、このような場当たり的な対応によって、本判決が指摘する危険性を否定することはできません。  これまで原発を容認してきたも同然であった司法は、市民感覚に沿って、福島第一原発事故とその被害の深刻な現実を目の当たりにして、「地震という自然の前における人間の能力の限界」を認める画期的な判断を下したものということができます。国、福井県、おおい町その他の原発立地自治体、関西電力その他の事業者も判決を機に福島第一原発事故という現実を見つめ直し、原発推進・依存から脱却することを求めます。  2014年(平成 26年)5月 21日      大飯原発運転差止訴訟弁護団団長 佐藤 辰弥

◉ その後の経緯

 2014. 4.21 関西電力が控訴。

 2014.11. 5 名古屋高裁金沢支部で第1回控訴審口頭弁論開始。

 2015. 2. 9 第2回口頭弁論、

 2015. 4.19 第3回口頭弁論、

 2015. 7. 1 第4回口頭弁論を終え、なお控訴審係属中。

◉ 判   決

 大飯原発3、4号機運転差止請求事件福井地裁判決

 (2014.5.21)

平成26年5月21日判決言渡 同日原本領収裁判所書記官

平成24年(ワ)第394号(以下「第1事件」という。)、平成25年(ワ)第63号(以下「第2事件」という。)

大飯原発3、4号機運転差止請求事件

口頭弁論終結日平成26年3月27日

         判    決

   当事者等の表示 別紙当事者目録記載のとおり

         主    文

 1 被告は、別紙原告目録1記載の各原告に対する関係で、福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1—1において.大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

 2 別紙原告目録2記載の各原告の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は、第2項の各原告について生じたものを同原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

         事実及び理由

第1 請求

  被告は、福井県大飯郡おおい町大島1宇吉見1—1において、大飯発電所3号機及び4号機の原子炉を運転してはならない。

第2 事案の概要等

 l 事案の概要

   本件は、第1事件原告ら及び第2事件原告ら(以下、両者を合わせて「原告ら」という。)が、第1事件及び第2事件被告(以下単に「被告」という)に対し、人格権ないし環境権に基づいて選択的に、被告が福井県大飯郡おおい町大島1字吉見1一1に設置した原子力発電所である大飯発電所(以下「大飯原発」という。)の3号機及び4号機(以下併せて「本件原発」という。)の運転差止めを求めた事案である。

 2 前提事実 

   以下の事実は当事者間に争いのない事実又は掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実である。

 (1)当事者

   ア 原告らの住所地は別紙当事者目録に記載のとおりであり、原告らは、北海道札幌市から沖縄県沖縄市までの全国各地に居住している。(弁論の全趣旨)

   イ 被告は、大阪府、京都府、兵庫県(一部を除く。)、奈良県、滋賀県、和歌山県、三重県の一部、岐阜県の一部及び福井県の一部への電力供給を行う一般電気事業者である。

 (2)大飯原発及び大飯原発周辺の概要

   ア 被告は、福井県大敵郡おおい町大島1字吉見1−1に加圧水型原子炉を使用する大飯原発を設置している。大飯原発には1号機から4号機までが設置されている。

   イ 大飯原発は、福井県の大島半島の先端部に位置する。大飯原発の敷地の北側、西側及び南側は標高約100ないし200メートルの山に囲まれており、東側は若狭湾に面し、取水ロが設置されている。(甲41)

     大飯原発の周辺には大飯原発からみておおむね北西から南東にかけて、FO-B断層、FO-A断層及び熊川断層が順に存在する。大飯原発、FO-A断層、FO-B断層及び熊川断層の位置関係は、おおむね別紙1の図表7のとおりである。

   ウ(ア)大飯原発の敷地には、F-6破砕帯と呼ばれる部分がある。

    (イ)被告は、後述の昭和60年の本件原発に係る原子炉設置変更許可申請に際し、F-6破砕帯について調査を行ってその場所、形状等を確認し、また、後述の平成18年9月19日の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下「耐震設計審査指針」という。)の改訂に伴い行われた耐震安全性評価(以下「耐震バックチェック」という。)に際しても、F-6破砕帯について調査を行った上、その活動性評価についての報告を行った。(甲41、弁論の全趣旨)

    (ウ)被告は、経済産業省からの指示に基づき、平成24年10月31日F-6破砕帯についての調査結果の報告を行ったところ、被告は、上記報告の際に、F-6破砕帯が上記(イ)に記載した調査の結果とは異なる場所、形状で存在する旨を報告した(以下、このF-6破砕帯を「新F-6破砕帯」といい、上記(イ)に記載したF-6破砕帯を「旧F-6破砕袴」という。)。(甲41、72、 弁論の全趣旨)  (ウ)大飯原発と、新F-6破砕帯及び旧F-6破砕帯との位置関係は、おおむね別紙2のとおりである。(甲72)

(3)原子力発電所の仕組み(弁論の全趣旨、被告準備書面(1)被告の主張第5章第1参照)

   ア 原子力発電と火力発電

     原子力発電は、核分裂反応によって生じるエネルギーを熱エネルギーとして取り出し、この熱エネルギーを発電に利用するものである。つまり、原子力発電では、原子炉において取り出した熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。一方、火力発電では、石油、石炭等の化石燃料が燃焼する際に生じる熱エネルギーによって蒸気を発生させ、この蒸気でタービンを回転させて発電を行う。

  イ 核分裂の原理

     原子力発電は、原子炉においてウラン235等を核分裂させることにより熱エネルギーを発生させ、発電を行っているところ、その核分裂の原理は次のとおりである。すべての物質は、原子から成り立っており、原子は原子核(陽子と中性子の集合体)と電子から構成されている。重い原子核の中には、分裂して軽い原子核に変化しやすい傾向を有しているものがあり、例えばウラン235の原子核が中性子を吸収すると、原子核は不安定な状態となり、分裂して2つないし3つの異なる原子核(核分裂生成物)に分かれる。これを核分裂といい、核分裂が起きると、大きなエネルギーを発生するとともに、核分裂生成物(核分裂により生み出される物質をいい、その大部分は放射性物質である。例えば、ウラン235が核分裂すると、放射性物質であるセシウム137、よう素131等が生じる。)に加え、2ないし3個の速度の速い中性子を生じる。この中性子の一部が他のウラン235等の原子核に吸収されて次の核分裂を起こし、連鎖的に核分裂が維持される現象を核分裂連鎖反応という。

   ウ 原子炉の種類

     原子炉には、減速材及び冷却材の組み合わせによって幾つかの種類があり、そのうち減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普通の水)を用いるものを軽水型原子炉という。軽水型原子炉は大きく分けると沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉の2種類がある。沸騰水型原子炉は、原子炉内で冷却材を沸騰させ、そこで発生した蒸気を直接ターピンに送って発電する。加圧水型原子炉は、1次冷却設備を流れる高圧の1次冷却材を原子炉で高温水とし、これを蒸気発生器に導き、蒸気発生器において、高温水の持つ熱エネルギーを2次冷却設備を流れている2次冷却材に伝えて蒸気を発生させ、この蒸気をタービンに送って発電する。両者の基本的な仕組みを図示すると別紙3の図表4のとおりである。

 (4)本件原発の構造(弁論の全趣旨・被告準備書面圃被告の主張第5章第一2参照)

   ア 概要    

     (ア)加圧水型原子炉である本件原発は、1次冷設備、原子炉格納容器、2次冷却設備、電気施設、エ学的安全施設、一般的に使用済み核燃料プ一ルと呼称されているプール(被告はこれを使用済燃料ピットと呼んでいるが、以下一般的呼称に従い「使用済み核燃料プール」といい、本件原発の使用済み核燃料プールを「本件使用済み核燃料プール」という。)等から構成される。

   (イ)1次冷却設備は、原子炉、加圧器、蒸気発生器、1次冷却材ポンプ、1次冷却材管等から構成される。

        原子炉は、原子炉容器、燃料集合体、制御材、1次冷却材等から構成される。

        原子炉容器は、上部及び底部が半球状となっている縦置き円筒型の容器であり、その内部には燃料集合体、制御棒等が配置され、その余の部分は1次冷却材で満たされている。

      原子炉容器内の燃料集合体が存在する部分を炉心という。燃料集合体は燃料棒が束ねられたものであるところ、燃料集合体内の各燃料棒の問には、制御棒挿入のための中空の経路(制御棒案内シンブル)が設置されている。通常運転時は、制御棒は燃料集合体からほぼ全部が引き抜かれた状態で保持されているが、緊急時には、制御棒を自重で炉心に落下させることで原子炉を停止させる(原子炉内の核分裂を止める)仕組みになっている。

     (ウ)原子炉格納容器は、1次冷却設備を格納する容器である。

   (エ)2次冷却設備は、タービン、復水器、主給水ポンプ、これらを接統する配管等から構成される。

   (オ)電気施設には、発電機、非常用ディーゼル発電機等がある。

   (カ)工学的安全施設には.非常用炉心冷却設備(ECCS)、原子炉格納施設、原子炉格納容器スプレイ設備、アニュラス空気浄化設備等がある。

   イ 本件原発における発電の仕組み

     1次冷却材管は、原子炉容器、蒸気発生器、加圧器、1次冷却材ポンブと接続され、回路を形成している。

     1次冷却村営と原子炉容器とは、1次冷却材で満たされている。この1次冷却材は、加圧器によって高圧となった上、1次冷却材ポンプによって1次冷却材管を通って原子炉容器と蒸気発生器との間を循環している。

     原子炉においては核分裂連鎖反応により熱エネルギーが生じるところ、1次冷却材は原子炉容器内において上述の核分裂連鎖反応によって生じた熱を吸収して高温になり、他方、これにより原子炉は冷却される。

     高温になった1次冷知材は、1次冷却材管を通じて蒸気発生器に入り、蒸気発生器において伝熱管の中を通貨する。伝熱管の外側には2次冷却材が存するところ、1次冷却材が上記伝熱管を通過する際、1次冷却材の熱は伝熱管の外側の2次冷却材に伝わる。これにより、2次冷却材は熱せられ、他方、1次冷却材は冷却される。

      冷却された1次冷却材は蒸気発生器から送り出され、再び原子炉に送られる。

      熱せられた2次冷却材は、蒸気となって2次冷却設備のターピンを回転させ、これを基にして、電気施設の発電機で電気が発生する。

     2次冷却設備においては、上述のとおり蒸気発生器で蒸気となった2次冷却材がタービンに導かれ、これによりタービンを回転させて発電した上、タービンを回転させた蒸気を復水器において冷却して水に戻し、水に戻された2次冷却材は主給水ポンプ等により再び蒸気発生器に送られる。

 ウ 本件原発からの放射性物質の放出の危険性とその対応

   1次冷却材管は高圧の1次冷却材で満たされていることから、1次冷却材管が破損すると、1次冷却材が上記回路の外部に漏れ出し、1次冷却材の喪失が発生する。このような冷却材の喪失事故が生じると、原子炉ないし核燃料を冷やすことができず、これらが原子炉で発生した熱によって損傷し、本件原発から放射性物質が放出される危険が生じる。

    上記冷却材の喪失事故を始めとする本件原発から放射性物質が放出される危険が生じた場合の対策として、制御捧の落下による原子炉の停止、工学的安全施設である非常用炉心冷却設備による原子炉の冷却、及び、原子炉容器、原子炉格納施設等による放射性物質の閉じ込め、などが措定ないし準備されている。(乙37、弁論の全趣旨)

    非常用炉心冷却設備は、蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系で構成される。蓄圧注入系は蓄圧タンクに貯蔵されたほう酸水を、高圧注入系及び低圧注入系は燃料取替用水ピットに貯蔵されたほう酸水を、有事の際に原子炉容器内に注入する設備である。この際、上記ほう酸水や1次冷却材管から漏れ出た1次冷却材等は原子炉格納容器の格納容器再循環サンプに貯留されるところ、上記蓄圧注入系、高圧注入系及び低圧注入系のいずれの設備においても、ほう酸水の水原を格納容器再循環サンプに切り替えた上で原子炉容器内に注入することができる。

 エ 本件原発への電力供給

    発電機で発生した電気は、本件原発の外部に送電されるほか、本件原発の各設備に供給される。このほか、本件原発は、本件原発の外から受電できるよう変圧器を通じて送電線につながっており、これにより本件原発の外部から電源の供給を受けることができる。かかる電源を、外部電源という。本件原発向の機器に必要な電力は、発電機が動いている場合には発電機から供給されるが、発電機が停止している場合には、工学的安全施設が作動するための電力を含め、外部電源から供給される。

     非常用ディーゼル発電機は、発電機が停止しかつ外部電源が喪失した場合に、本件原発の保安を確保し、原子炉を安全に停止するために必要な電力や、工学的安全施設が作動するための電力を供給する。

    発電機、外部電源及び非常用ディーゼル発電機からの電力供給がすべて喪失した状態を、全交流電源喪失(SBO)という。

    全交流電源喪失が生じた場合には、直流電源である蓄電池(パッテリー)や、重油によって作動する空冷式の非常用発電装置等による電探供給が行われる。

(5)使用済み核燃料(弁論の全趣旨・原告ら第 1準備書面第1、第2参照)

 ア 使用済み核燃料の発生、保管方法

    原子力発電においては、核燃料を原子炉内で核分裂させると、燃料中に核分裂生成物が蓄積し、連鎖反応を維持するために必要な中性子を吸収して反応速度を低下させるなどの理由から、適当な時期に燃料を取り替える必要がある。この際に原子炉から取り出されるのが使用済み核燃料である。使用済み核燃料の発生量は、燃焼度等によって異なるが、本件原発は、平均して年間合計約40トンの使用済み核燃料を発生させる。使用済み核燃料は、原子炉停止後に原子炉より取り出された後、水中で移送されて使用済み核燃料プールに貯蔵される。本件使用済み核燃料プール内の使用済み核燃料の本数は1000本を超えている。

    本件使用済み核燃料プールには、核分裂連鎖反応を制御する権能を有するほう酸水が満たされている。この使用済み核燃料プールの水は、冷却設備によって冷却されている。同プールの水位は常時監視されている。上記冷却機能が喪失するなどして水位が低下した場合に備え、本件使用済み核燃料ブールには、使用済燃料水補給設備が設置されている。

     本件使用済み核燃料プールは、本件原発の原子炉補助建屋に収容されている。

 イ 使用済み核燃料の性質 

    核燃料を原子炉内で燃やすと、核分裂性のウラン235が燃えて核分裂生成物ができる一方、非核分裂性のウラン238は中性子を吸収して核分裂性のプルトニウムに姿を変える。このように使用済み核燃料の中には、未燃焼のウランが残っているほか、プルトニウムを含む新しく生成された放射性物質が含まれることとなる。使用済み核燃料は、崩壊熱を出し続け、時間の経過に従って衰えるものの、1年後でも1万ワット以上とかなりの発熱量を出す。この崩壊熱を除去しなければ、崩壊熱の発生源である燃料ペレットや燃料被覆管の温度が上昇を続け、溶融や損傷、崩壊が起こってしまう。

 ウ 使用済み核燃料の処分方法

   我が国においては、使用済み核燃料は、ウランとプルトニウムを分離・抽出して発電のために再利用すること(いわゆる核燃料サイクル政策)が基本方針とされているが、このサイクルは現在機能していない(現時点において破綻しているかは争いがある。)。

(6)本件原発に係る安全性の審査の経緯、方法

 ア(ア)被告は、本件原発の設置に当たり、昭和60年2月15日、原子炉設置変更許可申請(昭和61年2月20日及び同年12月12日付けで?部補正)を行い、通商産業大臣は、被告に対し、昭和62年2月10日、上記許可申請に係る原子炉の設置変更の許可をした。(甲15、41)

  (イ)原子力安全委員会は、上記許可申請の当時総理府に設置されていた機関であり、核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関することなどについて企画、審議及び決定することを所掌事務としていた。(甲41)

     原子力安全委員会は、被告の上記変更申請につき、安全審査を行った。原子力安全委員会が行う安全審査に当たっては原子力安全委員会が策定した各種の指針等が用いられ、原発の耐震設計の妥当性に関しては耐震設計審査指針か用いられた。(甲41)

  (ウ)原子力安全委員会は、平成18年9月19日、耐震設計審査指針を始めとする上記安全審査指針類を改訂した(以下、この改訂前の耐震設計・審査指針を「旧指針」といい、この改訂後の耐震設計審査指針を「新指針」という。)。(甲41、乙34ないし36)

     耐震設計審査指針においては、原発施設の耐震設計において基準とすべき地震動(地震の発生によって放出されたエネルギーが特定の地点に到達し同地点の地盤を揺らす場合の当該揺れのこと)が定義される。(甲41、弁論の全趣旨)。

 旧指針においては、上記地震動として、設計用最強地震(歴史的資料から過去において敷地またはその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震及び近い将果敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから最も影響の大きいものとして想定される地震)を考慮して準地震動S1を、設計用限界地震(地震学的見地に立脚し、設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え、最も影響の大きいものと想定される地震)を考慮して基準地震動S2を、各策定することとされており、原子炉の安全性確保のために重要な役割を果たす安全上重要な施設が、基準地震動S1に対して損傷や塑性変形をしないこと、及び、基準地震動S2に対して機能喪失しないこと、の確認が各求められていた。これに対し、新指針においては、上述のような安全上重要な施設の耐震設計において基準とする地震動に関し、耐震設計においては施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動を適切に策定し、当該地震動を前提とした耐震設計を行うべきこととされ、上記地震動は敷地周辺の地質・地質構造並びに地震活動性等の地震学的及び地震工学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切なものとして策定しなければならないとされ(以下、この地震動を「基準地震動Ss」という。)、発電用原子炉施設のうち重要施設(Sクラスの施設)は、基準地震動Ssに対してその安全機能が保持できることが必要である旨が定められた。(甲41、乙34ないし36、弁論の全趣旨)

   (エ)上述の耐震設計審査指針の改訂を受け、その当時経済産業省の外局であるエネルギー庁の機関であった原子力安全・保安防は、平成18年9月20日、「新耐震指針に照らした既設発電用原子炉施設等の耐震安全性の評価及び確認に当たっての基本的な考え方並びに評価手法及び確認基準について」(パックチェクルール)を策定し、被告を含む各電力会社等に対し、本件原発を含む発電用原子炉施設等について、新指針に照らした耐震安全性評価(耐震パックチェック)を実施するよう指示した。(甲41)

   (オ)平成23年3月11日に東北地方太平洋沖地震及び東京電力株式会福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)の事故(以下「福島原発事故」という。〕が発生したことを受け、原子力安全委員会は、経済産業大臣に対し、既設の発電用原子炉施設について、設計上の想定を超える外部事奪に対する頑健性に関して総合的に評価することなどを要請した。(甲41)

      内閣官房長官、経済産業大臣及び内閣府特命担当大臣は、原子力安全委員会からの上記要請を受け、同年7月11日、新たな安全評価を実施することとし、これを受け、原子力安全・保安院は、同月21日、被告を含む各電力会社等に対し、福島原発事故を踏まえた既設の発電用原子炉施設の安全性に関する総合的評価(以下「ストレステスト」という。)を行い、その結果について報告をするよう求めた。(甲41、 弁論の全趣旨)

      被告は、上記原子力安全・保安院からの求めを受け、本件原発についてのストレステスト(以下「本件ストレステスト」という。)を実施し、原子力安全・保安院に対し、同年10月28日に本件原発のうち3号機の安全性に関する一次評価の結果につき、同年11月17日に本件原発のうち4号機の安全性に関する一次評価の結果につき、それぞれ報告書を提出した。(甲14、16の1ないし82、甲41、乙33)

イ(ア)被告は、上述の耐震設計審査指針の改訂及びストレステストの実施の求めを受け、本件原発の基準地震動Ssを新たに策定した。上記策定に際し、被告は、本件原発の基準地震動Ssとして、Ss-1、Ss-2、Ss-3の3種類を策定した。この際、本件原発の基準地震動Ssに係る最大加速度(地震によって地盤が振動する速度単位時間当たりの変化の割合のうち最大のもの)は、700ガルと設定された。(乙37)   

  (イ)被告は、本件ストレステストにおいて、本件原発の炉心の燃料及び本件使用済み核燃料プールにある使用済み核燃料について、地震、津波、全交流電源喪失及び最終ヒートシンク喪失(燃料から除熱するための海水を取水できない場合)の各評価項目こついて、本件原発の安全上重要な設備によって燃料の重大な損傷の発生を回避できるかを検討し、上記各評価項目に係るクリフエッジ(プラントの状況が急変する地震、津波等の負荷のレベル)を特定した。(甲14、弁論の全趣旨)    この際、被告は、本件原発の炉心の燃料についての地震の程度に関し、本件原発の安全上重要な施設の耐震性は基準地震動Ssに対して余裕を有しておりその余裕の大きき(耐震裕度)は個々の施設ごとに異なることを前提に、本件ストレステストの前に行われたた安全確保のための対策の結果も踏まえ、上記安全上重要な施設が基準地震動Ssの何倍の 地震動を超えればその機能を喪失し、事態を収束させることが不可能となるかを検討した上、本件原発の炉心の燃料についての地震に係るクリフエッジを基準地震勁Ssに係る最大加速度の1.80倍である1260ガルと特定した。同様に、被告は、本件原発の炉心の燃料についての津波に係るクリフエッジを津波の高さ11.4メートル、本件原発の炉心の燃料についての全交流返照喪失及び最終ヒートシンク喪失に係るクリフエッジを約16日であると特定した。(甲14、弁論の全趣旨)

     被告は、本件ストレステストに際し、地震と津波とが重畳する場合、及びその他のシビアアクシデント(過酷事裁)・マネジメントについても検討し、地震と津波との重畳については、基準地震動Ssの1.8倍の大きさの地震と津波の高さ11.4メートルの津波とが同時に発生した場合を想定しても炉心の燃料の重大な損傷に至ることはないと判断した。(甲14、弁論の全趙旨)

  (ウ)被告は、上記ストレステストにおいてクリフエッジを特定するに際し、上記各評価項目について、起因事象(機器の損傷等に起因して生じ、有効な収束手段がとられなければ燃料の重大な損傷に至る可能性のある事象)を選定し、当該起因事象の影響緩和に必要な機能を抽出してイベントツリーを作成し、当該起因事象の進展を収束させる手順(収束シナリオ)を特定し、各収束シナリオごとにクリフエッジないし耐力を検討した上、その最小のものを踏まえ、上記(イ)のクリフエッジの特定ないし判断を行った。(甲14、16の7、14、16ないし18、24、25、29、34、36、37、41ないし50、76、79、乙33、弁論の全趣旨) 

 (7)新規制基準及び再稼動申請

   ア 原子力規制委員会設置法(平成24年法律第47号、以下「設置法」という)の制定に伴う核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の改正(以下「改正原子炉規制法」といい、同改正前の同法と改正原子炉規制法を区別する必要がない場合には、単に「原子炉規制法」という。)の概要は以下のとおりである。

     設置法は、原子力規制委員会の組織及び権能について規定しているほか、原子炉規制法を一部改正し、改正原子炉規制法43条の3の5第1項においては、発電用原子炉を設置しようとする者は、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならない旨規定され(原子炉設置許可)、同法43条の3の6第1項において、その許可基準について規定されている。また、同法43条の3の8第1項においては、原子炉設置許可を受けた者が、同法43条の3の5第2項2号ないし5号又は8号ないし10号に掲げる事項を変更しようとするときは、政令で定めるところにより、原子力規制委員会の許可を受けなければならない旨規定されている(原子炉設置変更許可)。

     改正原子炉規制法43条の3の6第1項4号及び同号を準用する改正原子炉規制法43条の3の8第2項においては、原子炉設置許可又は原子炉設置変更許可の基準の一つとして「発電用原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質若しくは核燃料物質によって汚染された物又は発電用原子炉による災害の防止上支障がないものとして原子力規制委員会規則で定める基準に適合するものであること。」と規定されているが、ここでいう原子力規制委員会規則が、「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則」であり、この解釈を示すのか「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」と題する規程であり、同規程は平成25年6月19日定められ、同年7月8日から施行されている(以下同規程を含む規則を「新安全基準」という。)。同規則及び同規程の内容は別紙4(ただし、抜粋)のとおりである。

   イ 停止中の原子炉が運転を再開する場合には、当該原子炉が新安全基準に適合することが必要となる。具体的には、発電用原子炉設置者は、原子炉設置変更許可(改正原子炉規制法43条の3の8第1項)の申請を行い、同許可処分を受ける必要がある(同法43条の3の8第2項、43条の3の6第1項)。また、工事計画(変更)認可の申請(同法43条の3の9第1項、第2項)を行い、同認可処分を受けること、発電用原子炉の運転開始前に保安規定を定め、保安規定の(変更)認可を受けることが必要である(同法43条の3の24第1項)。

     上記原子炉設置変更許可申請、工事計画変更認可申請及び保安規定変更認可申請は一般に再稼動申請と呼ばれている。

 ウ 本件原発は、平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による福島原発事故の後、運転を停止していたが、本件原発のうち3号機は平成24年7月1日に、4号機は同月18日に各再起動された。(甲41)

     その後、本件原発は、平成25年9月より定期検査を開始し、現在は運転を停止している。

     被告は、改正原子炉規制法の施行を踏まえ、同年7月8日、原子力規制委員会に対し、本件原発の原子炉設置変更許可の申請を行い、現在、原子力規制委員会による審査か行われているところである。(乙42)

 (8)チェルノブイリ原発事故(弁論の全趣旨・原告ら第10準備書面11頁参照)

   1986年4月26日、旧ソ連ウクライナ共和国の北辺に位置するチェルノブイリ原発で事故が発生した。保守点検のため前日より原子炉停止作業中であった4号機(出力100万キロワツト)で、同日午前1時23分、急激な出力上昇をもたらす暴走事故が発生し爆発に至った。原子炉とその建屋は一瞬のうちに破壊され、爆発とそれに引き続いた火災にともない、大量の放射性物質の放出が継続した。最初の放射能雲は西から北西方向に流され、ベラルーシ南部を通過しパルト海へ向かった。同年4月27日には海を越えたスウェーデンで放射性物質が検出され、これをきっかけに同月28日ソビェト連邦共和国政府は事故発生の公表を余儀なくされた。チェルノブイリ原発からの放射性物質は、同月末までにヨーロッパ各地で、さらに同年5月上旬にかけて北半球のほぼ全域で観測された。

 (9)東日本大震災及び福島原発事故(弁論の全趣旨・訴状12頁参照、甲124、 150頁)

   平成23年3月11日午後2時46分、三陸沖(牡鹿半島の東南東約130キロメートル付近)深さ約24キロメートルを震源とするマグェチュード9の東北地方太平洋沖地震が発生した。このとき、福島第一原発の1号機ないし3号機(いずれも沸騰水型)は運転中、4号機ないし6号棟は定期点検中であった。地震を感知してすぐに1号機ないし3号機は自動的にスクラム停止(原子炉緊急停止)した。ところが、地震により外部からの送電設備が損傷し、すべての外部電源を喪失した。そのため、非常用ディーゼル発電機が自動起動し、いったん電源は回復したが、津波等の理由(津波だけが理由なのかは争いかある。)によって、1号機、2号機、4号機の全電源喪失及び3号機、5号機の全交流電源喪失(SBO)が生じた。

   1号機ないし3号機はいずれも冷却機能を失ったためメルトダウン(炉心溶融)を引き起こし、さらに落下した核燃料が原子炉圧力容器の底を貫通して原子炉格納容器に落下するというメルトスルー(炉心貫通)まで引き起こした。さらに、1号機、3号機及び4号機の原子炉建屋内において水素爆発が生じ、1号機、3号機は原子炉格納容器内の圧力を下げるベントに成功したが、2号機ではベントに失敗したため原子炉格納容器が一部破損し、これらによって少なくとも90万テラベクレルと推定される放射性物質が大量に外部に放出される事態となった。

 (10)日本の原発に基準地震動S1、基準地震動S2、 基準地震動Ssを上回る地震が到来した事例

    現在までに日本の原発に基準地震動S1、基準地震動S2、基準地震動Ssを超える地震動が到来した事例として、以下の5例(以下、これらを合わせて「案件5例」という。)がある。

    ①平成17年8月11日に宮城県沖で地震が発生したところ、この際、東北電力株式会社女川原子力発電所(以下「女川原発」という。)において観測された地震動のはぎとり波(観測された地震動を基準地震動と比較するために解析作条を経て評価された地震動)の応答スペクトル(地震動がいろいろな固有周期を持つ構造物に対してそれぞれどの程度の大きさの揺れ(応答)を生じさせるかを、縦軸に加速度や速度等の最大応答値、横軸に固有周期をとって描いたもの)は、女川原発の基準地震動S2の応答スペクトルを上回った。(乙25、 弁論の全趣旨)

  ②平成19年3月25日に能登半島地震が発生したところ、この際、北陸電力株式会社志賀原子力発電所1号棟及び2号機(以下、これらを合わせて「志賀原発」という。)において観測された地震動のはぎとり波の応答スペクトルの一部が志賀原発の基準地震動S2を超過した。(甲37)

  ③平成19年7月16日に新潟県中越沖地震が発生したところ、この際、東京電力柏崎刈羽原子力発電所(以下「柏崎刈羽原発」という。)において観測された記録に基づいて推定された地震動が、柏崎刈羽原発の1号機ないし7号機に係る基準地震動S2を1.2倍から3.18倍上回ると評価された。(乙26)

    平成23年3月11日に東北地方太平洋沖地震が発生し、これにより、

  ④福島第一原発及び⑤女川原発に、基準地震動Ssを超えると評価される地震動が到来した。(甲1.94)

第3 争点及び争点に関する当事者の主張

  (当事者の主張は第4の当裁判所の判断に必要な限度でその要旨を記載し、主張書面を〈 〉内に示す。また、それ以外の当事者の主張については第4の当裁判所の判断においてその骨子と主張書面を示すにとどめる。)

1 本件原発に求められるべき安全性、立証責任

 (原告らの主張)〈訴状110ないし11頁、24ないし28頁〉

 (1)原告らは、本件訴訟において、人間の生命健康の維持と人にふさわしい生活環境の中で生きていくための権利という根源的な内実を持った人格権に基づいて本件原発の差止めを請求するとともに、人が健康で快適な生活を維持するために必要なよい環境を享受する権利である環境権に基づいて本件原発の差止めを請求する。

 (2)最高裁判所平成4年10月29日第一小法廷判決(民業46巻7号1174頁、以下「伊方最高裁判決」ということがある。)は、「(原子炉規制法24条1項3号、4号の審査基準について)原子炉設置許可の基準として、右のように定められた趣旨は、原子炉が原子核分裂の過程において高エネルギーを放出する核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼勣により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠く時、または原子炉施設の安全性が確保されない時は、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするために」と述べている。  このような「深刻な災害を引き起こすおそれ」の重大さ、本件原発で過酷事故が起こった場合に想定される被害の深刻さ、広汎さを踏まえると、原発に求められるべき「右災害が万が一にも起こらないようにする」べき安全性は、社会一般人が過酷事故の危険を現実的なものと認識してその発生におびえながら生活する必要のない程度のものであることを要すると解するべきである。そして、そのためには、地震対策、津波対策については、少なくとも、「既往最大」、すなわち、人類が認識できる過去において生じた最大の地震、最大の津波を前提にした対策がとられなければ、伊方最高裁判決か述べる「災害が万が一にも起こらない」の要件を満たさないと考えるべきである。

  また、伊方最高裁判決の主張立証責任の負担についての判示は、「原発による災害を万が一にも起こしてはならない」という原子炉規制法の趣旨にかんがみ、設置許可処分にその他の許認可権限をもち原発災害の防止に特別の責任を負っている行政庁の責任の重さを重視し、原発の安全性に関する専門技術的知見に関する証拠資料を事業者と行政庁が独占しているという証拠の偏在等の事情を考慮して.公平の見地から立証の負担を示したものと解される。

  そうだとすれば、民事差止訴訟である本件訴訟においても、本件原発を設置・運転する事業者である被告は原発災害の防止に特別重い責任を負っていること、本件原発の安全性に関する専門的技術的知見に関する証拠資料を事業者である被告が有しており、原告ら住民はこうした資料を入手することが極めて困難であることといった、公平の見地から立証の負担を分配する上で考慮すべき事情は行政訴訟の場合と異ならないのであるから、伊方最高裁判決の立証の負担の分担に関する考え方は基本的には本件訴訟に妥当する。

  さらにいえば、原発事故の重大さと原発の本質的危険性が福島原発事故により明らかになっている現状や、もともと被告は本件原発が安全なものであるとして周辺住民らに理解と協力を求めてきたという経緯にかんがみれば、原告側に安全性についての立証責任を負わせるべきではなく、伊方最高裁判決の考え方を一歩進めて被告に立証責任を負わせるぺきである。

(被告の主張)〈準備書面(1)被告の主張第2章〉

 (1)原告らの主張する環境権については、実定法上の根拠もなく、その概念、権利の内容、成立要件、法律効果等が不明瞭であるから、差止請求の根拠として認められるものではない。

 (2)人格権に基づく差止請求についても、人格権を直接定めた明文の規定はなく、その要件や効果は自明のものではないこと、人格権に基づく差止請求はその相手方が本来行使できる権利を直接制約するものであることにかんがみれば、その法的解釈は厳格にされなければならない。具体的には、上記請求が認められるためには、人格権侵害による被害の危険が切迫し、その侵害により回復し難い重大な損害が生じることが明らかであって、その損害が相手方の被る不利益よりもはるかに大きな場合で、他に代替手段がなく差止めが唯一最終の手段であることを要すると解すべきである。

   また、上記請求が認められるための要件については、民事訴訟の一般原則に従い、原告らかその主張立証責任を負担すべきである。

2 地震の際の冷やす機能の維持について

 (原告らの主張) 

 (1)冷却機能の重要性について 〈第4準備書面第3、第4〉

   地震の際、制御棒が挿入され、原子炉緊急停止(スクラム)に成功しても、依然として膨大な崩壊熱が発生する。この崩壊熱を除去しなければ、崩壊熱の発生源である燃料ペットや燃料被覆管の温度が上昇を続け、溶解や損傷、崩壊が起こり。続いて、炉心を維持するステンレス鋼材の構造物にも同様の事態が起こってしまう。これらの現象が状況や段階に応じて、燃料損傷、炉心損傷、炉心溶融(メルトダウン)、メルトスルーと呼ばれている。初期冷却に失敗した場合、その後の復旧は極めて困難で複雑なものになってしまう。

   本件原発においても、福島原発事故と同様に、地震動や地震時地殻変動によって送変電設備が損傷し、外部電源が喪失する可能性がある。また、地震動や地震時の地殻変動によって非常用ディーゼル発電機等が破損又は 機能を喪失し、全交流電源喪失に至る可能性がある。

  上記のように冷却に失敗し、炉心損傷に至った場合には、過酷な高温・高圧の環境によって原子炉格納容器を含む5重の壁(燃料ペレット、燃料被覆管、原子炉圧力容器、原子炉格納容器、原子建屋)すべて破損する可能性があり、放射性物質が外部に放出される危険性がある。また、燃料被覆管やチャンネル・ボックスがジルカロイ製であることから1000度を超える高温の蒸気雰囲気中で、ジルコニウムー水反応が進行し、水素ガスが発生する。水素は、空気中の体積濃度が4パーセントを超える辺りから燃焼性を呈し始め、十数パーセントになると激しい爆発(水素爆発)を引き起こし、原子炉格納容器を含む五重の壁すべてが破損する可能性があり、福島原発事故と同様、放射性物質が外部に放出される危険性がある。

 (2)1260ガルを超える地震、既往最大について 〈第2準備書面第1〉

〈第14準備書面第11〉

  ア 1において主張したように地震や津波等の自然災害については、既往最大の考え方に基づく安全対策がとられなければ、その原発において過酷事故が起こる具体的可能性があると認められるべきである。地震動の加速度を示す尺度であるガルとしては少なくとも平成20年6月14日に発生した岩手宮城内陸地震で観測された4022ガルを想定すべきである。

  イ 本件ストレステストに関し被告の作成した甲14号証には「大飯発電所4号機の地震に係るクリフエッジは基準地震動Ssの1.75倍から1.80倍に向上した。」との記述があり、これは被告が基準地震動Ssの1.8倍の地震が襲った場合に、過酷事故が起こることを認めることにほかならない。本件原発において既往最大に基づく地震が起こることを想定すべきであるから.基準地震動Ssの1.8倍程度を想定 しても、到底不足する。

 (3)700ガル以上1260ガル未満の地震について 〈第15準備書面第3〉

  被告は、上記地震について本件ストレステストで安全性が確認されたと主張する。

  しかし、本件ストレステストによる評価は、机上のシミュレーションにすぎず、シナリオや入力値次第でいくらでも恣意的に導くことか可能である。このようなストレステストは.原発施設の弱点や改善のためのツールとして利用することはできても、絶対的な安全評価をできるものではない。また、シミュレーションに当たってイベントツリーによる事象経緯の詳細なシナリオが用意されているが、設計基準内評価に基づくもので、そこに「想定外」の入り込む余地はない。事故の要因となる「人的ミス」「見えない欠陥」、「不運」は含まれていない。過酷事故の過程には、入問による瞬時の判断に委ねざるを得ない場面が多くあるが、その判断までイベントツリーの予測に組み込むことは困難である。また、本件ストレステストでは、熱時効、中性子照射脆化等による亀裂の発生が実際に認められていないものや、腐食、摩耗等が認められていない部材は、経年変化考慮対象外とされているが、原子炉圧力容器や蒸気発生器などは、高温側と低温側に大きな温度差があり、使われている鋼材などは、その温度差・熱膨張差による伸び縮みを繰り返し、材料の疲労現象があること、原子炉内の原子炉圧力容器や機資材は、核分裂による中性子照射を受け、その鋼材の組織は破壊され、脆くなっていることなどからすれば、これらを考慮対象外として耐震安全性を確認することは到底できない。

  本件原発が700ガル以上1260ガル未満の地震動に遭遇した場合、被告の収束シナリオが失敗し、炉心損傷に至り、放射性物質が環境中に放出される危険性は否定できない。

 (4)700ガル未満の地震について 〈第15準備書面第1〉

  ア 被告は、本件原発が基準地震動(700ガル)を下回る地震に遭遇した場合であっても、外部電源喪失及び主給水喪失が生じ得ることを認めているところ、本件原発の安全性を確保するために必要電力の供給は一次的には外部電源が担うものであり、また、蒸気発生器への給水は?次的には主給水が担うものである。このように本件原発の安全性を確保するために一次的な役割を担う外部電源及び主給水が喪失するということは、異常な事態である。それにもかかわらず、被告は、いわば第一陣 が突破されても第二陣があるから大丈夫という考えのもと、第一陣である外部電源、主給水ポンブ等を耐震Sクラス設備とせず、基準地震動Ssに対する耐震安全性を確認していない。この結果、本件原発が基準地震動Ssを下回る地震動に遭遇した場合であっても、外部電源喪失及び主給水喪失が生じ得ることになっている。

  イ 外部電源や主給水ポンプを耐震Sクラス設備にすることは、多大なコストがかかるかもしれないが、技術的にまったく不可能な話ではない。本件原発の安全性を確保するために一次的な機能を担うこれらの設備を耐震Sクラスとせず、基準地震動Ssを下回る地震動による機能喪失を想定しているのは、コストのために安全を犠牲にしていることに他ならない。上記のように、非常用ディーゼル発電機及び補助給水設備があるから、外部電源及び主給水の喪失が生じてもよいという被告の考えは、一つの原因で安全機能を有する2つ以上の系統、機器のうちの一つか故障することを仮定し(単一故障の仮定)、その場合でも残りの系統、機器で安全機能が確保されるという設計思想に基づくものである。しかし、福島原発事故によって単一故障の仮定どおり本態は進展せず、一つの原因で必要な安機能が同時にすべて故障するという共通原因故障が生じ得るということが明らかになったにもかかわらず、福島原発事故の後の現在に至ってもこのような単一故障の仮定に固執することは、福島原発事故の要因を真に理解せず、小手先の対策に終始するものであるといえる。

 ウ 福島原発事故で全交流電源喪失という事態が生じたのは、外部電源及び非常用電源が喪失したからであり、当然のことながら、非常用電源が喪失したとしても、外部電源が維持されていれば、全交流電源喪失という事態は生じなかった。そのような重要な外部電源が福島原発事故では地震の揺れによる送電鉄塔の転倒、送電線の断線、受電遮断器の損傷等により喪失した原因は、外部電源の重要度が最低ランクであったからである。したがって、福島原発事故の反省の上に安全性確保を考えるならば.外部電源は、重要度分類指針のクラス1、耐震設計上の重要度分類のSクラスに格上げしなければならない。

    このように重要度分類を見直すべきことは、主給水ポンプについても同様であり、重要度分類指針のクラス1、耐震設計上の重要度分類のSクラスに格上げしなければならない。    被告は、本件原発について、基準地言動Ssを下回る地震動によって外部電源喪失及び主給水喪失が生じることを想定した上で、イベントツリーを策定している(甲14・20ないし22頁、甲16の7)。しかし、緊急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し、補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、①主蒸気逃がし弁による熱放出、②充てん系によるほう酸の添加、③余熱除去系による冷却のうち。いずれかーつに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の非常事態に進展する。

 (5)基準地震動の信頼性について〈第14準備書面〉

  ア 被告の行った地震動評価には根本的な誤りがある。それは、被告の採用する地震動評価の手法は、基本的にある断層を想定したときの、その規模の断層で生じる平均的な地震・地震動を想定しようとするものでしかないということである。しかしながら、原発の事故は万が一にも許されないのであるから、平均的な地震・地震動を想定するのでは、明らかに過小であり、不十分である。実際には、地震モーメント、そこから導かれるアスペリティの応力降下量(これが短周期レベルの地震動を規定する。)が4倍となる地震が現に発生している。地震モーメントが4倍になれば、アスペリティの応力降下量が4倍になるというのが強震動予測レシビの示すところであり、そうなれば地震動も4倍になると考えられる。福島原発事故で経験したように、極めて危険な放射性物質を多量に抱え込んだ原発で、平均的な地震動で耐震設計するなどということは、決して許されることではない。

   被告のいう応答スペクトルに基づく手法は、耐専スペクトルも、野田他(2002)の応答スペクトルも、平均像を求めようとしている。原発の耐震設計を地震動の平均像に基づいて行うことは、地震動の著しい過小評価をもたらす等、被告の行った地震動評優には多くの問題がある。

 イ 本件5例の地震は、いずれも実際に発生した地震で基準地震動を超える地震であった。そのこと自体が重大なのであり、要するに、被告を含む原発事業者及び規制当局が採用してきた基準地震動の策定の手法自体が、過小な結果を招く手法であったことが、多数の地震で実証されたということが重要なのである。

 (6)安全余裕について〈第14準備書面第11の3〉

  被告のいう安全余裕は、機器・配管等の構造物の材質のばらつきや施工(溶接等)のミスなどがあり得ることを前提に設けられているものであって、原発の設計・施工においては、許容値が唯一絶対の基準である。そして、原子炉の設置許可の審査や、原子力規制委員会による新規性基準適合性審査においても、許容値を基準として、安全性が確認されているだけで、被告が主張するような実際には余裕がある、などという点は、全く審査の対象となっていない。さらにいえば、大飯原発はこの許容値を守って建設されたはずであるのに、実際には、原子炉容器の溶接部分において残留応力等による割れを発生させたり、原子炉容器上部ふた制御棒駆動装置取付管台の溶接部に発生した割れから1次冷却材を漏えいさせたりするなど、これまで数々の機器・配管の想定外の故障や事故を起こしてきた。したがぅて、被告のいう安全余裕については、大飯原発の耐震安全性を考慮する基準とならない。

(被告の主張)

 (1)1260ガルを超える地震、既往最大について 〈準備書面(3)第1の1〉〈準備書面(4)第1〉

   地震や津波については、発生のメカニズムや伝わり方等に地域ごとの特徴があるので、原子力発電所における地震・津波対策においては、当該原子力発電所の敷地周辺における地震発生様式(地震が発生する場所やメ力ニズム(地震の起こり方)の違いによる分類をいい、大きく、内陸地殻内地震、プレート間地震、海洋プレート内地震に分類される。)、敷地地盤の特性、周辺海底地形等の地域性の違いを十分に考慮する必要がある。原告らの、既往最大の主張は、かかる地域性の違いを無視し、立地地点に応じた地震・津波対策の考え方を否定して、他の場所における過去に生じた最大の地震、津波の記録を前提とすべきというものであって、科学的合理性を欠き、妥当ではない。

   岩手宮城内陸地震が4022ガルという高い記録を示した観測地点は岩盤上ではなく、揺れの大きくなる傾向にある軟らかい地盤上に設置されており、大飯原発とは地盤の増幅特性において大きく異なる。加えて、この4022ガルとの記録については、地震動の観測波形が非常に特異であ り、地盤の増幅特性に対して、地震動によって表層地盤がトランポリン上で跳ねている物体の運動のように振る舞うという現象が生じたとの指摘がなされている。

 (2)700ガル以上1260ガル未満の地震について 〈準備書面(5)〉〈準備書面(13)第5〉

   本件ストレステストにおいて、地震に係るクリフエッジが「基準地震動Ssの1.80倍」、すなわち1260ガルと評価されていることから、本件原発が700ガル以上1260ガル未満の地震に遭遇したとしても、安全上重要な設備が損傷(機能喪失)し、事態を収束させることが不可能となって、核燃料の重大な損傷にまで至る可能性はない。 

  被告は、福島原発事故を踏まえて、安全確保対策を実施し、冷却機能を強化している。そのうち、緊急時の電源確保については、必要な容量を有する電源車や空冷式非常用発電装置、電気ケーブル等の資機材を本件原発に配置し、蓄電池が枯渇する前に受電盤等に電気を供給し、運転監視等の機能が維持できるようにした。なお、空冷式非常用発電装置は、蓄電池の代替(プラントの監視等に必要な機器への電源供給)としての役割のみならず、非常用ディーゼル発電機に代わって、電動補助給水ポンプ等に動力源としての電力を供給することも可能としている。

 (3)700ガル未満の地震について 〈準備書面(6)第3の2〉〈第6回口頭弁論期日調書〉

  ア 基準地震動Ssは、原子力発電所の設備のうち、原子炉の安全性確保(止めろ、冷やす、閉じ込める)のために重要な役割を果たす安全上重要な設備に関して、耐震安全性を確認するための基準となる地震動である。安全上重要な設備ではない、その他の設備(例えば主給水ポンプ、タービン、発電機、碍子等、主に発送電のための設備)については、仮にそれが損傷(機能喪失)しても、止める、冷やす、閉じ込める機能に支障は生じないことから、基準地震勧Ssに対する耐震安全性を確認すべき対象ではない。そのような安全上重要ではない設備が損傷(機能喪失)して主給水喪失等が発生した場合は、発電することができなくなるというような意味では確かに異常な事態ではあるが、止める、冷やす.閉じ込める機能を喪失するものではなく、原子炉が危険な状態になるわけではない。例えば、その損傷が主給水喪失につながり得る主給水ポンプについては、所定の電気出力を生むために必要な蒸気を発生させるための水を蒸気発生器に送ることを主な役割とする設備であり、発電には不可欠な設備ではある。しかしながら、地震時に原子炉を停止した後の崩壊熱の冷却は、1次的には主給水が負うが、2次的には主給水とは別の水源から蒸気発生器に水を送る補助給水設備が担うことになっており、主給水ポンプは必要とはしていない。そこで、この補助給水設備については、原子炉の安全性確保(止める、冷やす、閉じ込める)のために重要な役割を果たす安全上重要な設備として、基準地振動Ssに対する耐震安全性を確認しているのであるが、主給水ポンプは安全上重要な設備ではなく、基準地震動Ssに対する耐震安全性を確認すべき対象ではない。

   電源に関しても同様であり、地震時に原子炉の安全性を1次的に確保するのは外部電源であるが、最終的に確保するために必要な電力の供給は、発電機や外部電源ではなく、非常用ディーゼル発電機か担うこととしている。そのため、この非常用ディーゼル発電機は、やはり、原子炉の安全性確保(止める.冷やす、閉じ込める)のために重要な役割を果たす安全上重要な設備として、基準地震動Ssに対する耐震安全性を確保しているが、発電機等は安全上重要な設備ではなく、基準地震動Ssに対する耐震安全性を確認すべき対象ではない。

 イ したがって、主給水ポンプ及び外部電源が700ガル未満の地震によって損傷する可能性があるとしても、そのことは燃料の重大な損傷、さらには放射性物質の拡散や周辺公衆の被ばくといった具体的危険性の発生を意味するわけではない。

 (4)基準地震動の信頼性について 〈準備書面(7)〉〈準備書面(9)第6の1〉

  ア 被告は、本件原発の基準地震動Ssを、本件原発の敷地周辺の地質、地質構造並びに地震活動性等の地震学及び地震エ学的見地から、敷地周辺の活断層調査等、詳細な調査に基づいて策定している。本件原発が基準地震勣Ssを超過する地震動に襲われることはまず考えられない。

    被告は、まず敷地ごとに震源を特定して策定する地震動については、敷地周辺の地震の発生状況を検討し、また敷地周辺の活断層から想定される地震について、文献、地形調査、地表地質調査等及び海上音波探査等を実施した上で、活断層を評価した。検討用地震としては、熊川断層による地震、上林川断層による地震及びFO-A〜FO-B断層による地震を選定したうえで、応答スペクトルによる地震動評価手法及び断層モデルを用いた手法により、検討用地震の地震動評価を行った。また.地震動評価を実施するに当たっては、活断層の調査結果等をもとに長さや幅等の震源の特性を表すパラメータを設定した震源モデルによる基本ケースに加え、断層上端深さ、断層傾斜角、破壊開始点、アスペリティ(震源断層面において固着の強さが周りに比べて特に大きい領域)の位置、短周期レベル等のバラメータについて不確かさを考慮して敷地の地震動が大きく評価される値を設定した震源モデルによるケースも想定した。また、震源を特定せず策定する地震動については、地域性を踏まえた検討を行い、加藤他(2004)の検討に敷地の地盤特性を加味した応答スペクトルを設定した。以上の検討から、基準地震動Ss(Ss-1、Ss-2及びSs-3)を策定した。FO-A〜FO-B断層と熊川断層の運動(3連動)を考慮した地震動評価も、その連動は本来考慮する必要はないが、3連動したときの地震動評価をして、特に短周期の地震動レベルを1.5倍したケースでは、破壊開始点の設定の仕方によっては、連動を考慮した地震動の最大加速度が、最大で基準地震動Ss-1(700ガル)よりも大きな759ガルになる場合があるものの、Ss-1を上回るのは一部の周期にとどまっているから、本件原発の安全上重要な施設の機能は問題なく維持される。

  イ 原告らの(5)アの主張について〈準備書面(16)〉

   耐専スペクトル(耐専式)は、震匯から評価地点までの距離(震源距離)に関して、震源断層面の広がりや断層面の不均質性(アスペリティ分布)を考慮して補正する等価震源距離を用いることで、断層面の面的な広がりや不均質性による効果を考慮することができるのであって、原告らの主張は、いずれも適切ではない。

  ウ 本件5例の地震について(準備書面(9))〈準備書面(13)〉

   上記地震のうち3回(①、④、⑤)は大飯原発の敷地に影響を及ぼしうる内陸地殻内地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものである。残り2回(②、③)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて本件原発の地震想定がなされていること、あるいは、①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1、S2基準による地震動であり、木件原発でとられているSs基準による地震動の想定と違うことからすると、これらの地震想定の事例は本件原発の地震想定の不十分さを示す根拠とならない。

 (5)安全余裕についてく準備書面(9)の第6)〈準備書面(13)の第4〉

  これら5つの事例のいずれにおいても、地震動によっては原子力発電所の安全上重要な施設の健全性には特段の問題は生じていない。本件原発の安全上重要な施設の耐震性には余裕があり、万一、本件原発が基準地震勤Ssを超過する地震動に襲われたとしても、そのことがすなわち安全上重要な施設の損傷(機能喪失)を意味するわけではなく、まして、燃料の重大な損傷、さらには放射性物質の拡散や周辺公衆の被ばくといった具体的危険性の発生を意味するわけではない。したがって、原告らが単にこれら5つの事例の存在を並べるだけでは、本件原発の具体的危険性を示したことには全くならない。

 3 閉じ込める構造について(使用済み核燃料の危険性)

 (原告らの主張)〈第16準備書面〉

 (1)使用済み核燃料プールは、大量の放射性物質を含有し、高い崩壊熟を発し続ける使用済み核燃料を貯蔵するものであるから、原子炉と同様、地震、津波、竜巻、テロ等に伴う外部からの衝撃等から防御する必要かあるところ、使用済み核燃料プールを防御するためには建屋だけでは足りないから、原子炉格納容器のような堅固な容器等によって囲われる必要がある。

   使用済み核燃料が破損又は冷却に失敗し、放射性物質が放出された場合、建屋の閉じこめる機能は、全く期待できないから、原子炉格納容器のような堅固な容器等によって囲われていない使用済み核燃料の放射性物質は、環境中に放出されることになる。

   使用済み核燃料プールで考えられる代表的な事故は、①冷却系の故障十補給水失敗、②プール水の小規模な喪失+補給水失敗、③配管破損又はプール破損によるプール水の大規模な喪失により補給水だけで水位を維持できない事態が考えられる。

 (2)冷却系の故障+補給水失敗事故(①の事故)について

   同事故が発生すると、使用済み核燃料の崩壊熱によりプール水の温度が上昇しやがて沸騰する。沸騰してプールの水位が低下し、燃料が露出すると更に温度が上昇し、燃料被覆管がジルコニウムー水反応を起こす。この反応は発熱反応で、時間と共に加速度的に進み、大量の水素を発生させる。使用済み核燃料プールの空間には大気中の酸素があるので、着火源があれば爆発する可能性がある。着火源としては、電気系統の火花、地震による摩擦や金属性器具の落下などがあり得るが、一般的に着火源は確実に排除することは困難である。また、加熱によるジルコニウム火災発生の危険かあるが、このような事故が発生する可能性を低くするための方法である原子炉から取り出した使用済み核燃料を市松模様にして配置する運用は、本件原発では実践されていない。このような事故の進展は、はじめは比較的ゆっくり進むが、途中で事態の把握ができなかったり、判断ミスが続いたりすると加速度的に事態は悪化する。

 (3)プール水の小規模な喪失十補給水失敗事故(②の事故)について

   プールのライナー(鋼板)が破損し、プール水か長時間にわたって漏れるような事態を想定しており、破損の規模により水位の低下速度が決まる。この事故シナリオは、原因がプール水の漏れであることを除けば、①の事故態様と同様の経過をたどることになる。コンクリートの内側表面には厚さ数ミリメートルのライナーを貼って水の漏洩を防いでいるが、溶接部に欠陥を生じやすく、板厚が薄いので腐食により穴が開くことも懸念される。こうしたライナーの破損は、一見簡単に見つけて修理できそうに思えるが、現実には漏洩箇所の発見は極めて難しい。漏洩検知システムがあっても漏洩箇所の特定は難しく、①の事故と同様、水位の低下があっても気がつかず、手遅れになる危険性がある。その他の懸念は①の事故と同様である。

 (4)配管破損又はプール破損によるプール水の大規模な喪失事故(③の事故)について

   この事故の場合には①、②の事故と比べて時間的な余裕がない。使用済み核燃料プールは、幅11.2メートル、長さがAピットが約15.7メートル、Bピットが約10.2メートルと相当な大きさである。これだけの表面積のプールに亀裂等が入った場合、亀裂等を特定することはかなり困難である。      

 (5)地震の場合の危険性

   使用済み核燃料プールの水冷却設備の耐震クラスはBクラスであり、基準地震動Ssに対する耐震安全性は有していない。被告が想定した過小な基準地震勁Ssによってさえ破損してしまう。また、使用済み核燃料プールの温度計及び水位計の耐震クラスもCクラスであるから、被告が想定する過小な基準地震動Ssによってさえ故障してしまう。事故におけるこのような計測系での事態の把握は極めて重要であるところ、地震によって計測系が故障したときは、事態は加速度的に悪化する。

 (6)使用済み核燃料が冷却不能となると、事態は加速度的に悪化し、燃料が高温で損傷し大量の放射性物質と水素が充満することになる。水素爆発や、あるいは燃料自体が火災を起こす可能性も否定できない。原子炉格納容器のような丈夫な内圧容器がないため、建屋内に放出された放射性物質は、大量に外部へ出て行くことになる。いったんこうした事態になると、強い放射能で人が近づけなくなるため、隣のプラントも同様の経過をたどって破滅的な事態に至る。

 (被告の主張)〈準備書面(8)〉〈準備書面(13)第5〉〈準備書面(14)〉〈被告の補足説明〉

 (1)原子炉格納容器の中の炉心部分は高温(300度)、高圧(約157気圧)の1次冷却材で満たされており、仮に配管等の破損により1次冷却材の喪失が発生した場合には放射性物質か放出されるおそれがあるのに対し、使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で囲い込む必要はない。

 (2)使用済み核燃料プールは、十分な量の水で満たされており、使用済み核燃料から発する崩壊熱によって、水温が上昇し蒸発することのないよう、冷却設備によって冷却されている。また、その水位等を常時監視しており、仮に冷却機能が喪失する等して水位が低下した場合に、水を補給するための設備を備えている。仮に、当該冷却機能の喪失等により水位が低下した場合に備えて、水を持続的に補給するための設備が備えられており、さらには、福島原発事故を踏まえ、これらの使用済み核燃料プールの水の冷却・補給機能が万一同時に喪失した場合に備え、発電所構内の各種タンクや海水から注水し、必要な水量を捕えるよう電源を必要としない可搬式の消防ポンプを高台に設置する等している。そして、これらに係る設備等が基準地震動Ssに対する耐震安全性を有している。なお、使用済み核燃料プールの冷却設備は耐震クラスとしてはBクラスであるが、耐震裕度があることから実際には基準地震動Ssに対しても十分な耐震安全性を備えている。

   そして、基準地震動Ssを超える地震が発生した場合においても、冷却手段は基準地震動Ssの2倍を超える地震動が到来しない限り有効に機能する。福島原発事故を踏まえた対策については、荒天、夜間、高放射環境等の厳しい条件を想定した訓練を繰り返し行い、その有効性を確認しており、消防ポンプによる注入作業の成立性についても、水位が低下する約2.6日までに行うことができる。  なお、原子炉格納容器は内部で発生する事象に伴う放射性物質の放出を防ぐために設けられたものである。

 4 高濃度使用済み核燃料について

 (原告らの主張)〈第1準備書面第2の2、第4〉

  原子力発電所の運転によって発生する使用済み核燃料に関する重大な問題は最終的な処分方法が確立していないことである。この意味で、原子力発電所はトイレなきマンションといわれてきた。

  仮に、使用済み核燃料の再処理ができたとしても、再処理の後には高レベル放射性物質が残り、ガラスと混ぜて溶かされ、キャニスターと呼ばれる、高さ1.34メートル、直径43センチメートルのステンレス容器に密封される。1本のキャニスターには莫大な放射能を含み、また、2.5キロワット程度の崩壊熱を発生するため、冷却しながら30年ほど貯蔵され、その後地層処分されることになっているが、少なくとも数万年は外部に放射性物質が漏れ出さないように管理しなければならない。しかし、地層処分るにしても、数百年程度であれば外部に漏れ出さないようにすることは可能かもしれないが、数万年となると、歴史的にいって旧石器時代から現在までという長さであり、いねば工学の範囲外である。 

  使用済み核燃料ないし高レベル放射性廃棄物の危険性及び恒久的な管理の非現実性からすれば、このような後世に対する負の遺産を本件原発の運転によってこれ以上増やすことは許されない。

 5 エネルギー供給の安定性、コストについて

  (被告の主張) 〈準備書面(1)被告の主張第4章第1の1、3〉

  現在、我が国のエネルギー自給率は約4パーセントと主要先進国の中でも最も低い水準にある。原子力発電の燃料となるウランは、中東への依存度の高い石油に比べ、政情の安定したカナダやオーストラリア等の国々に分散して存在することから供給の安定性に優れている。さらに、ウランは少量で膨大なエネルギーを生み出すこと及び燃料を装荷すると1年以上にわたって運転を維持できることから、燃料の備蓄性にも優れている等、エネルギーの安定供給に有利な発電方法である。

  原子力発電は、火力発電等と比べ、1キロワット時当たりの発電原価が遜色ない水準であり、また、発電コストに占める燃料費の割合が小さいため、発電コストが燃料等の価格変動に左右されにくいという特長がある。さらには、世界的に原子力発電があることで、石油、石炭等の化石燃料への依存度が低減され、化石燃料の価格高騰を防ぐことができる。

 (原告らの主張)〈訴状第8〉

 本件原発を稼動しなくても、被告管内において電力不足は生じない。発電コストの削減という観点から見ても原発の運転はむしろ有害である。

 6 CO2削減について

 (被告の主張)〈準備書面(1)被告の主張第4章第1の2〉

  世界のエネルギー需要の増大に伴う地球温暖化問題に対し、早急に対策を講じる必要があることは、世界の共通認識となっている。地球温暖化の原因は、石油、石炭等の化石燃料の燃焼により発生する二酸化炭素等の温室効果ガスと考えられており、温室効果ガスの排出量削減が強く求められている。

  この点、原子力発電は、大規模発電を実現しつつも、発電過程で二酸化炭素を排出しない発電方法であり、温室効果ガス排出量削減を実現することのできる発電方法といえる。

 (原告らの主張)〈訴状第8〉

  本件原発を稼動しなくても、被告管内において電力不足は生じない。発電コストの削減という観点から見ても原発の運転はむしろ有害である。

 6 CO2削減について

 (被告の主張)〈準備書面(1)被告の主張第4章第1の2〉

  世界のエネルギー需要の増大に伴う地球温暖化問題に対し、早急に対策を講じる必要があることは、世界の共通認識となっている。地球温暖化の原因は、石油、石炭等の化石燃料の燃焼により発生する二酸化炭素等の温室効果ガスと考えられており、温室効果ガスの排出量削減が強く求められている。

  この点、原子力発電は、大規模発電を実現しつつも、発電過程で二酸化炭素を排出しない発電方法であり、温室効果ガス排出量削減を実現することのできる発電方法といえる。

 (原告らの主張)〈訴状第8の7〉 

  原子力発電はその運転によって温排水を大量に排出するが、これによって海水の二酸化炭素吸収を妨害することになること、原子力発電所の建設、各装置の製造等において二酸化炭素の発生を不可避とする膨大な諸作業が前提となることからすれば、原子力発電所の運転は二酸化炭素削減に寄与することはない。

 7 本件原発における事故の被害が及ぶ範囲 

 (原告らの主張)〈訴状第7の2〉〈第10準備書面〉

  福島原発事故で放出された放射性物質による被ばく線量が年間1ミリシーベルト以上となる可能性のある土地の面積は約1万3000平方キロメートル(日本の面積の約3バーセント)と非常に広鮑囲に及んでいるが、福島原発事故で大気中に放出された放射性物質の総量は、チェルノブイリ事故の約6分の1である。福島原発事故では、メルトダウンが起きたにもかかわらず、幸いにして高温の溶融物が水に反応して起きる水蒸気爆発は起きなかった。大規模な水蒸気爆発が起きれば、原子炉格納容器も吹き飛び、今の5倍、10倍の放射性物質が放出されるおそれがあった。このような事態か起きれば、周辺住民に大変な被害をもたらすだけでなく.大量の放射性物質によって東北各県や首都圏も汚染され、破滅的な状況に陥っていた。

  本件原発でも過酷事故が起きる可能性があるところ、その規模は.福島原発事故と同規模の事故やこれを超える最悪の事故となる可能性がある。本件原発が立地している福井県は、停止中の「もんじゅ」及び恒久停止した「ふげん」を含め15機もの原発をかかえる原発密集地である。これらの原発は、運転中でなくても大量の使用済み核燃料を保管しており、本件原発で過酷事故が起きた場合、被害が拡大するおそれがある。

  以上のとおり、福島原発事故によって放射性物質が拡散した範囲やこれを超える最悪の事故も想定され、チェルノブイリ原発事故の被害の規模まで達するおそれがあることからすれば、本件原発において最悪の事故が生じたと想定した場合は、原告らのうち最も遠方の北海道に居住する者についても、許容限度である年間1ミリシーベルトをはるかに超える被ばくのおそれかあることになるから、すぺての原告らにおいて、人格権の具体的侵害が認められる。現に、チェルノブイリ原発から1500キロメートル以上離れたスウェーデンにまで、40kBq以上/m2の汚染地域が広がっている。

 (被告の主張)〈準備書面(15)の第4〉

  被告は、本件原発について、設計、建設、運転及び保守の全般にわたり適切な安全対策を実施しており、とりわけ、地震に対しても、適宜最新の科学的知見等を踏まえつつ検討、評価を行った上で、安全上重要な施設の機能が間題なく維持されることを確認しているのであって、福島原発事故のような状況に至ることは考えられない。ましてや、プラントの仕組みがまったく異なるチェルノブイリ原発の事故のような状況に至ることはあり得ない。

第4 当裁判所の判断

 1 はじめに

   ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

   個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということかできる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、その侵害の理由、根拠、侵害者の過失の有無や差止めによって受ける不利益の大きさを問うことなく、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時 に侵害する性質を有するとき、その差止めの要一が強く働くのは理の当然である。

2 福島原発事故について

  福島原発事故においては、15万人もの住民が避難生活を余儀なくされ、この避難の過程で少なくとも入院患者等60名がその命を失っている(甲1・15ないし16頁、37ないし38頁、357ないし358頁)。家族の離散という状況や劣悪な避難生活の中でこの人数を遥かに超える人が命を縮めたことは想像に難くない。さらに、原子力委員会委員長が篠島第一原発から250キロメートル圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討したのであっ て、チェルノプイリ事故の場合の住民の避難区域も同様の規模に及んでいる(甲31、32)。

 年間何ミリシーベルト以上の放射線がどの程度の健康被害を及ぼすかについてはさまざまな見解があり、どの見解に立つかによってあるべき避難区域の広さも変わってくることになるか、既20年以上にわたりこの問題に直面し続けてきたウクライナ共和国、ベラルーシ共和国は、今なお広範囲にたって避難区域を定めている(甲32・35、275頁)。両共和国の政府とも住民の早期の帰還を図ろうと考え、住民においても帰還の強い願いを持つことにおいて我が国となんら変わりはないはずである。それにもかかわらず、両共和国が上記の対応をとらざるを得ないという事実は、放射性物質のもたらす健康被害について楽観的な見方をした上で避難区域は最小限のもので足りるとする見解の正当性に重大な疑問を投げかけるものである。上記250キロメートルという数字は緊急時に想定された数字にしかすぎないが、だからといってこの数字が直ちに過大であると判断することはできないというべきである。

 3 本件原発に求められるべき安全性、立証責任

 (1)原子力発電所に求められるべき安全性

   1、2に摘示したところによれば、原子力発電所に求められるべき安全性、信頼性は極めて高度なものでなければならず、万一の場合にも放射性物質の危険から国民を守るべく万全の措置がとられなければならない。

   人格権に基づく差止請求訴訟としては名誉やプライバシーを保持するための出版の差止請求を挙げることができる。これらの訴訟は名誉権ないしプライバシー権と表現の自由という憲法上の地位において相桔抗する権利関係の調整という解決に困難を伴うものであるところ、これらと本件は大きく異なっている。すなわち、名誉やプライバシーを保持するという利益も生命と生活が維持されていることが前提となっているから、その意味では生命を守り生活を維持する利益は人格権の中でも根幹部分をなす根源的な権利というこ とができる。本件ではこの根源的な権利と原子力発電所の運転の利益の調整が問題となっている。原子力発電所は、電気の生産という社会的には重要な機能を営むものではあるが、原子力の利用は平和目的に限られているから(原子力基本法2条)、原子力発電所の稼動は法的には電気を生み出すための一手段たる経済活動の自由(憲法22条1項)に属するものであって、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきものである。しかるところ、大きな自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広汎に奪われるという事態を招く可能性があるのは原子力発電所の事故のほかは想定し難い。かような危険を抽象的にでもはらむ経済活動は、その存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても、少なくともかような事態を招く具体的危険性か万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である。このことは、土地所有権に基づく妨害排除請求権や妨害予防請求権においてすら、侵害の事実や侵害の具体的危険性が認められれば、侵害者の過失の有無や請求が認容されることによって受ける侵害者の不利益の大きさという侵害者側の事情を問うことなく請求が認められていることと対比しても明らかである。

 新しい技術が潜在的に有する危険性を許さないとすれば社会の発展はなくなるから、新しい技術の有する危険性の性質やもたらす被害の大きさか明確でない場合には、その技術の実施差止めの可否を裁判所において判断することは困難を極める。しかし、技術の危険性の性質やそのもたらす被害の大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じた安全性が求められることになるから、この安全性が保持されているかの判断をすればよいだけであり、危険性を一定程度容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかといった葛藤が生じることはない。原子力発電技術の危険性の本質及びそのもたらす被害の大きさは、福島原発事故を通じて十分に明らかになったといえる。本件訴訟においては、本件原発において、かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべきであり、福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しいものと考えられる。

 (2)原子炉規制法に基づく審査との関係

   (1)の理は、上記のように人格権の我が国の法制における地位や条理等によって導かれるものであって、原子炉規制法をはじめとする行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない。

   原告らは、「原子炉規制法24条の趣旨は放射性物質の危険性にかんがみ、放射性物質による災害が万が一にも起こらないようにするために、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにある」との最高裁判所平成4年1029日第一小法廷判決(民集46巻7号1174頁・伊方最高裁判決)の判示に照らすと、原子炉規制法は放射性物質による災害が万が一にも起こらないようにすることをその立法趣旨としていると主張しているが(第3の1原告らの主張(2)、仮に、同法の趣旨が原告ら主張のものであったとしても、司法の趣旨とは独立して万一の危険も許されないという(1)の立論は存在する。また、放射性物質の使用施設の安全性に関する判断については高度の専門性を要することから科学的.専門技術的見地からなされる審査は専門技術的な裁量を伴うものとしてその判断が尊重されるべきことを原子炉規制法が予定しているものであったとしても、この趣旨とは関係なく(1)の観点から司法審査がなされるべきである。したがって、改正原子炉規制法に基づく新規制基準が原子力発電所の安全性に関わる問題のうちいくつかを電力会社の自主的判断に委ねていたとしても、その事項についても裁判所の判断が及ぼされるべきであるし、新規制基準の対象となっている事項に関しても新規制基準への適合性や原子力規制委員会による新規基準への適合性の審査の適否という観点からではなく、(1)の理に基づく裁判所の判断が及ぼされるべきこととなる。

  ところで、規制基準への適合性の判断を厳密に行うためには高度の専門技術的な知識、知見を要することから、司法判断が規制基準への適合性の有無それ自体を対象とするのではなく、適合していると判断することに相当の根拠、資料があるか否かという判断にとどまることが多かったのには相応の理由があるというべきである、これに対し、(1)の理に基づく裁判所の判断は4以下に認定説示するように必ずしも高度の専門技術的な知識、知見を要するものではない。

 (3)立証責任

   原子力発電所の差止訴訟において、事故等によって原告らが被ばくする又は被ばくを避けるために避難を余儀なくされる具体的危険性があることの立証責任は原告らが負うのであって、この点では人格権に基づく差止訴訟一般と基本的な違いはなく、具体的危険でありさえすれば万が一の危険性の立証で足りるところに通常の差止訴訟との違いがある。証拠が被告に偏在することから生じる公平性の要請は裁判所による訴訟指揮及び裁判所の指揮にもかかわらず被告が証拠を提出しなかった場合の事実認定の在り方の問題等として解決されるべき事柄であって、存否不明の場合の敗訴の危険をどちらに負わせるのかという立証責任の所在の問題とは次元を異にする。また、被告に原子力発電所の設備が基準に適合していることないしは適合していると判断することに相当性があることの立証をさせこれが成功した後に原告らに具体的危険性の立証責任を負わせるという手法は原子炉の設置許可ないし設置変更許可の取消訴訟ではない本件訴訟においては迂遠な手法といわざるを得ず.当裁判所はこれを採用しない。(1)及び(2)に鋭示したところに照らしても、具体的な危険性の存否を直接審理の対象とするのが相当であり、かつこれをもって足りる。

 4 原子力発電所の特性

   原子力発電技術は次のような特性を持つ。すなわち、原子力発電においてはそこで発出されるエネルギーは極めて膨大であるため、運転停止後においても電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならず、その間に何時間か電源が失われるだけで事故につながり、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くという性質を持つ。このことは、他の技術の多くが運転の停止という単純な操作によって、その被害の拡大の要因の多くが除去されるのとは異なる原子力発電に内在する本質的な危険である。

   したがって、施設の損傷に結びつき得る地震が起きた場合、速やかに運転を停止し、運転停止後も電気を利用して水によって核燃料を冷却し続け、万が一に異常が発生したときも放射性物質が発電所敷地外部に漏れ出すことのないようにしなければならず、この止める.冷やす、閉じこめるという要請はこの3つがそろって初めて原子力発電所の安全性が保たれることとなる。仮に、止めることに失敗するとわずかな地震による損傷や故障でも破滅的な事故を招く可能性がある。地震及び津波の際の炉心損傷を招く危険のある事象についての複数のイベントツリーのすべてにおいて、止めることに失敗すると炉心損傷に至ることが必然であり、とるべき有効な手だてがないことが示されている(前提事実(6)、甲14、弁論の全趣旨)。福島原発事故では、止めることには成功したが、冷やすことができなかったために放射性物質が外部に放出されることになった(前提事実(9))。また、我が国においては核燃料は、①核燃料を含む燃料ペレット、②燃料被覆管、③原子炉圧力容器、④原子炉格納容器、⑤原子炉建屋という五重の壁に閉じ込められているという構造によって初めてその安全性が担保されているとされ、その中でも重要な壁が堅固な構造を時つ原子炉格納容器であるとされている(甲l・126ないし130頁、弁諭の全趣旨)。

   しかるに、本件原発には地震の際の冷や水という機能と閉じこめるという構造において次のような欠陥がある。

 5 冷却機能の維持について

 (1)1260ガルを超える地震について

   上述のとおり、原子力発電所は地震による緊急停止後の冷却機能について外部からの交流電流によって水を循環させるという基本的なシステムをとっている。1260ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し、非常要設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり、メルトダウンに結びつく。この規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは被告において自認しているところである。すなわち、本件ストレステストに関し被告の作成した甲14号証の47頁には「耐震裕度が1.80Ss以上または許容津波高さが11.4m以上の領域では、炉心にある燃料の重大な損傷を回避する手段がなくなるため、その境界線がクリフエッジとして特定された、」、被告の準備書面(9)17頁には「クリフエッジとは、プラントの状況が急変する地震、津波等のストレス(負荷)のレベルのことをいう。地震を例にとると、想定する地震動の大きさを徐々に上げていったときに、それを超えると、安全上重要な設備に損傷が生じるものがあり、その結果、燃料の重大な損傷に至る可能性が生じる地震動のレベルのことをいう。」との各記述があり、これは被告が上記自認をしていることにほかならない。なお、当裁判所は被告の主張する1.80Ss(1260ガル)という数値をそのまま採用しているものでないことは、(2)オにおいて説示するところであるが、本項では被告の主張を前提とする。

   しかるに、我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていないことは公知の事実である。地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって、仮説の立論や検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。確かに地震は太古の昔から存在し、繰り返し発生している現象ではあるがその発生頻度は必ずしも高いものではない上に、正確な記録は近時のものに限られることからすると、頼るべき過去のデータは極めて限られたものにならざるをえない(甲52参照)。証拠(甲47)によれば、原子力規制委員会においても、16個の地震を参考にして今後起こるであろう震源を特定せず策定する地震動(別紙4の別記2の第4条5三参照)の規模を推定しようとしていることが認められろ。この数の少なさ自体が地震学における頼るべき資料の少なさを如実に示すものといえる。したがって、大飯原発には1260ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ、①我が国において記録された既往最大の震度は岩手宮城内陸地震における4022ガルであり(争いがない)、1260ガルという数値はこれをはるかに下回るものであること、②岩手宮城内陸地震は大飯でも発生する可能性があるとされる内陸地殻内地震(別紙4の別記2の第4条5二参照)であること、③この地震が起きた東北地方と大飯原発の位置する北陸地方ないし隣接する近畿地方とでは地震の発生頻度において有意的な違いは認められず、若狭37・50頁、前提事実(2〕イ、別紙1参照)、④この既往最大という概念自体が、有史以東世界最大と1260ガルを超える地震は大飯原発に到来する危険がある。

   なお、被告は、岩手宮城内陸地震で観測された数値が観測地点の特性によるものである旨主張しているが(第3の2被告の主張(1))新潟県中越沖地震では岩盤に建っているはずの柏崎刈羽原発1号機の解放基盤表面(固い岩盤が、一定の広がりをもって、その上部に地盤や建物がなくむき出しになっている状態のものとして仮想的に設定された表面、別紙4別記2第4条5一参照16頁)からすると、被告の主張どおり4022ガルを観測した地点の地盤が震動を伝えやすい構造であったと仮定しても、上記認定を左右できるものではない。

   1260ガルを超える地震が大飯原発に到来した場合には、冷却機能が喪失し、炉心損傷を経てメルトダウンが発生する危険性が極めて高く、メルトダウンに至った後は圧力上昇による原子炉格納容器の破損、水素爆発あるいは最悪の場合には原子炉格納容器を破壊するほどの水蒸気爆発の危険が高まり、これらの場合には大量の放射性物質が施設外に拡散し、周辺住民が被ばくし、又は被ばくを避けるために長期間の避難を要することは確実である。

 (2)700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震について

  ア 被告の主張するイベントツリーについて

    仮に、大蝦原発に起きる危険性のある地震が基準地震動Ssの700ガルをやや上回るものであり、1260ガルに達しないと仮定しても、このような地震が炉心損傷に結びつく原因事実になることも被告の自認するところである。これらの事態に対し、有効な手段を打てば、炉心損傷には至らないと被告は主張するが、かようなことは期待できない。

    被告は、700ガルを超える地震が到来した湯合の事象を想定し、これに応じた対応策があると主張し、これらの事象と対策を記載したイベントツリーを策定し、4.65メートルを超える津波が到来したときの対応についても類似のイベントツリーを策定している(前記前提事実(6)、甲14)。被告は、これらに記載された対策を順次とっていけば、1260ガルを超える地震が来ない限り、津波の場合には11.4メートルを超えるものでない限りは、炉心損傷には至らず、大事故に至ることはないと主張する。

    しかし、これらのイベントツリー記載の対策が真に有効な対策であるためには、第1に地震や渚波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。

 イ イベントツリー記載の事象について

   深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を招いたり、事象が重なって起きたりするものであるから、第1の事故原因につながる事象のすべてを取り上げること自体が極めて困難であるといえる。被告の提示する地震の際のイベントツリーを見ても.後記の主給水、外部電源の問題を除くと1225ガルから重大事故につながる事象が始まるとしているところ(甲14)、基準地震動である700ガルから1225ガルまでの間に重大事故につながる損傷や事象が生じないということは極めて考えにくい事柄である。被告がイベントツリーにおいて事故原因につながる事象のすべてをとりあげているとは認め難い。

 ウ イベントツリー記載の対策の実効性について

   また、事象に対するイベントツリー記載の対策が技術的に有効な措置であるかどうかはさておくとしても、いったんことが起きれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原子力発電所の従業員に求めることはできない。特に、次の各事実に照らすとその因難性は一層明らかである。

  第1に地震はその性質上従業員が少なくなる夜間も昼間と同じ確率で起こる。上記3(2)において摘示したように、夜間の宿直人員数については規制基準が及ばないとしても、本件における危険性の判断要素となるところ、突発的な危機的状況に直ちに対応できる人員がいかほどか、あるいは現場において指揮命令系統の中心となる所長が不在か否かは、実際上は、大きな意味を持つことは明らかである。 

  第2に上記イベントツリーにおける対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるか、この把握自体が極めて困難である。福島原発事故の原因について政府事故調査委員会と国会事故調査委員会の各調査報告書が証拠提出されているところ、両報告書は共に外部電源が地震によって断たれたことについては共通の認識を示しているものの、政府事故調査委員会は外部電源の問題を除くと事故原因に結びつくような地震による損傷は認められず、事故の直接の原因は地震後間もなく到来した津波であるとする(甲1、19、20、乙9)。他方、国会事放談査委員会は地震の解析にカを注ぎ、地震の到来時刻と津波の到来時刻の分析や従業員への聴取調査等を経て津波の到来前に外部電源の他にも地震によって事故と直結する損傷が生じていた疑いがある旨指摘しているものの、地震がいかなる箇所にどのような損傷をもたらしそれがいかなる事象をもたらしたかの確定には至っていない(特に甲1・196頁ないし230頁)。一般的には事故が起きれば事故原因の解明、確定を行いその結果を踏まえて技術の安全性を高めていくという側面があるが、原子力発電技術においてはいったん大事故が起これば.その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高く、福島原発事故においてもその原因を将来確定できるという保証はない(甲32・208ないし220頁によれば、チェルノブイリ事故の原因も今日に至るまで完全には解明されていないことが認められる。)。それと同様又はそれ以上に、原子力発電所における事故の進行中にいかなる箇所にどのような損傷が起きておりそれがいかなる事象をもたらしているのかを把握することは困難である。

  第3に、仮に、いかなる事象が起きているかを把握できたとしても、地震により外部電源が断たれると同時に多数箇所に損傷が生じるなど対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し、全交流電源喪失から炉心損傷開始までの時間は5時間余であり、炉心損傷の開始からメルトダウンの開始に至るまでの時間も2時問もないのであって、たとえ小規模の水管破断であったとしても10時間足らずで冷却水の減少によって炉心損傷に結びつく可能性があるとされている(甲1・131ないし133頁、211頁、被告準備書面(5)11頁参照、上記時間は福島第一原発の例によるものであるが、本件原子炉におけるこれらの時間が福島第一原発より特に長いとは認められないし、第1次冷却水に係る水管破断による冷却水の減少速度は加圧水型である本件原子炉の方が沸騰水型である福島第一原発のそれより速いとも考えられる。)。

  第4にとるべきとされる手段のうちいくつかはその性質上、緊急時にやむを得ずとる手段であって普段からの訓練や試運転にはなじまない。上述のとおり、運転停止中の原子炉の冷却は外部電源が担い、非常事態に備えて水冷式非常用ディーゼル発電機のほか空冷式非常用発電装置、電源車が備えられているとされるが(甲16の1、第3の2被告の主張(2)参照)、たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできようはずがない。

 第5にとるべきとされる防御手段に係るシステム自体が地震によって破損されることも予想できる。大飯原発の何百メートルにも及ぶ非常用取水路(甲17、乙2の2、弁論の全趣旨)が一部でも700ガルを超える地震によって破損されれば、非常用取水路にその機能を依存しているすべての水冷式の非常用ディーゼル発電機が稼動できなくなることか想定できるといえる。なお、原告らの主張のとおり(第17準備書面)、非常用取水路の下を将来活動する可能性のある断層ないしは将来地盤にずれを生じさせるおそれのある断層が走っているとすれば、700ガル未満の地震によっても非常用取水路が破損しすべての水冷式の非常用ディーゼル発電機が稼動できなくなる危険があることになるか、本件においては上記原告らの主張の当否について判断する必要を認めない。また.新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原発においてその敷地内で活断層が動いたわけではないが、1.6メートルに及ぶ収差が生じたことが認められる(甲9 2、乙8)。大飯原発も柏崎刈羽原発と同様に埋戻土部分があることから(被告準備書面(12)参照)、埋戻土部分において地震によって段差ができ、最終の冷却手段ともいうべき電源車を動かすことが不可能又は著しく困難となることも想定できる。大飯原発には、非常用ディーゼル発電機を初めとする各種非常用設備が複数存在することが認められるが(甲16の1、第3の2被告の主張(2)参照)、上記に摘示したことを一例として地震によって複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり故障したりすることは機械というものの性質上当然考えられることであって、防御のための設備が複数備えられていることは地震の際の安全性を大きく高めるものではないといえる。

  第6に実際に放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。地震が起きた場合の対応については放射性物質の危険に常に注意を払いつつ瓦礫等を除去しながらのものになろうし、実際に放射性物質が漏れればその場所での作業は不可能となる。最悪の事態を想定すれば中央制御室からの避難をも余儀なくされることになる。

  第7に、大敵原発に通ずる遠路は限られており施設外部からの支援も期待できない。この道路は山が迫った海岸沿いを伸びるものであったり、いくつかのトンネルを経て通じているものであったりするから(甲14・3頁、乙2の2)、地震によって崖崩れか起き交通が寸断されることは容易に想定できる。

 エ 基準地震動の信頼性について

   被告は、大飯の周辺の活断層の調査結果に基づき活断層の状況等を勘案した場合の地震学の理論上導かれるガル数の最大数値が700であり、そもそも、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張する(第3の2被告の主張(4)ア)。しかし、この理論上の数値計算の正当性、正確性について論じるより、現に、下記のとおり(本件5例)、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実(前提事実(10))を重視すべきは当然である。地震の想定に関しこのような誤りが重ねられてしまった理由については、そもそも(1)に摘示した地震学の限界に照らすと仮説であるアスペリティの存在を前提としてその大きさと存在位置を想定するなどして地震動を推定すること自体に無理があるのではないか、あるいはアスペリティの存在を前提とすること自体は問題がないものの、地震動を推定する複数の方式について原告らが主張するように選択の誤りがあったのではないか等の種々の議論があり得ようが.これらの問題については今後学術的に解決すべきものであって、当裁判所が立ち入って判断する必要のない事柄である。

           記

①平17年8月16日

  宮城県沖地震

  女川原発

②平成19年3月25日

  能登半島地震

  志賀原発

③平成19年7月16日

  新潟県中垣沖地震 

  柏崎刈羽原発

④平成23年3月11日

  東北地方太平洋沖地震

  福島第一原発

⑤平成23年3月11日

  東北地方太平洋沖地震

  女川原発

 被告は、上記地震のうち3回(①、④、⑤)は大飯原発の敷地に影響を及ぼしうる地震とは地震発生のメカニズムが異なるプレート間地震によるものであることから、残り2回(②、⑧)の地震はプレート間地震ではないもののこの2つの地震を踏まえて大飯原発の地震想定がなされているから、あるいは、①②③の地震想定は平成18年改正前の旧指針に基づくS1、S2基準による地震動であり、本件原発でとられているSs基準による地震動の想定と違うということを理由として、これらの地震想定の事例は本件原発の地震想定の不十分さを示す根拠とならないと主張している(第3の2被告の主張(4)ウ)。

 しかし、上記3回(①、④、⑤)については我が国だけでなく世界中のプレート間地震の分析をしたにもかかわらず(別紙4別記2第4条5二③参照)、プレート間地震の評価を誤ったということにほかならないし、残り2回の地震想定(②、③)もその時点において得ることができる限りの情報に基づき当時の最新の知見に基づく基準に従ってなされたにもかかわらず結論を誤ったものといえる。これらの事例はいずれも地震という自然の前における人間の能力の限界を示すものというしかない。本件原発の地震想定が基本的には上記4つの原発におけるのと同様、過去における地震の記録と周辺の活断層の調査分析という手法に基づきなされたにもかかわらず(弁論の全趣旨・第3の2被告の主張(4)ア参照、乙21)、被告の本件原発の地震想定だけが信頼に値するという根拠は見い出せない。

 また、被告の本件原発の地震想定については、前提事実(2)に記載した各事実に加え証拠(甲41、72)及び弁論の全趣旨によれば、次のよぅな信頼性を積極的に失わせるような事情が認められる。すなわち、大飯原発の敷地をほぼ東西に走る非常用取水路の下をほぼ南北に横切るF-6破砕帯と呼ばれる破砕帯が活断層であるか否かについては専門家の間でも意見が分かれていたもので、大飯原発の差止めを求める大阪地方裁判所の仮処分事件においても主要な争点のひとつであった。この争点については被告の発電所敷地内の破砕帯に関する従前の調査結果に基づき、上記F-6破砕帯と連続性があるとされた非常用取水路の北に位置する台場浜トレンチ地点の破砕帯の評価を巡って争われた。しかるところ、被告は従前の調査結果を否定し、上記台場浜トレンチ地点と非常用取水路の下を走っている破砕帯の連続性がないと主張し、その後の掘削によりその存在が確認、された非常用取水路の下を南北に走っている新F-6破砕帯と呼ばれる破砕帯については、上記仮処分却下決定後に専門家の全員一致の見解として活断層ではなくまた地滑りとしての危険性もないとの評価が得られた。

 翻ってみると、このような主張の変遷がなされること自体、破砕帯の走行状況についての被告の調査能力の欠如や調査の杜撰さを示すものであるといえる。発電所の敷地内部においてさえこのような状況であるから、被告による発電所の周一辺地域における活断層の調査が厳密になされたと信頼することはできないというべきである。このことと、地震は、必ずしも既知の活断層で発生するとは限らないことを考え併せると、大飯原発の周辺において、被告の調査不足から発見できなかった活断層が関わる地震や上記性質の地震が起こり得ることは否定できないはずであり、この点において既に被告の地震想定は信頼性に乏しいといえる。

  オ 安全余裕について

   被告は本件5例の地震によって原発の安全上重要な施設に損傷が生じなかったことを前提に、原発の施設には安全余裕ないし安全裕度があり、たとえ基準地震動を超える地震が到来しても直ちに安全上重要な施設の損傷(機能喪失)の危険性が生じることはないと主張している(第3の2被告の主張(5))。そして、安全裕度の意義については対象設備が基準地震動の 何倍の地震動まで機能を維持し得るかを示す数値であるとしている(平成26年3月27日期日における被告の補足説明要旨)。

   柏崎刈羽原発に生じた損傷がはたして安全上重要な施設の損傷ではなかったといえるのか、福島第一原発においては地震による損傷の有無が確定されていないのではないかという疑いがあり、そもそも被告の主張する前提事実自体が立証されていない。この点をおくとしても、被告のいう安全 余裕の意味自体が明らかでない。弁論の全趣旨によると、一般的に設備の設計に当たって、様々な構造物の材質ばらつき、溶接や保守管理の良否等の不確定要素が絡むから、求められるべき基準をぎりぎり満たすのではなく同基準値の何倍かの余裕を持たせた設計がなされることが認められ る。原告らが主張するように(第3の2原告らの主張(3))、原子炉圧力容器や蒸気発生器などが高温側と低温側に大きな温度差があり、使われている鋼材などに温度差・熱膨張差による伸び縮みを繰り返すことによる材料の疲労現象がある等の事実があるとすれば、上記不確定要素が多いといえるから、余裕を持たせた設計をすることが強く求められると考えられる。 このように設計した場合でも、基準を超えれば設備の安全は確保できない。この基準を超える負荷がかかっても設備が損傷しないことも当然あるが、それは単に上記の不確定要素が比較的安定していたことを意味するにすぎないのであって、安全が確保されていたからではない。以上のような 一般的な設計思想と異なる特有の設計思想や設計の実務が原発の設計においては存在すること、原子力規制委員会において被告のいうところの安全余裕を基準とした審査がなされることのいずれについてもこれを認めるに足りる証拠はない。

   したがって、たとえ、過去において、原発施設が基準地震動を超える地醤に耐えられたという事実が認められたとしても、同事実は、今後、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。

 カ 中央防災会議における指摘

   大飯を含む日本のどの地域においても大規模な地震が到来する可能性はあるのであり、それが大規模であればあるほど、その確率か低くなるというにすぎない。平成24年6月12日に開かれた中央防災会議、「東南海、南海地震に関する専門調査会」においても、「地表に現われた地震断層は活断層に区分されるものもあるが、M(マグニチュード)7.3以下の地震は、必ずしも既知の活断層で発生した地震であるとは限らないことがわかる。したがって、内陸部で発生する被害地震のうち、M7.3以下の地震は、活断層が地表に見られていない潜在的な断層によるものも少なくないことから、どこでもこのような規模の被害地震が発生する可能性があると考えられる。」との指摘がなされており(訴状38頁参照、同指摘がなされていることは争いがない。甲52参照)、この指摘は上記知見に沿うものであるところ、証拠(甲38、62、63)によれば、マグニチュード7.3以下の地震であっても700ガルをはるかに超える震度をもたらすことがあると認められる。

 (3)700ガルに至らない地震について

  ア 施設損壊の危険

    本件原発においては基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプが破損し主給水が断たれるおそれがあると認められる(甲14号証の20頁には「『主給水喪失』-『外部電源喪失』については、耐震B、Cクラス設備等の破損により発生することから、Ssまでの地震動で発生すると考えられる。」との記載がある。)。大飯原発の敷地に160ガル以上の地震が到来すると、原子炉は緊急停止することになるが(弁論の全趣旨・被告準備書(3)8頁参照)、被告においても、たとえば200ガルの地震が大飯に到来した場合、外部電源が断たれなければ外部電源で冷却し外部電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機で冷却することになり、主給水が断たれなければ主給水で冷却し主給水が断たれれば補助給水設備が冷却手段となる旨主張している(第6回ロ頭弁論期日調書参照)。

 イ 施設損壊の影響

   外部電源は緊急停止後の冷却機能を保持するための第1の砦であり、外郊電源が断たれれば非常用ディーゼル発電機に頼らざるを得なくなるのであり、その名が示すとおりこれが非常事態であることは明らかである。福島原発事故においても外部電源が健全であれば非常用ディーゼル発電機の津波による被害が事故に直結することはなかったと考えられる、主給水は冷却機能維持のための命綱であり、これが断たれた場合にはその名が示すとおり補助的な手段にすぎない補助給水設備に頼らざるを得ない。前記のとおり、原子炉の冷却機能は電気によって水を循環させることによって維持されるのであって、電気と水のいずれかが一定時間断たれれば大事故になるのは必至である。原子炉の緊急停止の際、この冷却機能の主たる役割を担うべき外部電源と主給水の双方がともに700ガルを下回る地震によっても同時に失われるおそれがある。そして、その場合には(2)で摘示したように実際にはとるのが困難であろう限られた手段が効を奏さない限り大事故となる。

 ウ 補助給水設備の限界

   このことを、上記の補助給水設備についてみると次の点が指摘できる。証拠(甲14・21ないし22頁、甲16の7)によれぱ、繁急停止後において非常用ディーゼル発電機が正常に機能し、補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、①主蒸気逃がし弁による熱放出、②充てん系によるほう酸の添加、③余熱除去系による冷却のうち、いずれか一つに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展することが認められるのであって、補助給水設備の実効性は補助的手段にすぎないことに伴う不安定なものといわざるを得ない。また上記証拠によれば、上記事態の回避措置として、下記のとおり.(ア)のイベントツリーが用意され、更に(ア)のイベントツリーにおける措置に失敗した場合の(イ)のイベントツリーも用意されてはいるか、各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。事態の把握の困難性や時間的な制約のなかでその実現に困難が伴うことは(2)において摘示したとおりである。

       記

 (ア)イベントツリー

   a 手法

     ①高圧注入ポンプの起動、②加圧器逃がし弁の開放、③格納容器スプレイポンプの起動を.中央制御室からの手動操作により行い、燃料取替用水ビットのほう酸水を注入し、1次系の冷却を行う。注入の後、再循環切り替えを行い、④高圧注入及び格納容器スプレイによる追放した1次系冷却を行う。

   b aが成功した場合の効果

     この状態では未臨界性が確保された上で海水を最終ヒートシンクとした安定、継続的な冷却が行われており、燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。      ・

   c aが失敗した場合の効果

     ①高圧注入による原子炉への給水、②加圧器逃がし弁による熱放出、③格納容器スプレイによる格納容器徐熱、④高圧注入による炉心冷却及び原子炉格納容器スプレイによる再循環格納容器の冷却のうち、いずれか一つに失敗すると、非常用所内電源からの給電ができないのと同様の非常事態(緊急安全対策シナリオ)に進展する。

 (イ)イベントツリー((ア)cの場合の収束シナリオ)

   a 手法

     ①タービン齢補助給水ポンプによる蒸気発生器への給水が行われ、②現場での手動作業により主蒸気逃がし弁を開放し、2次系による冷却が行われる。③蓄圧タンクのほう酸水を注入し、未臨界性を確認し、④蓄電池の枯渇までに空冷式非常用発電装置による給電を行うとともに、蓄圧タンク出ロ隔離弁を中央制御室からの手動操作により閉止する。また、復水ビット枯渇までに海水の復水ピットヘの補給を行うことにより、2次系冷却を継続する。

   b aが成功した場合の効果

     この状態では来臨界性が確保された上で海水を水源とした安定、継続的な2次系冷却が行われており、燃料の重大な損傷に至る事態は回避される。

   c aが失敗した場合の効果

     ①タービン動補助給水ボンプによる蒸気発生器への給水、③現場での手動作業による主蒸気逃がし弁の開放、③蓄圧タンクのほう酸水の注入、④空冷式非常用発電装置による給電のうち、いずれか一つに失敗すると、炉心損傷に至る。

 エ 被告の主張について

   被告は、主給水ポンプは安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが-(第3の2被告の主張(3)ア)、主給水ポンプは別紙3の下図に表示されているものであり、位置関係を見ただけでも、その重要性を否定することに疑問が生じる。また、主給水ポンプの役割は主給水の供給にあり、主給水によって冷却機能を維持するのが原子炉の本来の姿であって、そのことは被告も認めているところである。安全確保の上で不可欠な役割を第1次的に担う設備はこれを安全上重要な設備であるとして、それにふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であると考えられる。このような設備を安全上重要な設備ではないとするのは理解に苦しむ主張であるといわざるを得ない。

 オ 基準地震動の意味について

  日本語としての通常の用法に従えば、基準地震動というのはそれ以下の地震であれば、機能や安全が安定的に維持されるという意味に解される。基準地震動Ss未満の地震であっても重大な事故に直結する事態が生じ得るというのであれば、基準としての意味がなく、大飯原発に基準地震動である700ガル以上の地震が到来するのかしないのかという議論さえ意味の薄いものになる。

 (4)小括

   日本列島は太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシアプレート及びフィリピンプレートの4つのプレートの境目に位置しており、全世界の地震の1割が狭い我が国の国土で発生するといわれている。1991年から2010年までにおいてマグニチュード4以上、深さ100キロメートル以下の地震を世界地図に点描すると、日本列島の形さえ覆い隠されてしまうほどであり、日本国内に地震の空白地帯は存在しないことか認められる。(甲18・756、778ないし779頁、訴状31頁参照)。日本が地震大国といわれる由縁である。

  この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上、基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。

 6 閉じこめるという構造について(使用済み核燃料の危険性)

 (1)使用済み核燃料の現在の保管状況

   原子力発電所は、いったん内部で事故があったとしても放射性物質が原子力発電所敷地外部に出ることのないようにする必要があることから、その構造は堅固なものでなければならない。

   そのため、本件原発においても核燃料部分は堅固な構造をもつ原子炉格納容器の中に存する。他方、使用済み核燃料は本件原発においては原子炉格納容器の外の建屋内の使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれており、その本数は1000本を超えるが、使用済み核燃料プールから放射性物質か漏れたときこれが原子力発電所敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納名器のような堅固な設備は存在しない(前記事実(5)ア)

 (2)使用済み核燃料の危険性

   使用済み核燃料は、原子炉から取り出された後の核燃料であるが、なお崩壊熱を発し続けているので、水と電気で冷却を継続しなければならないところ{前提事実(5)イ}、その危険性は極めて高い。福島原発事故においては、4号機の使用済み核燃料プールに納められた使用済み核燃料が危機的状況に陥り、この危険性ゆえに前記の避難計画が検討された。原子力委員会委員長が想定した被害想定のうち、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのは使用済み核燃料プールからの放射能汚染であり、他の号機の使用済み核燃料プールからの汚染も考えると、強制移転を求めるべき地域が170キロメートル以遠にも生じる可能性や、住民が移転を希望する場合にこれを認めるべき地域が東京都のほぼ全域や横浜市の一部を含む250キロメートル以遠にも発生する可能性があり、これらの範囲は自然に任せておくならば、数十年は続くとされた(甲31)。

  平成23年3月11日当時4号機は計画停止期間中であったことから使用済み核燃料プールに隣接する原子炉ウエルと呼ばれる場所に普段は張られていない水が入れられており、同月15日以前に全電源喪失による使用済み核燃料の温度上昇に伴って水が蒸発し水位が低下した使用済み核燃料プールに原子炉ウエルから水圧の差で両方のプールを遮る防壁がずれることによって、期せずして水が流れ込んだ。また、4号機に水素爆発が起きたにもかかわらず使用済み核燃料プールの保水機能が維持されたこと、かえって水素爆発によって原子炉建屋の屋根が吹き飛んだためそこから水の注入が容易となったということが重なった(甲1・159ないし161頁、甲19・215頁ないし240頁)。そうすると、4号機の使用済み核燃料プールが破滅的事態を免れ、上記の避難計画が現実のものにならなかったのは僥倖ともいえる。

 (3)被告の主張について

   被告は、原子炉格納容器の中の炉心部分は高温、高圧の一次冷却水で満たされており、仮に配管等の破損により一次冷却水の喪失が発生した場合には放射性物質が放出されるおそれがあるのに対し、使用済み核燃料は通常40度以下に保たれた水により冠水状態で貯蔵されているので冠水状態を保てばよいだけであるから堅固な施設で囲い込む必要はないとするが(第3の3被告の主張(1))、以下のとおり失当である。

  ア 冷却水喪失事故について

    使用済み核燃料においても破損により冷却水が失われれば被告のいう冠永状態が保てなくなるのであり、その場合の危険性は原子炉格納容器の一次冷却水の配管破断の場合と大きな違いはない。むしろ、使用済み核燃料は原子炉内の核燃料よりも核分裂生成物(いわゆる死の灰)をはるかに多く含むから(前提事実(5)イ)、(2)に摘示したように被害の大きさだけを比較すれば使用済み核燃料の方が危険であるともいえる。原子炉格納容器という堅固な施設で核燃料を閉じこめるという技術は、核燃料に係る放射性物質を外部に漏らさないということを目的とするが、原子炉格納容器の外部からの事故から核燃料を守るという側面もあり、たとえば建屋内での不測の事態に対しても核燃料を守ることかできる。そして、五重の壁の第1の壁である燃料ペレットの熔解温度が原子炉格納容器の溶解温度よりもはるかに高いことからすると(被告準備書面(14)7頁によると、①核燃料ペレット、②燃料被覆管、②原子炉圧力容a、④原子炉格納容器、⑤建屋の溶解温度は、それぞれ、①が2800度、②が1800度、③及び④が1500度、⑤が1300度であり、外に向かうほど溶解温度が低くなっている。)、原子炉格納容器は炉心内部からの熱崩壊に対しては確たる防御機能を果たし得ないことになるから、原子炉格納容器の機能として原子炉格納容器の外部における不測の事態に対して核燃料を守るという役割を軽視することはできないといえる。なお、被告はかような機能は原子炉格納容器には求められていないと主張するが、他方68・35ないし36頁)、被告の主張は採用できない。

  福島原発事故において原子炉格納容器のような堅固な施設に囲まれていなかったにもかかわらず4号機の使用済み核燃料プールが建屋内の水素爆発に耐えて破断等による冷却水喪失に至らなかったこと、あるいは瓦礫がなだれ込むなどによって使用済み拙燃料が大きな損傷を被ることがなかったこと(甲1・159ないし161頁、甲19・215ないし240頁)は誠に幸運と言うしかない。使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められてこそ初めて万全の措置をとられているということができる。

 イ 電源喪失事故について

   上記のような破断等による冷却水喪失事故ではなく全電源が喪失し空だき状態が生じた場合においては、核燃料は全交流電源喪失から5時間余で炉心損傷が開始する。これに対し、使用済み核燃料も崩壊熟を発し続けるから全電源喪失によって危険性か高まるものの、時間単位で危険性が発生するものでない。しかし、上記5時問という時間は異常に短いのであって、それと比較しても意味がない。  被告は、電源を喪失しても使用済み核燃料プールに危険性が発生する前に確実に給水ができると主張し、また使用済み核燃料プールの冷却設備は耐震クラスとしてはBクラスであるが(別紙4・別記2第4条2二参照)、安全余裕があることからすると実際は基準地震動に対しても十分な耐震安全性を有しているなどと主張しているが(第3の3被告の主張(2))、被告の主張する安全余裕の考えが採用できないことは(2)オにおいて摘示したとおりであり、地震が基準地震動を超えるものであればもちろん、超えるものでなくても、使用済み核燃料プールの冷却設備が損壊する具体的可能性がある。また、使用済み核燃料プールが地震によって危機的状況に陥る場合にはこれと並行してあるいはこれに先行して隣接する原子炉も危機的状態に陥っていることか多いということを念頭に置かなければならないのであって、このような状況下において被告の主張どおりに確実に給水かできるとは認め難い。被告は福島原発事故を踏まえて使用済み核燃料の冷却機能の維持について様々な施策をとり、注水等の訓練も重ねたと主張するが、深刻な事故においては発生した事象が新たな事象を連鎖的に招いたりするものであり、深刻事故がどのように進展するのかの予想はほとんど不可能である。原子炉及び使用済み核燃料プールの双方の冷却に失敗した場合の事故が福島原発事故のとおり推移することはまず考えられないし、福島原発事故の全容が解明されているわけでもない。たとえば、高濃度の放射性物質が隣接する原子炉格納容器から噴出すればそのとたんに使用済み核燃料プールヘの水の注入作業は不可能となる。弥縫策にとどまらない根本的施策をとらない限り「福島原発事故を踏まえて」という言葉を安易に用いるべきではない。

 本件使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から3日を経ずして冠水状態が維持できなくなる(甲70・15-14頁)。我が国の存続に関わるほどの被害を及ぼすにもかかわらず、全交流電源喪失から3日を経ずして危機的状態に陥いる。そのようなものが、堅固な設備によって閉じこめられていないままいわばむき出しに近い状態になっているのである。

 (4)小括

    使用済み核燃料は本件原発の稼動によって日々生み出されていくものであるところ、使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるためには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。

 7 本件原発の現在の安全性と差止めの必要性について

   以上にみたように、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない。

  前記4に摘示した事実からすると、本件原子炉及び本件使用済み核燃料プール内の使用済み核燃料の危険性は運転差止めによって直ちに消失するものではない。しかし、本件原子炉内の核燃料はその運転開始によって膨大なエネルギーを発出することになる一方、運転停止後においては時の経過に従って確実にエネルギーを失っていくのであって、時間単位の電源喪失で重大な事故に至るよぅなことはなくなり、破滅的な被害をもたらす可能性がある使用済み核燃料も時の経過に従って崩壊熱を失っていき、また運転停止によってその増加を防ぐことかできる。そうすると、本件原子炉の運転差止めは上記具体的危険性を軽減する適切で有効な手段であると認められる。基準が策定され各地の原発で様々な施策が採られようとしているが、新規制基準には外部電源と主給水の双方につい基準地震動に耐えられるまで強度を上げる、基準地震動を大幅に引き上げこれに合わせて設備の強度を高める工事を施工する、使用済み核燃料を堅固な施設で囲い込む等の措置は盛り込まれていない(別紙4参照)。したがって、被告の再稼動申請に基づき、5、6に摘示した問題点が解消されることがないまま新規制基準の審査を通貨し本件原発が稼動に至る可能性がある。こうした場合、本件原発の安全技術及び設備の脆弱性は継続することとなる。

 8 原告らのその余の主張について

   原告らは、地震が起きた場合において止めるという機能においても本件原発には欠陥があると主張し(訴状第5の3、第2準備書面第3、第4準備書面第2)、また;冷却材喪失事故発生時において冷却水の再循環サンプが機能しないという安全技術上の欠陥(訴状第5の1、第7準備書面1)、3号機における溶接部の残留応力によるクラック及び冷却水漏洩の発生の危険性(訴状第5の2、第7準備書面2)、津波による危険(第5準備書面、・第9準備書面)、テロによる危険(第1準備書面第3の3、第16準備書面第5)、竜巻の危険(第1準備書面第3の3、第16準備書面第4)等さまざまな要因による危険性を主張している。しかし、これらの危険性の主張は選択的な主張と解され、上記の地震の際の冷やすという権能及び閉じ込めるという構造に欠陥が認められる以上、原告らの主張するその余の危険性の有無について判断の必要はない、環境権に基づく請求も選択的なものであるから(第6回ロ頭弁論期日調書参照)、同請求の可否についても判断する必要はない。  原告らは、上記各諸点に加え、高レベル核廃棄物の処分先が決まっておらず、同廃案物の危険性が極めて高い上、その危険性が消えるまでに数万年もの年月を要することからすると、この処分の問題が将来の世代に重いつけを負わせることを差止めの理由としている(第3の4)。幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について、現在の国民の法的権利に基づく差止訴訟を担当する裁判所に、この問題を判断する資格が与えられているかについて疑問があるが、7に説示したところによるとこの判断の必要もないこととなる。

 9 被告のその余の主張について

   他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが(第3の5)、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。我が国における原子力発電への依存率等に照らすと、本件原発の稼動体止によって電力供給が停止し、これに伴なって人の生命、身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。

  被告の主張においても、本件原発の稼働停止による不都合は電力供給の安定性、コストの間題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字か出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

  また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2(二酸化炭素)排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが(第3の6)、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境境汚染はすさまじいものであって、福島原発 事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。

 10 結論

  以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者(別紙原告目録1記載の各原告)は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。

  原告らは、本件原発で大事故が起きれば、周囲の原子力発電所の従業員も避難を余儀なく、日本国民全員がその生活基盤を失うような被害に発展すると主張している。また、チェルノブイリ事故においては放射性物質に汚染された地域がチェルノブイリから1000キロメートルを超える地点まで存在するから原告ら全員が本件請求をできると主張している(第3の7)。これらの主張は理解可能なものではあるか、ここで想定される危険性は本件原発という特定の原子力発電所の法的な差止請求250キロメートル圏外に居住する原告ら(別紙原告目録2記載の各原告)の請求は理由がないものとして、これを棄却することとする。

 福井地方裁判所民事第2部

            裁判長裁判官 樋 口 英 明

               裁判官 石 田 明 彦

               裁判官 三 宅 由 子

(別紙1以下は省略)

Featured Posts
Recent Posts
Archive
Follow Us
まだタグはありません。
Search By Tags
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square

        ♬ The House of the      Rising Sun

        朝日のあたる家

       Tommy Emmanuel 

       トミー・エマニュエル

 

    2012.11.20

 

 アメリカのTraditional Folk Songに、娼婦に身を落とした女性が半生を懺悔する歌とされる「The House of the Rising Sun(朝日のあ(当)たる家)」という素晴らしい曲があります。

 日本ではアニマルズやディランのものが有名ですが、多くのアーティストがカバーしています。

今日は、少し時間に余裕があったので、この曲をあらためて手持ちアーティスト群による演奏で楽しみました(浅川及びちあきは「朝日楼」)。

 ただし、イギリスのJohnny Handleという歌手の音源がないのが残念です。

・・・・・・・・・・・・・・

 トミー・エマニュエル(1955-)は、オーストラリアのギタリスト。フィンガーピッキングの達人

bottom of page