【メモ・データベース #29】川内原発稼働等差止仮処分申立事件 鹿児島地裁決定(2015.5.22)全文 Pt.3 記:2015.8.26(水)
(d)応答スペクトルに基づく手法による地震動評価における不確かさの考慮
債務者が応答スペクトルに基づく手法による地震動評価において採用したNodaet al.(2002)の方法では、前記前提事実(8)ウ(ウ)のとおり、内陸地殻内地震における補正係数や当該敷地における地震観測記録に基づく補正係数を用いることにより、地震の分類に従った震源特性、伝播経路特性及び敷地地盤の特性を的確に考慮することができるとされているが、このような補正係数を用いることは、正に内陸地殻内地震や当該敷地における地震の平均像をもって基準地震動の想定を行うことに近付くものと考えられる。これに対し、前記ア(イ)a(d)のとおり、当該地域ごとに発生する地震の様式、規模、頻度等に一定の傾向が認められること、前記前提事実(8)ウ(ウ)のとおり、応答スペクトルに基づく手法による地震動評価が基本的には平均像を求めるものであることに鑑み、当該地域においてその傾向が平均的な地震動を下回る傾向にあることを把握しつつも、上記補正係数を用いることなく平均像をもって地震動評価することとしたのであれば、そのこと自体が基準地震動の想定に当たって余裕を確保することにつながると考えられる。
この点、債務者は、本件原子炉施設における応答スペクトルに基づく地震動評価において、安全側の判断から上記補正係数を適用していないということであるが、このことは債務者が上記のような単純な平均像による地震動評価を行っていないということの表れであると解されるとともに、平均像と比較して、当該補正係数に相当する割合で基準地震動をより大きく想定しているものと評価できる。
なお、同様の観点から、当該敷地における検討用地震による地震動を、より豊富なパラメータを採用し、より精緻な基準地震動の想定が可能となる断層モデルを用いた手法によぅて想定した地震動が、応答スペクトルに基づく手法により想定した地震動を明らかに下回るときには、当該敷地における地域的な特性が平均像と比較して地震動が小さくなる傾向を持つものと評価し、応答スペクトルに基づく手法により想定した地震動を基準地震動として代表させることでも一定の余裕が確保できるものと考えられる。地震ガイドにおいて、「応答スペクトルに基づく基準地震動が全周期帯にわたって断層モデルを用いた基準地震動を有意に上回る場合には、応答スペクトルに基づく基準地震動で代表させることができる。(5.2(2))」とされており、このような考え方が採用されているものと解される。
(e)前記(c)、(d)を踏まえた「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の評価における不確かさの考慮
債務者が前記回のとおり本件原子炉施設敷地周辺の地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の断層面積、応力降下量等を設定し、理諭式を用いて震源パラメータを設定した上で、各種の「不確かさ」を考慮して本件震源モデルを構築し、同モデルに基づき断層モデルを用いた手法による地震動評価を行った結果、前記(b)のとおり、債務者はこれによって導かれる短周期レベルAの値で約2.7~3.7倍の余裕が確保されていると主張する。債務者の主張する「約2.7~3.7倍」には、断層長さ・幅について債務者の調査結果を採用した場合と地震調査委員会の知見に基づくものを採用した場合との差異が含まれているところ、こうした差異につき当然に想定すべき断層長さ・幅を設定したものにすぎず「余裕」を確保したことにはならないと解した場合においても、地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の断層面積、応力降下量等を設定した上で更に約1.8~2.0倍の余裕(別表⑤参照)が確保されていると評価することができる。
そして、このように不確かさを考慮して大きく想定した断層モデルを用いた手法による地震動評価と、応答スペクトルに基づく手法による地震動評価を比較したところ、前記認定事実(8)ウ(オ)のとおり、応答スペクトルに基づく基準地震動が全周期帯にわたって断層モデルを用いた基準地震動を有意に上回ることとなったため、基準地震動Ss-1については、応答スペクトルに基づく手法により評価した地震動で代表させることとされた。このように断層モデルを用いた手法による地震動評価が応答スペクトルに基づく基準地震動と比較して全周期帯にわたって有意に下回る結果となったことは、前記(d)で指摘したとおり、断層モデルを用いた手法による地震動評価で示された本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性として、地震動が平均的なものよりも相当程度小さくなる傾向があることを示しているものと評価できる。そして、このような本件原子炉施設敷地周辺の地域的な特性については、前記(1)ウ(イ)aにおいて、本件原子炉施設敷地に大きな影響を与える地震が内陸・地殻内地震であり、正断層型及び横ずれ断層型の地震が多く発生するものと分析されているところ、前記(1)ウ(ウ)b(c)のとおり、正断層型及び横ずれ断層型の内陸地殻内地震については、地震動が平均的なものよりも小さくなる傾向があるとの知見が示されていること、前記前提事実(8)ウ(ウ)及び前記(1)ウ(イ)aのとおり、本件原子炉施設敷地における観測記録に基づいて解析した解放基盤表面の地震動(はぎとり波)の応答スペクトルとNoda et al.(2002)の方法により導かれる応答スペクトルの比率が、別紙図⑦のとおり、おおむね全周期帯で1.0を下回る傾向を示していることなどからも裏付けられているというべきである。
その上で、応答ヌペクトルに基づく手法による地震動評価においても、活断層の評価等に際して「不確かさ」を考慮し、平均像(経験式)や地震観測記録等から導かれる地震動に対し、約1.9~2.5倍の余裕(地震調査委員会の知見に基づく断層長さを前提とした場合には、地域的特性を踏まえて想定すべき最大限の断層長さを設定した上で約1.2~1.4倍の余裕。別表⑥参照)が確保されているということであれば、この手法によって導かれる地震動をもって本件原子炉施設敷地周辺において今後発生し得る最大の地震と位置付けることが不合理であるとまでは認められない。
以上によれば、債務者が、本件原子炉施設敷地周辺において発生する地震動が平均的なものよりも小さくなる傾向にあると捉えた上で、不確かさを考慮して大きく想定した断層モデルを用いた手法による地震動評価を全周期帯にわたって上回ることが確認された応答スペクトルに基づく手法により評価した地震動をもって、基準地震動Ss-1として代表させることとしたことや、既往地震のデータにおける平均像の4悟程度の数値を考慮なかったことに不合理な点はなく、これらの点について新規制基準への適合性を認めた原子力規制委員会の判断にも不合理な点はないというべきである。
(f)「震源を特定せず策定する地震動」の評価における不確かさの考慮
債権者らは、前記(a)のとおり、「震源を特定せず策定する地震動」の評価に際して、債務者が収集した観測記録をそのまま用いているとして、このような地震動評価が地震ガイドの基本方針に反する旨主張するようであるが、前記(b)のとおり、債務者は、「震源を特定せす策定する地震動」の評価に際し、留萌支庁南部地震の観測記録につきはぎとり解析を行うに当たって、地震動の減衰定数を大きく設定し、はぎとり解析の計算方法についても複数の方法を用いて、そのばらつきを考慮して解析を行うことによって、地盤情報に付随する「不確かさ」を考慮しているから、債権者らの指摘は当たらない。
b 活断層の調査について
債権者らは、債務者が行った活断層調査の結果に基づく本件原子炉施設敷地周辺の断層の分布について、あたかも海岸線から水深150m付近までの領域が断層の障整となっているかのように、海底で認められた断層が水深150mほどのところで途切れ、陸上まで続いているものがほとんどないものとされているが、このような分有状況は科学的に説明困難であるから、あくまで調査方法の限界(海上音波探査では横ずれ断層を発見することは困難である。)等によって本来存在するはずの活断層の確認ができていないだけとみるべきであるとした上で、地震動想定の前提となる断層の長さの評価は必ずしも正確ではないと考えるべきであって、甑断層帯甑区間や市来断層帯甑海峡中央区間の断層が、実際にはさらに敷地に向かって伸びている可能性も考慮しなければならないなどと主張する。
この点、債務者が行った海上音波探査は、前記(1)ウ(ア)b(a)のとおり、相当綿密に測線を設定し、詳細な調査が実施されたものと評価でき、同(b)のとおり、重力異常に関する調査結果や変動地形学的調査を行った文献の調査結果も踏まえて、断層の連続性を慎重に確認したものと認められる。
本件原子炉施設敷地周辺海域における断層は、縦ずれ成分が明瞭に認められるものも見られる(乙128、129、136)。また、この海域は、海岸線から沖合に向かって地層が緩やかに傾斜し、地層の厚さも変化しているため(乙128)、仮に地層が水平にずれ動いたとしても、海上音波探査の断面において各地層に見かけの落差が生じることになるから、海上音波探査によってその断層のずれを探知できないと断定することはできない。玄海原子力発電所に係る海上音波探査において横ずれ断層の存在を探知している事実も認められる(乙130)。そのほか、債権者らの主張や疎明資料を検討しても、甑断層帯甑区間や市来断層帯甑海峡中央区間の断層がさらに敷地に向かって伸びていること、あるいはその具体的可能性が存することを認めることはできない。
そして、このような活断層調査及びその結果の評価については、原子力規制委員会において、前記(1)オ(ア)cのとおり、調査地域の地形、地質条件に応じた適切な手法、範囲及び密度で行われ、活断層の位置、形状、活動性等を明らかにしており、それらの結果を総合的に検討したものとして新規制基準への適合性が認められるものと判断されていることにも鑑みれば、債権者らの上記主張には理由がないというべきである。
c 海洋プレート内地震の考慮について
債権者らは、債務者による本件原子炉施設の基準地震動Ssの策定に際して、海洋プレート内地震を一切考慮していないことが問題であると主張するが、債務者は、前記(1)ウ(ア)a(a)及び同(イ)aのとおり、本件原子炉施設敷地周辺で発生した海洋プレート内地震の最大規模である宮崎県西部地震と同規模の海洋プレート内地震が発生したとしても、その震源位置から敷地までの距離が十分離れているため、敷地における地震の揺れが建物等に被害が発生するとされている気象庁震度階級震度5弱程度に満たないものと評価し、検討用地震として選定しなかったものであるから、海洋プレート内地震を考慮していないわけではない。
そして、債務者によるこのような評価・判断については、前記(1)ウ(ア)a(b)で認定した、火山フロントの前弧側と背弧側で大きく傾向が異なり、女川原発敷地が位置する前弧側では、地震波の伝播経路における減衰が小さく大きな揺れとなるが、本件原子炉施設敷地が位置する背低価では、地震波の伝播経路における減衰が大きく、揺れが急激に小さくなるという特徴を有しているとのスラブ内地震を含む海洋プレート内地震に関する知見に照らしても相当なものということができ、原子力規制委員会においても、前記(1)オ(ア)dのとおり、新規制基準への適合性が認められている。
以上によれば、債権者らの上記主張にも理由がないというべきである。
d 「震源を特定せず策定する地震動」の策定について
(a)債権者らの主張
債権者らは、債務者が、本件原子炉施設敷地に大きな影響を与える可能性のある地震として、留萌支庁南部地震等五つの地震に係る観測記録を抽出したが、精度の高い地盤情報が得られているのが留萌支庁南部地震の本件観測点のみであったとして、それ以外の観測記録を用いた地震動評価を行っていないことについて、債務者が独自に精度の高い地盤情報を収集することも可能であり、債務者が除外した観測記録の.中にも留萌支庁南部地震を超える地震動を観測したものがある可能性もあること、本件観測点における地震動が留萌支庁南部地震の最大地震動とはいえず、その地震動を1.5~2倍程度上回る地震動が他の地点で発生した可能性があることか明らかとなっていることを指摘するとともに、そもそもMw5.7の留萌支庁南部地震における地震動をそのまま最大の「震源を特定せず策定する地震動」とすることは相当でなく、地震の規模として同地震の16倍にもなるMw6.5の直下型地震の地震動を想定すべきであるとして、債務者の策定した基準地震動Ss-2が過小であると主張する。
(b)債務者の主張
債務者は、前記(a)の債権者らの主張に対し、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の検討過程において、十分に安全側に立った地震動評価が尽くされたものと判断しており、「震源を特定せず策定する地震動」は、本件原子炉施設敷地周辺では発生し得ないものと考えるが、耐震安全上の観点から念のために付け加えるという位置付けにあるものとの認識を前提に、「震源を特定せす策定する地震動」の評価が付加的・補完的に求められるものであるとすれば、債務者が行った検討で十分であると主張するものと解される(五つの抽出観測記録のうち留萌支庁南部地震の本件観測点における観測記録以外の観測記録については、詳細な地盤情報が得られていないとして一時的に除外しているが、今後、これらの観測点の地盤情報に関する新たな知見が得られた場合には、耐震安全性の更なる向上のため、これらの抽出観測記録に基づく「震源を特定せず策定する地震動」の評価を実施していく方針であるとしている。)。
また、債権者らが、Mw6.5の直下型地震の地震動を想定すべきであると主張する点については、新規制基準の要求は、震源と活断層を関連付けることが困難であった国内で過去に発生した地震について、特徴的な揺れとなった観測記録を抽出し、はぎとり解析によって技術的に妥当な解放基盤表面相当の揺れか推定できたものは極力評価に反映させるというものであり、観測記録(事実)の特徴を重視するという基本的な考え方が示されているところ、Mw6.5に置き換えて計算により求められる地震動評価では、上記の観測記録(事実)の特徴を見逃しかねないこととなり、上記の新規制基準の基本的な考え方に反することになるなどと反論している。
(c)「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについて
前記(1)ア(イ)b(a)のとおり、改訂耐震指針策定時の検討・審査における「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについては、詳細な調査を前提とした「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の策定に最大限の努力を払うことにより、「震源を特定せず策定する地震動」の方は、それでも評価し損なう敷地近傍の地震に対する備えという性格の下、補完的な位置付けとして規定することが適切であり、敷地近傍の観測記録が得られている地震の全てを対象とすることは必要ないのではないかとの意見が大勢を占めたと取りまとめられていたのであって、前記(b)の債務者の認識と一致する見解が多数意見であったと考えられる。
また、前記(1)ア(イ)b(b)のとおり、新規削基準制定一策定時の検討・審査において、「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについての議論(特に上記改訂耐震指針策定時の検討・審査における多数意見を踏まえたもの)は明示的にはされていないなか、地震・津波検討チームの委員において、同じような理解に立ったものと認められ得る発言はされていた。
これらの議論の経緯をみれば、債務者が主張するとおり、新規制基準における「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについても、改訂耐震指針策定時の多数意見と同様の認識に立って理解すべきであると解する余地はある。
しかしながら、新規制基準及び地震ガイドにおいて、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」の関係について、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」をより重視すぺきであるとの記載は認められない(なお、この点、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震勤」のうち、応答スペクトルに基づく手法と断層モデルを用いた手法の関係については、地震ガイドにおいて、震源が敷地に近い場合には断層モデルを用いた手法を重視する必要があるとして、その関係が明示されている(3.2(2))。)。加えて、上記のとおり、新規制基準制定一策定時の検討・審査において、「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けについての議論が明示的にはされていないにもかかわらず、「震源を特定せず策定する地震勤」を債務者の主張するように付加的・補完的な位置付けとして理解することは相当でないというべきである。
すなわち、「震源を特定せず策定する地震動」については、このうち、「地表地震断層が出現しない可能性がある地震」が、地震ガイドにおいて、「断層破壊領域が地震発生層内の内部に留まり、国内においてどこでも発生すると考えられる地震で、震源の位置も規模もわからない地震として地震学的検討から全国共通に考慮すべき地震(震源の位置も規模も推定できない地震(Mw6.5未満の地震))であり、震源近傍において強震動が観測された地震を対象とする」とされていることからも明らかなとおり、その趣旨とするところは、震源と活断層を関連付けることが困難な内陸地殻内地震が存在し、これらの地震は「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」として推定することができないことを前提に、日本全国で共通に考慮すべき地震として地震ガイドで例示された16地震(「地表
地震断層が出現しない可能性がある地震」としては14地震)等を検討対象とし、「震源を特定せず策定する地震動」を評価すべきであるとする点にある。そして.基準地震動策定の基本方針として、地震ガイドは、「基準地震動は、『敷地ごとに震源を特定して策定する地震動』及び『震源を特定せず策定する地震動』について、それぞれ解放基盤表面における水平方向及び鉛直方向の地震動として策定されていること。(2(1))」、「『敷地ごとに震源を特定して策定する地震動』及び『震源を特定せす策定する地震動』を相補的に考慮することによって、敷地で発生する可能性のある地震動全体を考慮した地震動として策定されていること。(2(4))」と定めていることに照らせば、地震ガイドは「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」の関係を対等なものと位置付けており、また、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」を十分に検討することによって「震源を特定せず策定する地震動」が生じ得ないと考えることなどできないことを前提としているとみるのが相当である。そして、地震ガイドは原子力規制委員会によって新規制基準の適合性判断の審査に資する目的で策定されたものであるから、以上のような地震ガイドの考え方は、新規制基準の解釈としても妥当すべきものと解される。よって、債務者の「震源を特定せず策定する地震動」を付加的・補完的なものと位置付ける主張を採用することはできない。
(d)債務者の策定した基準地震勣Ss-2の評価
前記(c)で説示・判断した「震源を特定せず策定する地震動」の位置付けを踏まえて、債務者が策定した基準地震動Ss-2について評価すると、まず、債権者らが、Mw6.5の直下型地震の地震勣を想定すぺきであると主張する点については、前記(1)オ(ア)fのとおり、原子力規制委員会は、パブリックコメントにおいて債権者らの上記主張と同様の指摘があったことに対し、「震源を特定せず策定する地震動は、震源と活断層を関連付けることか困難な過去の内陸地殻内の地震について得られた震源近傍における観測記録を収集・検討し、敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定することを求めています。・‥地震ガイドでは、上記のような地震の観測記録に基づいて評価することを求めており、単に仮想的なMw6.5の地震動を評価することを求めているわけではありません。」などとの考え方を示し、債務者が策定した基準地震勧Ss-2を是認している。地震ガイドにおいても、原子力規制委員会の示した上記考え方と同趣旨の記載がされていると認められ、その定め自体が不合理であると認めるに足りる疎明もないから、この点に関する債権者らの主張には理由がないといわざるを得ない。
次に、債権者らが、債務者か留萌支庁南部地震の本件観測点以外の観測記録を用いた地震動評価を行っていないことについて、債務者が除外した観測記録中にも留萌支庁南部地震を超える地震動を観測したものがある可能性があり、留萌支庁南部地震の本件観測点以外の地点セ本件観測点を上回る地震動が発生した可能性があることを指摘して、債務者の策定した基準地震動Ss-2が過小である旨主張する点についても、前記(1)オ(ア)fのとおり、原子力規制委員会は、パブリックコメントにおいて債権者らの上記主張と同様の指摘があったことに対し、「他の地震については地盤情報が不足していることや、観測結果そのものに非線形情報が含まれている等、現時点では評価が不適切なものになると認識しています。」との考え方を示すなどして、債務者が策定した基準地震動Ss-2を是認している。現時点において、債務者が除外した観測記録に関して高精度の地盤情報が備わっておらず、留萌支庁南部地震において本件観測点を上回る地震動を観測した観測記録は存在しない以上、債務者が策定した基準地震動Ss-2は現時点における最新の知見に基づき評価されたものとみることかできるから、債務者による基準地震動Ss-2の策定及びこれに対する原子力規制委員会の新規制基準への適合性判断が不合理とまでは認められないというべきである。 このように、現時点の基準地震動Ss-2については不合理とまでは認められないものの、今後債務者が安全性確保に対する十分な姿勢を示すとともに、新規制基準の趣旨に沿う、より安全側に立った基準地震動Ss-2の評価を行うためには、債務者自身が主張するように、今後、債務者が除外した観測記録に係る地盤情報に関して新たな知見が得られるなどした場合には、これらの観測記録に基づく「震源を特定せず策定する地震動」の評価を実施していくべきである。
e 基準池震動Ssの策定に当たって包絡線とすべきか
債権者らは、債務者が基準地震勣Ssの策定に当たって基準地震勣Ss-2につき留萌支庁南部地震で観測された波形を基本的にはそのまま用いていることについて、安全側に立つならば当該波形を包絡するような直線を設定して基準地震動Ssを設定すべきであり、債務者の策定した基準地震勣Ssは偽装ともいうべきものであるなどと主張しているが、この点について、債務者は、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」と「震源を特定せず策定する地震動」は個別に評価すべきものとされているのであって、債務者が意図的に地震動評価手法を変更した事実はなく、債権者らが主張するように観測記録から離れて基準地震動Ss-2の波形を包絡させて基準地震動Ssを策定することになれば、耐震安全上念のために考慮すべき観測記録(事実)の特徴を見逃しかねないこととなり、新規制基準の基本的な考え方に反することになると主張して、基準地震動Ss-1の設計用応答スペクトル(最大加速度:540cm/S2)と基準池震動Ss-2の応答スペクトル(最大加速度:620cm/ S2)を併せて基準地震動Ssを策定しているところ、その結果は、前記(1)オ(ア)gのとおり、原子力規制委員会においても是認されている。しかも、仮に債権者らが主張するように地震動を引き上げる形で包絡させた場合には、基準地震動Ss-2の波形情報が変容して耐震安全上考慮すべき波形の特徴が失われたり希薄化する可能性があり、常に安全側に立つことにはならないというべきであることを考慮すれば、債務者による基準地震動Ssの策定及び原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断が不合理なものとはいえない。 なお、このような基準地震動Ssの定め方は、前記(1)イ(ア)aのとおり、電気協会耐震設計技術指針(JEAG4601一2008)によっても定められているものであるところ、電気協会耐震設計技術指針は、前記(1)イ(イ)c(a)のとおり、原子力規制委員会によりエンドースはされていないものの、関係各方面の多くの専門家(規格に直接の利害関係を持つ事業者・産業界のみならず、国をはじめとする規制機関及び検査機関あるいは中立的な立場の研究機関等第三者団体からの参加者を含む。)が関与して、相当期間・多数回の検討・審議を行うなどして策定・改訂されてきたものであり、原子力発電所耐震設計技術規程として運用するには至らないが、今後、改良が期待される新技術に関することや規格として定めることが必要ではあるものの研究開発課題である事項等、一律に定めることが困難又は不適当な数多くの事項がある場合の技術的内容を扱うものとして定められたものであるから.基本的には原子力発電所の耐震安全性を高めるものと評価できるところ、債務者もその趣旨から最新の知見等が反映された具体的な評価手法が記載されているものとして参照し、基準地震動Ssを策定したのであって、このことからも債務者による基準地震動Ssの策定及び原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断が不合理なものとはいえないというべきである。
(オ)基準地震動超過地震による重大事故の防止
a 耐震設計上確保される耐震安全上の余裕
債務者は、そもそも技術基準として要求される評価基準値自体が実際に建物等や機器・配管系が壊れる限界値との関係で十分な余裕が確保されている上、耐震設計において評価基準値に対しても上限値とならないように工学的な判断に基づく余裕が確保されており、加えて、放射線に対する遮へいの要求等から建物の壁がより厚く設計されるなど、耐震以外の要求から更なる余裕が付加されているなどと主張しているところ、前記(1)ウ(オ)bのとおり、本件原子炉施設の耐震設計・耐震安全性の確認において、債務者が評価基準値に対して上限値とならないように工学的な判断に基づく余裕を確保し、放射線に対する遮ヘいの要求等から建物の壁をより厚く設計していることなどが認められる。 この点、債権者らは、例えば、評価基準値自体に含まれる余裕については、建物等の材質のばらつきや溶接・保守管理の良否等の不確定要素を踏まえて余裕を持たせているものであるなど、それぞれ耐震安全性そのものとは別の目的に基づき要求される余裕であるとして、これらの余裕を考慮すべきでないと主張する。確かに、これらの余裕が設けられている趣旨に照らせば、例えば、耐震設計を行うに当たっての許認可等の際にこれらの余裕を考慮することは相当ではない。しかしながら、本件申立てにおいて問題となる人格権侵害のおそれの有無を検討するに当たっては、地震の影響により放射性物質の大規模な放出を伴う重大事故の発生が実際に生じ得るかどうかが問題とされるべきところ、その地震動の影響を上記余裕によって抑え込めるのであれば、上記重大事故の発生も防止できることとなる関係にあるのであるから、これらの余裕を考慮することができるというべきである。 そして、これらの余裕により、本件原子炉施設の耐震安全性が相当程度高まることについては、前記(1)ウ(カ)の本件実証実験の結果、同(キ)のストレステストの結果からもうかがえる(なお、前記(1)ウ(キ)aのとおり、ストレステストは本件原子炉施設がシステム全体として有する耐震裕度を評価するものであるから、同テスト後に追加の安全対策が施されていることを考えると、その耐震安全性は相当程度向上していると見るべきであり、同テスト後に基準地震動Ssが540cm/S2から620cm/S2に引き上げられていることから直ちにその耐震裕度が小さくなったということはできないと解される。)。 また、前記(1)カ(ア)によれば、前記前提事実(5)ウの基準地震動超過地震によっても各原発に大きな損害が生じなかったことが認められ、前記(1)カ(イ)のとおり、外部機関(IAEA)の分析によれば、その要因として、耐震設計上の安全余裕等が指摘されているのであるから、このことからも上記の安全余裕が基準地震動超過地震による地震動の影響を抑制する作用を有していることが基礎付けられるというべきである。 なお、債務者は、原子力発電所の耐震設計では一般建物に要求される静的地震力の3倍の静的地震力を用いているところ、この静的地震力による耐震設計で高い耐震安全性が確保されることについては、これまでに発生した地震における一般建物の地震被害調査結果から明らかになっているなどと主張し、この点に関しては前記(1)ウ(ク)のとおり、兵庫県南部地震(M7.2)について日本建築学会が実施した、神戸市灘区、東灘区及び中央区のうち震度7に相当する地域における鉄筋コンクリート造建物の全数被害調査の報告によって、その調査対象の約84%が建物の挙動が弾性域の範囲に収まっていたと考えられる「軽微」までの被害にとどまっていたとされることなどが認められるが、実際に被害が生じていることなどに鑑み、この点は本件原子炉施設の耐震安全上の余裕があることの裏付けとなるとみることまではできないと考える。
b 本件原子炉施設の安全確保対策
債務者は、本件原子炉施設に係る安全確保対策として、前記(1)エ(ア)の従来からの多重防護の考え方に基づく設計を行うことによる安全対策に加え、新規制基準に従い、(イ)、(ウ)のとおり、福島第一原発における事故の教訓等を踏まえて重大事故が発生し得ることを前提とする安全対策(シビアアクシデント対策)として、保安設備の追加配備や運用面を含めた対策等を行っている。この安全対策の方針については、前記(1)オ(ウ)のとおり、原子力規制委員会により新規制基準への適合性が認められるとの判断が示されている。 これらの安全対策は、福島第一原発における事故を踏まえて見直しが行われ、同事故の教訓を生かして、放射性物質の大規模な放出を防ぐことのできる実践的・実効的な対策が強化されたと評価すべきものである。したがって、これらの安全対策により、地震動の影響により本件原子炉施設の安全上重要な施設・設備に問題が生じた場合でも、放射性物質の外部環境への大規模な放出を相当程度防ぐことができることとなったというべきである。
(カ)将来得られる知見への対処
地震学及び地震工学には現時点では未解明な部分や発展途上の部分も見られること、原子力発電所の潜在的な危険性が大きいことなどに鑑みれば、原子力発電所における耐震安全性の確保は、関連諸科学の発展等によって、現在の規制基準あるいは債務者による安全対策が不十分又は誤りとなってしまうことを想定し、適切な時点で適正かつ必要な見直しを行うことが不可欠となる。 この点、原子炉等規制法は、発電用原子炉設置者等の原子力事業者等の責務として、「原子力施設における安全に関する最新の知見を踏まえつつ、核原料物質、核燃料物質及び原子炉による災害の防止に関し、原子力施設の安全性の向上に資する設備又は機器の設置、保安教育の充実その他必要な措置を講ずる責務を有する」ことが定められているところ(同法57条の9)、債務者は、本件原子炉施設の耐震安全性の確保に関し、「債務者は、基準地震動の想定手法が、新たな知見及び観測記録の蓄積などによって高度化してきた経緯を踏まえ、今後も地震観測の充実等を図り、地域的な特性の把握の精度向上に努めるなどの取組を継続して実施し、更なる安全性信頼性の向上に努めることが肝要であると認識している。」旨主張し、関連諸科学の発展等に伴い、適切な時点で適正かつ必要な見直しを行う姿勢を示しているものと認められる。
(キ)小括
以上によれば、前記国のとおり債権者らの主張を検討してもなお、前記(エ)のとおり、本件原子炉施設に係る基準地震動Ssの策定及び耐震安全性の評価に関し、原子力規制委員会が示した新規制基準への適合性判断及び現在継続中の調査審議の過程に不合理な点がないことについて、債務者の側において、相当の根拠を示し、必要な資料を提出して、主張疎明されたものと認められることに変わりはなく、加えて、債務者は、前記(オ)のとおり、耐震設計及びその他の目的から耐震安全上の余裕を確保するとともに、多重防護の考え方に基づく安全確保対策や福島第一原発における事故を踏まえた重大事故対策(シビアアクシデント対策)を施しており、さらには、前記(カ)のとおり、債務者としては、本件原子炉施設の耐震安全性の確保に関し、地震学等の関連諸科学の発展に伴い、適切な時点で適正かつ必要な見直しを行う姿勢を示しているものと認められ、これらの債務者の取組や姿勢も本件原子炉施設の耐震安全性の確保に大きく寄与するものと評価することができる。 なお、既に述べたとおり、原子力規制委員会が、安全目標(事故時におけるセシクム137の放出量が100TBqを超えるような事故の発生頻度を10-6/年程度を超えないように抑制すること)を定めており、この安全目標が達成される場合には、健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができると解されるところ、この安全目標は、原子力規制委員会が原子力による規制を進めていく上で達成を目指す目標とされているものの、新規制基準においては事故の発生頻度が安全目標を下回ることが具体的に求められている訳ではない。しかし、前記1(2)イのとおり、原子力規制委員会は、安全目標を踏まえて新規制基準や各種審査基準を制定・策定していると解されること、前記(1)ウ(オ)aのとおり、本件原子炉施設については、確率論的安全評価によってどこまで適正に安全性を評価することができるかという点で一定の限界があるもののその評価手法に基づいて算定された基準地震動Ssの年超過確率が10-4/年~10-5/年程度とされていること、耐震安全上の余裕の確保、多重防護の考え方に基づく安全確保対策、福島第一原発事故における事故を踏まえた重大事故対策等が実施された結果、厳しい重大事故を想定しても環境に放出されるセシウム137の放出量が7日間で約5.6TBq(事故後100日間で約6.3TBq)にとどまることなどを考えると、安全日標が求める安全性の値を考慮しても、本件原子炉施設に係る基準地震動Ssの策定及び耐震安全性の評価に不合理な点があるとは認められない。
(3)債権者らの主張について
前記(2)ア(ア)及びイ(ウ)によれば、本件原子炉施設の耐震安全性に関しては、債務者の側において、原子力規制委員会が制定・策定した新規制基準の内容及び原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点のないことを相当の根拠を示し、かつ、必要な資料を提出して主張疎明を尽くしたこととなるから、本件申立てにより本件原子炉施設の運転差止めが認められるためには、債権者らにおいて、本件原子炉施設の安全性に欠ける点があり、債権者らの人格的利益が現に侵害され、又は侵害される具体的危険性があることについて主張疎明しなければならないこととなる。 この点、債権者らは、本件原子炉施設には大規模な地震が発生した場合の「冷やす」機能及び「閉じ込める」機能の維持について重大な欠陥があるとして、債権者らの人格的利益が現に侵害され、又は、侵害される具体的危険性がある旨主張するが、前記(2)イ(オ)のとおり、本件原子炉施設の耐震設計上、相当程度の耐震安全上の余裕が確保されていることに加え、安全確保対策が施されていることを考慮すれば、債権者らとしては、本件判断枠組みにおいて、単に本件原子炉施設敷地に基準地震動Ssを超過する地震動をもたらす地震の発生可能性があることを主張疎明するのみならず、その影響により耐震設計上の安全余裕や安全確保対策をもってしても放射性物質の大規模な放出を伴う重大事故の発生が避けられないことをも疎明する必要があると解するのが相当である。ところが、債権者らは、上記主張に関して具体的な疎明資料を提出していないため、このような事故の発生が避けられないと認めるに足りる疎明はないといわざるを得ない。
(4)小括
以上によれば、地震に起因する本件原子炉施設の事故の可能性により債権者らを含む周辺住民の生命、身体等の人格的利益が侵害され又はそのおそれがあると認めることはできない。
3 火山事象により本件原子炉施股が影響を受ける可能性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点3)について
(1)認定事実
ア 火山に関する新規制基準について
(ア)内容
火山に関する新規制基準の内容は、別紙「新規制基準の定め」のとおりであり(乙198)、火山ガイドの内容は、別紙「原子力発電所の火山影響評価ガイド」のとおりである(甲60、乙151)。 なお、新規制基準の内容が簡潔な記載にとどまっているため、原子力規制委員会の新規制基準への適合性審査も火山ガイドに大幅に依拠して行われている(乙44)。
(イ)制定・策定過程
a 参考とされた専門的知見
前記前提事実(7)イのとおり、火山ガイドは、原子力規制委員会によって平成25年6月19日に策定されたものであるところ、その策定に当たっては、日本電気協会策定の「原子力発電所火山影響評価技術指針(JEAG4625-2009)」(乙152)及びIAEA Safety Standards「VolcanicHazards in Site Evaluation for Nuclear lnstallations(No.SSG-21、2012)」(乙153、199)という国内外の専門的な知見が参考とされた(甲60、 乙151)。
b 策定過程
(a)火山ガイドの策定に当たっては、発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム及び火山に関する規制基準検討会等において、中田節也(東京大学地震研究所教授)、藤田英輔(独立行攻法人防災科学技術研究所主任研究員)、山崎晴雄(首都大学東京教授)及び山元孝広(独立行政法人産業技術総合研究所主幹研究員)の4名の専門家からの意見聴取が行われた(甲64の1・2、乙154~156)。 このうち、平成25年3月28日に開催された発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム第20回会合において、中田節也教授は「原子力発電所の火山影響に関する考え方」について講演し、その中で、次のような説明を行ったとされる(乙64、164)。 ① カルデラ火山の破局的噴火の観測例は世界のどこにもないため、このような噴火の予測には非常に大きな問題がある。 ② カルデラ火山の破局的噴火の頻度が極めて低いと認められれば、仮に過去の噴火の際に火砕流が到達した地点に建造物があっても問題がないといえる。 ③ モニタリングによって的確に異常が捉えられるかどうか、あるいは、最大噴火に至る先行現象を認識できるかどうかということが、カルデラ火山の破局的噴火が将来起こるかどうかを判断するための大きな材料となると考えられる。 ④ カルデラ火山の破局的噴火の先行現象としては、姶良カルデラにおいては、その最大噴火直前に比較的大きな噴火が起こったことが特徴として指摘され、阿蘇カルデラ及び姶良カルデラにおいては、それ以前にないような高温の溶岩波が非常に広範囲に噴出された例が認められており、その他にも、地震による液状化及び地すべり現象が破局的噴火の前に起こったことが指摘されている。こうした先行現象を見逃さなければ、カルデラ火山の破局的噴火が近づいているということが認識できるものと考えられる。 ⑤ 各カルデラ火山の噴火についても規則性があることが示されており、南九州のカルデラ火山の破局的噴火についても、一つのカルデラだけではなく、加久藤・小林カルデラ、姶良カルデラ、阿多カルデラ及び鬼界カルデラを含む広域的な範囲で捉えると、統計的に評価することができるであろうと考えられる。 ⑥ 南九州のカルデラ火山について階段ダイヤグラムを用いた場合、比較的きれいな階段を描くことができ、将来におけるカルデラ火山の破局的噴火の発生確率を検討する際に材料として用いることができるものと考えられる。 ⑦ カルデラが形成されるような巨大噴火では数十年から数百年の短い期間にマグマが大量に生成され、噴火の場所に一気に充填されるので、マグマの変動量が非常に大きく記録されることになり、モニタリングをすることによってその変化を認識し得る。 ⑧ マグマの大量蓄積により火山周辺で地殻変動が起こる可能性も指摘されている。 ⑨ 地下におけるマグマの存在は確認できたとしても、どれぐらいの量が溜まっているかについては現在の火山学では明らかにすることはできないが、マグマの変動量を基に、どれだけの量がどれだけの割合で膨らんでいるかという分析をすることはできる。 また、上記のうち、火山に関する規制基準検討会の開催に先立って、原子力安全基盤機構において、平成25年3月14日及び同年4月2日に研修会が開催されるとともに、同年5月27日に開催された火山に関する規制基準検討会第1回会合において、出席した専門家からは、火山噴火の既往最大嵐視、過去に10km3以上の大規模噴火をした火山において30万年以上10km3以上の噴火をしていない火山をモニタリング対象外とすることの妥当性、国のモニクリング情報の活用を含むモニタジングの方法及び降下火砕物の影響について、今後十分に検討する必要があるとのコメントがあったとされる(甲64の1・2、乙155、156)。
(b)火山ガイドの策定に当たっては、専門家だけでなく、広く国民の意見を募集し、意見を適切に反映することを目的として、パブリックコメントが実施され、原子力規制委員会において、寄せられた意見についても検討がなされた(乙157、158)。
(c)策定された火山ガイド及び債務者の火山影響評価については、火山に関する規制基準検討会において、中田節也(東京大学地震研究所教授)、長谷中利昭(熊本大学教授)、中川光弘(北海道大学教授)、藤田英輔(独立行政法人防災科学技術研究所主任研究員)、山元孝広(独立行政法大産業技術総合研究所主幹研究員)及び宮城磯治(独立行政法大産業技術総合研究所主任研究員)の6名の専門家に対して説明が行われたが、出席者からは、火山ガイドに同検討会で実施している火山影響評価に関する技術知見の整備に関する研究の成果が反映されるように進めることか必要であるとのコメントがあったとされるが、それ以上に火山ガイド及び債務者の火山影響評価自体に対する異論は出されなかったようである(乙159)。
イ 債務者による火山影響評価
債務者は、新規制基準及び火山ガイドに従い、前記前提事実(10)イのとおり、本件原子炉施設に係る火山影響評価を行った。その評価の具体的な内容は次のとおりである(甲62、 乙1の3の5、57、59)。
(ア)鹿児島地溝全体としてのVEI7以上の噴火の平均発生間隔は約9万年であり、当該地域における最新のVEI7以上の噴火は約3.0万年前ないし約2.8万年前であることから、鹿児島地溝については、VEI7以上の噴火の活動間隔は最新のVEI7以上の噴火からの経過時間に比べて十分長く、本件原子炉施設の運用期間中におけるVEI7以上の噴火の活動可能性は十分低い。
(イ)①Nagaoka(1988)(乙65)による噴火ステージ、②鍵山恒臣編「マグマダイナミクスと火山噴火、地球科学の新展開3」(20Q3)、東宮(1997)(乙70)などの知見によるマグマ溜まりの浮力中立点に関する検討及びRoche, 0 and Duitt,T.H.「Onset ofcandera collapse during ignimbrite erupltions.」(2001)、篠原宏志ほか「火山研究解説集;薩摩硫黄島」(2008)(乙71、以下「篠原ほか(2008)」という。)などの知見によるメルト包有物・鉱物組成等に関する分析結果などによれば、VEI7以上の噴火時のマグマ溜まりは少なくとも地下10km以浅にあると考えられること、③Druitt,T.H.et al.「Decadal to monthlytimescales of magma transfer and reservoir growth at a caldera volcano.」(2012)(乙74、以下「Druitt et al.(2012)」という。)がVEI7以上の噴火直前の100年程度の間に急激にマグマが供給されたと推定している知見を踏まえ、地球物理学的調査の情報から各カルデラの地下構造を推定した知見や国土地理院による電子基準点の解析結果などに基づいてマグマの供給状態を推定し、また、階段ダイヤグラムに基づく噴火ステージの評価を行ったところ、現在のマグマ溜まりの状態がVEI7以上の噴火直前の状態ではないと評価できるから、阿蘇カルデラ、鹿児島地溝のカルデラ及び鬼界における本件原子炉施設の運用期間中のVEI7以上の噴火の活動可能性は十分に小さい。
(ウ)運用期間中の噴火規模については、阿蘇カルデラ、鹿児島地溝のカルデラ及び鬼界における噴火はVEI6以下の既往最大を、その他の9火山については各火山の既往最大規模をそれぞれ考慮することとするが、その噴火によって生じる設計対応不可能な火山事象(火砕物密度流、溶岩波、岩屑なだれ、地滑り及び斜面崩壊、新しい火口の開口、地殻変動)が本件原子炉施設敷地に影響することはないものと判断される。
(エ)本件原子炉施設敷地の半径5kmの範囲に火砕流堆積物が認められていることから、設計対応不可能な火山事象が過去に敷地に到達したことが否定できない加久藤・小林カルデラ、姶良カルデラ及び阿多カルデラに加え、阿蘇カルデラ、鬼界を対象に運用期間中にモニタリングを行う。 その方針としては、①VEI7以上の噴火の先行現象であるマグマの供給時に変化が表れる地殻変動及び地震活動について、既存観測網等による地殻変動及び地震活動の観測記録、公的機関による発表情報等の収集・分析を行い、第三者の火山専門家の助言を得た評価を定期的に行う(警成時には臨時に行う)ことで火山活動状況に変化がないことを確認することとし、②対象火山の状態に変化が生じた場合は、設計対応不可能な火山事象を伴うVEI7以上の噴火への発展可能性を評価し、その可能性がある場合には原子炉の運転停止、燃料体の搬出等を実施することとしている。
(オ)本件原子炉施設の安全性に影響を与える可能性のある火山事象としては、前記(ウ)の運用期問中に本件原子炉施設敷地に影響を及ぼさないものと判断できる火山事象の他に降下火砕物(火山灰等)があるが、これについては、過去最も影響が大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷地付近において層厚12.5cm以下)を踏まえ、本件原子炉施設に層厚15cmの降下火砕物(火山灰等)が生じた場合についての評価を行い、防護設計を行った。
ウ 原子力規制委員会による新規制基準への適合性審査
(ア)適合性審査における審査過程
a 原子力規制委員会による本件原子炉施設に係る新規制基準への適合性審査においては、島崎邦彦(東京大学名誉教授・元原子力規制委員会委員長代理)ら原子力規制委員会の委員のほか、地質・火山に関する専門的知識を有する専門職員を含む多くの原子力規制庁職員によって、債務者からのヒアリング及び審査会合が多数回行われ、科学的・技術的な見地に立って、債務者の評価が火山ガイドに沿ったものであることが確認されている(乙160)。
b 適合性審査の結果については、原子力規制委員会が「本件原子力発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案」としてとりまとめ、債務者の火山影響評価が妥当であるとの判断が示された(乙2、161)。 その上で、上記審査書案については、広く国民の意見を募集し、意見を適切に反映することを目的として、パブリックコメントが実施されており(乙162)、寄せられた意見も踏まえて「本件原子力発電所の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書」(甲72、 乙44、 58)が了承された(乙163)。
(イ)適合性審査の判断内容
原子力規制委員会は、債務者の行った火山影響評価について、前(ア)bの審査書において、次のような判断を示した。
a 原子力規制委員会は、債務者が抽出した本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火山(検討対象火山)について、地理的領域の設定や階段ダイヤグラムの作成等に基づくものであり、火山ガイドを踏まえたものとなっていることを確認した(甲72、 乙44、58)。
b 原子力規制委員会は、債務者が行った本件原子炉施設の運用期間中における検討対象火山の活動の評価について、過去の活動履歴の把握や地球物理学的調査に基づくものであり、火山ガイドを踏まえたものとなっていることを確認した(甲72、乙44、58)。 また、原子力規制委員会は、債務者が上記評価結果に基づき、本件原子炉施設の運用期間中に設計対応不可能な火山事象によって本件原子炉施設の安全性に影響を及ぼす可能性は十分小さいとしていることについても、それが妥当であると判断した(甲72、 乙44、58)。
なお、原子力規制委員会は、本件原子炉施設に影響を及ぼし得る火山(検討対象火山)の抽出に関し、前記(ア)bの審査書案に対するパブリックコメントにおいて、「階段ダイヤグラムを用いた評価や、鹿児島地溝全体としてVEI7以上の噴火の平均発生間隔を9万年としている評価は不適切ではないか。」との指摘があったことに対し、「階段ダイヤグラムを用いた火山噴火履歴の検証は、精度の問題はあるものの、活動履歴を把握する手法として有効と考えています。その際、個々のカルデラでは、必ずしも明確な周期性は確認されていませんが、鹿児島地溝における複数の火山を一括して評価していることについては、大局的な考察手法として捉えています。なお、個別火山の活動可能性については、岩石学的、地球物理学的な既知の知見を基に総合的に評価されており、その結果を確認しています。」との考え方を示している(甲68、乙63)。 同様に、原子力規制委員会は、上記パブリックコメントにおいて、「Nagaoka(1998)による噴火ステージの考え方は、一般化できないのではないか。」(なお、「Nagaoka(1998)」は、Nagaoka(1988)の誤記である。以下同じ。)との指摘があったことに対しては、「Nagaoka(1998)による知見は、姶良カルデラ、阿多カルデラ及び鬼界を対象として検討されているものであり、有用な知見であると考えています。」との考え方を示しており、「『Druitt et al.(2012)』の論文は、ミノア噴火という過去1回の事例だけについて述べているのであって、南九州のVEI7以上の噴火が同様であるという論拠にはならないのではないか。」との指摘があったことに対しては、「申請者は、ミノア噴火の事例のみならず、Nagaoka(1998)による噴火履歴に関する知見をはじめ、過去の活動間隔、岩石学的情報、測地学的情報によるマグマ溜まりの知見、マグマ溜まりの浮力中立点に関する検討、GPSによる観測結果等により、現在のマグマ溜まりがVEI7以上の噴火直前の状態でないと評価しており、原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいとした申請者の評価は妥当であると判断しています。なお、一つの知見がすべての火山に適用可能とは考えていません。様々な知見に基づいて総合的に評価していくことが重要と考えています。」との考え方を示している(甲68、 乙63)。
c 原子力規制委員会は、債務者が策定した本件原子炉施設周辺のカルデラ火山を対象とするモニタリングの方針について、設計対応不可能な火山事象が過去に本件原子炉施設敷地に到達したことが否定できない火山を監視対象として抽出し、その監視項目及び監視の方法、定期的評価の方針及び火山活動の兆候を把握した場合の対処方針を示していることなどから、火山ガイドを踏まえたものとなっていることを確認した(甲72、乙44、58)。 この点、債務者は、本件原子炉施設に係る保安規定変更認可申請において、火山活動のモニタリング及び破局的噴火への発展の可能性につながる結果が観測された場合における必要な判断・対応を行う体制の整備として、次の内容を含む計画を策定することとし、実施基準を設けるなどしているが、現時点で同計画は未策定である(甲73、 74、乙85)。 ①火山活動のモニタリングのための活動を行うために必要な要員の配置 ②火山活動のモニタリングのための活動を行う要員に対する教育訓練 ③原子炉停止の計画策定 ④燃料体等め搬出等の計画策定
d 原子力規制委員会は、債務者が行った設計対応不可能な火山事象の影響評価に関し、降下火砕物(火山灰等)について、過去最も影響が大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷地付近において層厚12.5cma以下)を踏まえ、本件原子炉施設に層厚15cmの降下火砕物(火山灰等)が生じた場合を想定して防護設計を行うなどしており、これらの評価・対策が火山ガイドを踏まえたものとなっていることを確認した(甲72、乙44、 58)。
(ウ)モニタリング検討チームにおける妥当性の確認
a 原子力規制委員会は、平成26年8月20日、火山活動に対する原子力施設の安全を確保するという観点から、巨大噴火につながるような火山活動に対して適切に対応するための火山学上の知見や考え方を整理するための「原子力施設における火山活動のモニタリングに関する検討チーム」(以下「モニタリング検討チーム」という)を設置した(乙164)。 モニタリング検討チームは、現在、石渡明(原子力規制委員会委員・前東北大学東北アジア研究センター教授)、藤井敏嗣(東京大学名誉教授)、石原和弘(京都大学名誉教授)、中田節也(東京大学地震研究所教授)、島崎邦彦(東京大学名誉教授)、篠原宏志(独立行政法人産業技術総合研究所活断層・火山研究部門首席研究員)、棚田俊収(独立行政法人防災科学技術研究所観測・予測研究領域総括主任研究員)、井口正人(京都大学防災研究所火山活動研究センター長)、清水洋(九州大学大学院理学研究院附属地震火山観測研究センター長)及び地質・火山に関する専門的知識を有する専門職員を含む原子力規制庁職員5名のメンバー(この他にオブザーバーとして3名が参加)から構成されている(乙164、165)。
b 平成26年8月25日に開催されたモニタリング検討チーム第1回会合で、石原和弘名誉教授は、債務者が降下火砕物(火山灰等)の評価に関し、過去最も影響が大きかったと考えられる約1.3万年前の桜島薩摩噴火を想定していることについて、「大まかなところでは妥当」との印象を持つ旨発言している(甲65、乙82)。
c 平成26年12月16日に開催されたモニクリング検討チーム第3回会合では、「原子力施設に係る巨大噴火を対象とした火山活動のモニタリングに関する基本的考え方(案)」(乙166、以下「基本的考え方」という。)について同意された(乙165)。 「基本的考え方』では、本件原子炉施設に関する原子力規制委員会の適合性審査における考え方(①原子力規制委員会が、本件原子炉施設について、現状では運用期間中にVEI7以上の巨大噴火活動の可能性は十分低いと判断していること、②債務者が、巨大噴火を対象とした火山活動のモこ=タリング(既存観測網等による地殻変動及び地震活動の観測記録、公的機関による情報の収集・分析等)を実施するとしていること)を前提として、「何らかの異常が検知された場合には、モ二タリングによる検知の限界も考慮して、“空振りも覚悟のうえ”で巨大噴火の可能性を考慮した処置を匯ずることが必要である。また、その判断は、原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきである」といったモニクリングに関する考え方が示されている(乙166)。
d 前記cのモニタリング検討チーム第3回会合では、火山学会提言(甲100、乙167)について、火山学会全体の最大公約数の意見をまとめたものであり、前記cの基本的な考え方とほぽ一致する内容であること、「今後、例えば海外で新たに噴火が起きたとか、あるいは研究の進展に伴って新たな事実が分かったというような場合は、新知見をどんどん取り入れて考慮しながら規格・基準等を見直していく必要がある」との趣旨であることなどが確認されている(乙165)。
エ カルデラ火山の破局的噴火が起きた場合の影響
(ア)カルデラ火山の破局的噴火が起きた場合には、周辺部の数百万人は火砕塊のため即死し、日本列島に住む数千万人以上が分厚くたまった火山灰の中で交通機関も、食料もなく生活不能状態となる(甲109、111、乙61)
(イ)鹿児島地溝におけるカルデラ火山について
a 小林哲夫・矢野徹「南九州の地質・地質構造と温泉」(2007)は、南九州で最も顕著な地形である鹿児島地溝について、1000万年前から始まった沖縄トラフの形成・拡大と関連して形成された火山構造性地溝であり、その内部に南から阿多カルデラ、始良カルデラ及び加久藤・小林カルデラを含み、現在でも活火山が多く存在する地溝であるとしている(乙62)。
b中田節也「火山噴火の規則性とその意味』(2014)は、南九州のカルデラ地域(鹿児島地溝)を一まとめにした上で、噴火頻度と噴火規模の相関関係を階段ダイヤグラムによって把握し、これを将来のカルデラ噴火の発生確率の推定に活用することができる可能性を指摘している(乙168)。
(ウ)噴火ステージ論について
a Nagaoka(1988)は、鹿児島地溝のカルデラ火山の噴火サイクルに関し、火山性堆積物の分析等に基づき、始良カルデラ及び阿多カルデラにおいては、破局的噴火に先行してプリ二ー式噴火が断続的に発生する「プリニー式噴火ステージ」、破局的噴火が発生する「大規模火砕流噴火ステージ」、破局的噴火後の残存マグマによる火砕流を噴出する「中規模火砕流噴火ステージ」及び多様な噴火様式の小規模噴火が発生する「小規模噴火ステージ」の四つの噴火ステージが周期的に発生し、5~8万年間続く噴火マルチサイクルを構成しているとし、深海に沈む鬼界カルデラにおいては、噴火口にかかる高い水圧のため、例外的に「プリニー式噴火ステージ」と「中規模火砕流噴火ステージ」が存在しなかったとの見解を示している(乙65)。
b 小林哲夫ほか「大規模カルデラ噴火の前兆現象ー鬼界カルデラと姶良カルデラ」(2010)は、姶良カルデラの破局的噴火に関し、シラス台地が広大な地域を厚く覆っているため破局的噴火の前兆現象について顕著な事例は見つかっていないとしつつも、破局的噴火に先立ってプリニー式噴火による火砕流の発生があったことや、10万年という長期間でみると、姶良カルデラの内部あるいは周辺で7500年に?度の頻度で噴火が発生し、破局的噴火直前の3000年間には噴火の頻度が1000年に一度に急増していたこと、最近10万年間のマグマ噴出量が徐々に増加してきており、直近の前兆現象ではないが破局的噴火に向けられた注目すべき現象であることなどを指摘している(乙66)。
c 前野深「カルデラとは何か:鬼界大噴火を例に」(2014)は、鬼界カルデラにおける破局的噴火においても、プリニー式噴火が破局的噴火(大規模火砕流及びカルデラ陥没を引き起こす噴火)に先行したとした上で、破局的噴火にプジニー式噴火が先行するとの特徴は多くのカルデラ火山における破局的噴火で報告されていると指摘する(乙67)。
(エ)カルデラ火山の破局的噴火に至るマグマ溜まりの状況について
a 荒牧重雄「カルデラ噴火の地学的意味」(2003)は、カルデラ火山の破局的噴火の特徴は、地下数kmにあるマグマ溜まりに存在していた大量の珪長質マグマが発泡し、急激な体積の膨張に伴ってマグマの一部が地表に噴出するというメカニズムにあるとした上で、1000km3を超えるようなマグマか短時間に噴出するためには、その何倍もの量の液体マグマがその時点で地下のマグマ溜まりに蓄えられていなければならず、過去のカルデラ火山の破局的噴火とその結果生じたカルデラの生成機構に照らせば、多くのマグマ溜まりの上端は地表から極めて浅いところに位置すると指指摘する(乙68)。
b 東宮(1997)によると、マグマ溜まりは時間と共に各マグマの密度に応じた浮力中立点へと移っていく傾向があるとされ、この知見によれば、珪長質マグマ(デイサイト質又は流紋岩質。SiO2の含有量は62%以上)の場合は、マグマ溜まりが深さ7km以浅に形成されることになる(乙68、70)。 過去の破局的噴火をみても、鬼界カルデラにおける約7300年前の破局的噴火の直前には、深さ3~7kmにかけて巨大な波紋岩質マグマが存在していたとされ(榛原ほか(2008)、乙71)、また、最近の知見では、海外の事例から破局的噴火前のマグマ溜まりの深さが3.5~6kmであるとの見解や、姶良カルデラの破局的噴火前のマグマ溜まりの深さを従来の7~10kmよりもかなり浅い部分であったとの見解が示されている(乙72、 73)。
c Druitt et a1.(2012)は、紀元前1600年代後半のミノア期に起きたギリシア・サントリーニ火山の大規模噴火の際に生じた化学的(組成)緊密構造を示す結晶を用いた分析により、大規模噴火直前の100年程度の期間に急激にマグマが供給され、その際のマグマの増加率が0.05km3/年を超えていたと推定されるとしている(乙74)。
(オ)各カルデラ火山の破局的噴火の可能性(特にマグマ溜まりの状況)について
a 始良カルデラ
始良カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については、井口正人ほか「桜島昭和火口噴火開始以降のGPS観測2010年~2011年」(2011)によると、GPSによる地盤変動の観測結果から桜島のマグマ溜まりが深さ6kmに位置し、姶良カルデラ中央部のマグマ留まりが深さ12kmに位置することが想定されている(乙75)。
b 加久藤・小林カルデラ
加久藤・小林カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については、鍵山恒臣ほか「霧島火山群の構造とマグマ供給系」(1997)(乙76)及びGoto,T.et al.「The resistivity structurearound the hypocentral area of the Ebino earthquake swarm in Kyushu district,Japan.」(1997)(乙77)によると、加久藤・小林カルデラの地下約10km以浅に低比抵抗領域が認められないとされており、マグマ溜まりが低比抵抗となることから.すると、この領域の地下約10km以浅にはマグマ留まりが形成されていないものと考えられる。
c 鬼界カルデラ
鬼界カルデラにおけるマグマ溜まりの状況については、前野深ほか「鬼界カルデラにおけるアカホヤ噴火以降の火山活動史」(2001)によれば、現在継続している火山活動は約7300年前の破局的噴火(アカホヤ噴火)の際のマグマと異なる新たなマグマによるものである(乙78.なお、同論文では、アカホヤ噴火の時期につき「6.3ka」と記載されているが、乙59、 67、71により、約7300年前と認定する。)。また、篠原ほか(2008)によれば、メルト包有物に関する検討から、鬼界カルデラの地下3kmにマグマ溜まりの存在が推定され、現在の火山ガスの放出量から見積もられた、噴出せずに地下で脱ガスしたマグマの総量が80km3以上と推定されるものの、その噴出物の分析により、現時点において、下部に玄武岩マグマ、上部に流紋岩.マグマ、その中間に安山岩マグマが存在するものの、放出される火山ガスのほとんどが下部の玄武岩マグマを起源としていると考えられる旨指摘されている(乙71)。
d 阿蘇カルデラ
阿蘇カルデラにおけるマグマ溜まりの状況について、三好雅也ほか「阿蘇カルデラ形成後に活動した多様なマグマとそれらの成因関係について」(2005)は、火山噴出物の分布状況等の分析結果から、阿蘇カルデラの地下には大規模な珪長質マグマ溜まりはないとし(乙79)、Sudo,Y.and Kong L,S.L 「Three-dimensional seismic velocity structure beneath Aso Volcano, Kyushu, Japan.」(2001)も、地震波速度構造の解析結果から、地下6kmに小さな低速度領域(マグマ溜まりと考えられる)が認められるのみであるとし(乙80)、高倉伸一ほか「MT法による阿蘇カルデラの比抵抗断面」(2000)も、比抵抗構造の解析結果から、阿蘇カルデラの地下10km以浅に大きな低比抵抗領域(マグマ溜まりと考えられる)は認められないとしている(乙81)。
e BPT分布による破局的噴火の発生確率の算定
鹿児島地溝のカルデラ火山(姶良カルデラ、加久藤・小林カルデラ及び阿多カルデラ)において、債務者が想定した規模を超える破局的噴火が今後1年間に発生する確率を、BPT分布(地震発生確率の計算において用いられている手法で、1.15×10-8(1億分の1.15)となる(乙83)。
(カ)本件原子炉施設運用期間中のカルデラ火山の破局的噴火の可能性
火山学者50人にアンケートを実施したところ、そのうち29人がカルデラ火山の破局的噴火によって本件原子炉施設が被害を受けるリスクがあると回答したとの報道があるほか(甲41)、日本におけるカルデラ火山の破局的噴火の頻度が1万0.73~1.0%と推定することができるとする見解もある。)であり、最新の噴火が7300年前(鬼界カルデラ)であるから、警戒すべき時期に差し掛かっていると指摘する火山学者が一定数存在する(甲43、 111、115、118、乙67)。
(2)本件原子炉施設の火山事象に対する安全性について
ア 新規制基準の合理性
(ア)新規制基準の内容についての評価
原子力規制委員会が策定した新規制基準及びその具体的内容を定める火山ガイドは、前記(1)ア(イ)aのとおり、国内外の専門的な知見を踏まえ、同bのとおり、発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム及び火山に関する規制基準検討会等において、火山学の専門家からの助言・提言を受けながら、相当期間・多数回にわたる検討・審議を行った上、一般からの意見募集とその検討を経て、前記前提事実(7)アのとおり、原子力利用における安全性の確保に関する専門的知見等を有する委員長及び委員から或る原子力規制委員会によって策定されたものであり、その策定に至るまでの調査審議や判断過程に看過し難い過誤や欠落かあると認められない。また、その内容をみても明らかに不合理な点は見出せず、原子力規制委員会は、安全目標の考え方を踏まえて新規制基準や火山ガイドを策定しているものと解される。 これらによれば、新規制基準及び火山ガイドは、福島第一原発における事故の経験等をも考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らし、その内容に不合理な点はうかがわれない。よって、債務者の側において、新規制基準の内容に不合理な点がないことについて、相当の根拠を示し、必要な資料を提出して、主張疎明されたものと認められる。
(イ)債権者らの主張について
債権者らは、火山ガイドが、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価された場合でも、原子力発電所に影響を及ぼし得る火山が抽出されていれば、その火山活動のモニクリングと火山活動の兆候把握時の対応を適切に行うことを条件付けている点に関し、現在の火山学ではマグマ溜まりの状況等により破局的噴火の前兆を捉え、確実に噴火を予知することは不可能であり、仮に破局的噴火を予知することができたとしてもその時期は噴火の直前にならざるを得ず、数か月、数年前といった早い時期から噴火の発生を予測できるわけではないと考えられるから、その予知後に本件原子炉施設から核燃料等を運び出す時間などないことは明らかであって、そうすると、モニタリング等を行い噴火の兆候を捉えて対処するという火山ガイドの発想自体、現在の火山学に照らして不合理なものであり、科学的根拠を欠いていると主張する。
この点、原子力規制委員会及び原子力規制庁の認識としても、火山ガイドの策定時においては、破局的噴火の前兆現象を確実に把握でき、その把握から噴火に至るまでの期間が数十年程度あることを前提としていたことがうかがわれるところ(甲70、 乙30、 84)、破局的噴火の前兆現象としてどのようなものがあるかという点や、前兆現象が噴火のどれくらい前から把握が可能であるかといった点については、火山学が破局的噴火を未だ経験していないため、現時点において知見が確立しているとはいえない状況にある。 もっとも、火山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリングは、検討対象火山について、設計対応不可能な火山事象が原子力発電所の運用期間中に影響を及ぼす可能性が十分小さいと評価されたことを前提に、その後においても影響を及ぼす可能性が十分に小さいことを継続的に確認することを目的として行うものであって、噴火の時期や規模を正確に予知することを求めるものではないと解される。その上で、前記(1)ア(イ)bの発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム第20回会合における中田知也教授の講演での説明④、⑦~⑨及び同(ウ)、(エ)の知見によれば、破局的噴火に至る前兆現象としてプリニー式噴火が生じたり、急激なマグマ溜まりの形成・発展、あるいは地殻変動等が生じることが指摘されているところ、これらの知見に加え、火山ガイドの附則』においても、「本評価ガイドは、今後の新たな知見と経験の蓄積に応じて、それらを適切に反映するように見直して行くものとする。」とされており、前記(1)ウ(ウ)cのとおり、多数の火山専門家も参加するモニタリング検討チームで同意された基本的な考え方において、「何らかの異常が検知された場合には、モニタリングによる検知の限界も考慮して、“空振りも覚悟のうえ”で巨大噴火の可能性を考慮した処置を講ずることが必要である。また、その判断は、原子力規制委員会・原子力規制庁が責任を持って行うべきである」といったモニタリングに関する考え方が示されていることをも併せ考慮すれば、火山ガイドが条件付ける火山活動のモニタリングは、その目的に照らして実効性のないものと断じることはできず、火山学の知見に照らしても不合理なものではないと認めるのが相当である。 なお、火山学会の原子力問題対応委員会は、前記前提事実斑ウのとおり、火山学会提言を公表しているが、前記(1)ウ(ウ)dのとおり、その趣旨は、モニタリング検討チームで同意された基本的な考え方とほぼ一致するものであって、「今後、例えば海外で新たに噴火が起きたとか、あるいは研究の進展に伴って新たな事実が分かったというような場合は、新知見をどんどん取り入れて考慮しながら規格・基準等を見直していく必要がある」というものにとどまり、新規制基準及び火山ガイドの内容を否定する趣旨までは含んでいないとみるのが相当である。
イ 新規制基準への適合性判断の合理性
(ア)原子力規制委員会は、前記前提事実(12)のとおり、本件原子炉施設に係る発電用原子炉設置変更を許可し、その際、前記(1)ウのとおり、債務者の行った本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価について、新規制基準への適合性を判断している。 債権者らは、本件原子炉施設が立地する九州地方におけるカルデラ火山の破局的噴火は、約7300年前の鬼界カルデラの噴火が最後となっているが、破局的噴火の周期が5000~1万6000年に1同程度と考える見解もあること(周期が約9万年に1回とする債務者の主張には根拠がないこと。)、債務者の主張する噴火ステージ論にも根拠がないことからすると、このような破局的噴火がいつ起こってもおかしくない状況であり、近い将来に発生する可能性も十分にあることに加え、姶良カルデラにおいて約3万年前に発生した破局的噴火の火砕流が本件原子炉施設の敷地まで達していた可能性があることをも併せ考慮すると、カルデラ火山の破局的噴火が発生してしまうと、その火砕流によって本件原子炉施設が破壊されることになるから、本件原子炉施設が、火山ガイドの定める「原子力発電所の運用期間中に火山活動が想定され、それによる設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に影響を及ぼす可能性が小さいと評価できない場合」に該当することは明らかであって、立地不適と判断されるべきであるなどと主張する。
(イ)この点、本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価についての原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断は、前記前提事実(7)アのとおり、原子力利用における安全性の確保に関する専門的知見等を有する委員長及び委員から成る原子力規制委員会により、前記(1)ウ(ア)のとおり、債務者からの多数回にわたるヒアリング及び審査会合や、一般からの意見募集及びそこで提出された意見の検討を経て示されたものであり、その調査審議及び判断過程が適正を欠くものとうかがわれる事情はなく、むしろその調査審議は厳格かつ詳細に行われたものと評価できる。 なお、原子力規制委員会の委員長及び委員の中に火山学の専門家は含まれていないものの、前記(1)ア(イ)a及びb(a)のとおり、火山ガイドの策定に当たって国内外の知見を参照し、専門家からのヒアリングを実施するなど、専門的知見の収集に努めてきたものであり(甲64、乙156も参照)、前(1)ウ(ア)aのとおり、原子力規制庁には火山に関する専門的知見を有する職員が含まれており、本件原子炉施設の新規制基準への適合性判断の審査に関与していたこと、前記(1)ア(イ)b(c)のとおり、債務者の行った火山影響評価については、火山に関する規制基準検討会において火山の専門家に対する説明がなされたが、出席者から特に異論が出なかったことがそれぞれ認められる。
(ウ)また、債務者は、前記(1)イ(ア)及び(イ)のとおり、鹿児島地溝全体としてVEI7以上の噴火の平均発生間隔を把握し、階段ダイヤグラムによる噴火ステージの評価を行い、かつ、各カルデラ火山の地下のマグマ溜まりの状況に関する知見等を考慮して、本件原子炉施設の運用期間中におけるVEI7以上の噴火の活動可能性がヤ分に低いものと判断しているところ、原子力規制委員会は、前記(1)ウ(イ)a及びbのとおり、このような債務者による火山事象(カルデラ火山の破局的噴火に伴う事象)の影響評価について、火山ガイドを踏まえたものであり、新規制基準への適合性が認められるものと判断している。これらの債務者及び原子力規制委員会の判断は、前記(1)ア(イ)bの発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム第20回会合における中田節也教授の講演での説明や前記(1)エ(イ)~(オ)の専門的知見によりても基礎付けられているというべきである(なお、上記専門的知見のうち、特にNagoka(1988)の噴火ステージ論及びDruitt et al.(2012)のミノア噴火に関する知見をあたかも一般理論のように依拠していることに対しては、強い批判もみられるが、これらの知見もマグマ溜まりの状況等その他の知見や調査結果と総合考慮されるものであるから、上記批判が一部妥当するとしても債務者及び原子力規制委員会の判断全体が不合理なものとまで認めることはできないと考えられる。)。 これに対し、前記(1)エ(カ)のとおり、日本においてカルデラ火山の破局的噴火の活動可能性が十分に小さいとはいえないと考える火山学者も一定数存在するが、前記前提事実(10)ウ及び前記(1)ウ(ウ)dのとおり、火山学会全体の最大公約数の意見をまとめた火山学会提言でもこの点に関して特に言及されていないことに照らせば、上記認識が火山学会の多数を占めるものではないとみるのが相当である。また、日本においてカルデラ火山の破局的噴火の活動可能性が十分に小さいとはいえないと考える火山学者においても、破局的噴火の頻度は小さいもりであるとの認識は共通しており、そうした火山学者の指摘は、破局的噴火については観測例が存在せず、その実体や機序が不明で噴火を予知することも不可能と考えられることなどから破局的噴火の活動可能性を否定できないとする趣旨とみるべきであり、本件原子炉施設周辺のカルデラ火山において破局的噴火の危険性が高まっていることを具体的に指摘する見解は見当たらない(甲43、77、99、109.115、142、143参照)。 なお、債務者及び原子力規制委員会が、前記(1)イ(ウ)及び(オ)並びにウ(イ)b及びdのとおり、上記のカルデラ火山の破局的噴火以外の火山事象により本件原子炉施設の安全性に影響を与える可能性があるものとして降下火砕物(火山灰等)のみを挙げ、その余の火山事象は本件原子炉施設に影響を及ぼさないものと評価していることや、降下火砕物(火山灰等)としては過去最も大きかった約1.3万年前の桜島薩摩噴火(敷地付近において層厚12.5cm以下)を踏まえ、本件原子炉施設に層厚15cmの降下火砕物(火山灰等)が生じた場合を想定して防護設計等を行うこととしていることについても、前記(1〕ウ(ウ)bの石原和弘名誉教授の発言等に照らし、火山学の専門的知見と矛盾するものではなく、その判断に不合理な点は認められない。 これらによれば、本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価についての原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に、看過し難い過誤、欠落があるとは認められず、福島第一原発における事故の経験等をも考慮した最新の科学的知見及び安全目標に照らしても、不合理な点があるとまでは認められないというべきである。
(エ)以上によれば、本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価についての原子力規制委員会による新規制基準への適合性判断に不合理な点がないことについて、債務者の側において、相当の根拠を示し、必要な資料を提出して、主張疎明されたものと認めるのが相当である。 これに対し、債権者らは、本件原子炉施設に係る火山事象の影響評価に関し、本件原子炉施設の安全性に欠ける点があり、債権者らの生命、身体等の人格的利益が現に侵害されているか、又は侵害される具体的な危険性があることについて、上記主張の他に具体的に主張疎明していない(なお、債権者らは、火山ガイドにおいて立地不適と判断される場合には、カルデラ火山の破局的噴火によって債権者らの人格権が侵害される具体的危険性か認められることを当然の前提とするようであるが、前記(1)エ(ア)のとおり、カルデラ火山の破局的噴火が起きた場合の影響は甚大なものであり、本件原子炉施設にその影響が及ぶ場合には債権者らを含む周辺住民にも当該噴火の影響が直接及ぶことが想定されるところ、本件原子炉施設に破局的噴火の影響が及ぶことにより債権者らの人格的利益がいかなる態様及び機序(因果関係)により侵害され、又は侵害される具体的危険性があるのかについても主張疎明すぺきであると解される。この点についても債権者らの主張疎明は不十分であるといわざるを得ない。)。
(3)小括
以上によれば、本件原子炉施設の火山事象に対する安全性を検討しても債権者らを含む周辺住民の生命、身体等の人格的利益の侵害又はそのおそれに結びつくような安全性の欠如が存すると認めることはできない。
4 本件避難計画等の実効性と人格権侵害又はそのおそれの有無(争点4)について
(1)適正な避難計画の策定が求められること
本件原子炉施設は新規制基準に適合しており、地震に起因する事故の可能性や火山事象により影響を受ける可能性に関する債権者らの主張及び疎明資料を検討してみても、本件原子炉施設を差し止めるに足りる人格権の侵害又はそのおそれがあると認めることはできないことは、既に述べたとおりである。 しかしながら、新規制基準に適合したからといって、地震に起因する本件原子炉施設の重大事故(健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴うような事故)や火山事象により本件原子炉施設が重大な影響を受けることがおよそあり得ないと認められる訳ではないし、現時点で地震学及び火山学の知見に照らしても、本件原子炉施設の重大事故に結びつく地震又は本件原子炉施設に重大な影響を与える火山事象がおよそ起こり得ないとまで認めることはできず、ただ重大事故等の発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができると判断できるにすぎない。 そのように極めて小さな可能性であっても、重大事故発生の危険性を全く排除できない以上、本件原子炉施設において重大事故が発生した場合に、周辺住民が適切に避難できる避難計画が策定されるべきであることはいうまでもなく、そうした適切な避難計画が策定されていないまま本件原子炉施設を稼働させる場合には、周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれが存すると解する余地がある。 そこで、本件原子炉施設に係る周辺住民の避難計画が適切に策定されているか否か、周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれに結びつくような避難計面の策定の不備が存するか否かについて検討する。
(2)認定事実
ア 原子力災害対策指針の定め
(ア)原子力安全委員会は、原子力発電所等の周辺における防災活動をより円滑に実施するための専門的・技術的事項として「原子力施設等の防災対策について」をとりまとめてきたが、平成23年3月に福島第一原発における事故が起こり、従来の原子力防災について多くの問題点が明らかとなり、平成24年3月に原子力安全委員会の原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループからの報告並びに国会、政府及び民間の各事故調査委員会からの報告等により、住民等の視点を踏まえた対応の欠如、複合災害や過酷事象への対策を含む教育・訓練の不足、緊急時の情報提供体制の不備、避難計画や資機材等の事前準備の不足、各種対策の意思決定の不明確さ等に関する見直しについても多数の提言がされた(乙35、91)。 原子力規制委員会は、上記の各事故調査委員会からの報告等を考慮し、原子力災害対策指針を数度にわたり全面改正した(最終改正は平成25年9月5日、乙35、91)。
(イ)同原子力災害対策指針においては、緊急事態への対応状況を、準備段階・初期対応段階・中期対応段階・復旧段階に区分し、各区分における防護措置実施の基本的考え方について、次のように指摘している(乙35、91)。 a 準備段階では、原子力事業者、国、地方公共団体等がそれぞれの行動計画を策定して関係者に周知するとともに、これを訓練等で検証・評価し、改善する必要があること b 初期対応段階では、情報が限られた中でも、放射線被曝による確定的影響を回避するとともに、確定的影響のリスクを最小限に抑えるため、迅速な防護措置等の対応を行う必要かあること c 中期対応段階では、放射性物質又は放射線の影響を適切に管理することが求められ、環境放射線モニクリングや解析により放射線状況を十分に把握し、それに基づき、初期対応段階で実施した防篠措置の変更・解除や長期にわたる防護措置の検討を行う必要があること d 復旧段階では、その段階への移行期に策定した地域の長期的な復旧策の計画に基づき、通常の社会的・経済的活勣への復帰の支援を行う必要があること
(ウ)そして、緊急事態の初期対応段階においては、福島第一原発における事故の教訓を踏まえ、放射性物質の放出開始前から、施設の状況に応じて設定した「緊急事態の区分」に基づき予防的防護措置を実施するとともに、万一の放射性物質の放出の際には緊急時モニタリング結果に基づき緊急時防護措置を実施することとされている(乙91)。 この「緊急事態の区分」は発電所の状況に応じて警戒事態、施設敷地緊急事態及び全面緊急事態の3つの区分に細分され、また、「原子力災害対策重点区域」は、発電所からの距離を目安に、PAZ、UPZ及びUPZ外の3つの区分に細分されている。
a警戒事態
(a)発電所の状況
公衆への放射線による影響やそのおそれが緊急のものではない異常事象(震度6弱以上の地震、大津波警報発令、外部電源の喪失、一次冷却材の漏えい等)が生じた状況
(b)住民の避難行動
PAZ圏内の要援護者の避難準備(避難先、輸送手段の確保等)を開始
b 設敷地緊急事態
(a)発電所の状況
公衆に放射線による影響をもたらす可能性のある事象(一次冷却材の大規模漏えい、全交流電源の喪失(30分間以上)、原子炉格納容器内の圧力の想定を超える上昇等)が生じた状況
(b)住民の避難行動
PAZ圏内の要援護者に30km圏外への避難を指示、PAZ圏内の一般住民は避難準備(避難先、輸送手段の確保等)を開始
c 全面緊急事態
(a)発電所の状況
公衆に放射線による影響をもたらす可能性が高い事象(一次冷却材の大規模漏えいの発生かつ非常用炉心冷却装置による注水の不能、全交流動力電源の喪失(1時間以上)、原子炉格納容器の設計圧力超過等)が生じた状況
(b)住民の避難行動
PAZ圏内の一般住民に30km圏外への避難を指示し、UPZ圏内の住民(「要援護者」、「一般住民」)に屋内退避を指示
d 放射性物質が放出された場合
放射性物質が放出された場合は、その拡散により比較的広い範囲において空間放射線量率等の高い地点が発生する可能性があり、このような事態に備えて、国、地方公共団体及び原子力事業者は、緊急時モニタリングを迅速に行い、その測定結果を防護措置を実施すべき基準に照らして、必要な措置の判断を行い、これを実施する。避離ないし一時移転を求められるケースは以下のとおりである。
(a)地上1mで計測した場合の空間放射線量率が500μSv/h(OIL1)を超過した地域の住民に対して、1日以内の避難を指示 (b)同空間放射線量率20μSv/h(OIL2)を超過した地域の住民に対して、1週間程度以内の一時移転を指示
イ 本件避難計画等について
本件原子炉施設に係る原子力災害対策重点区域を管轄に含む地方公共団体(薩摩川内市、いちき串木野市、阿久根市、鹿児島市、出水市、日置市、姶良市、さつま町及び長島町)は、本件避難計画等を策定しているところ、その概要は、以下のとおりである(乙92~96、審尋の全趣旨)。
(ア)警戒事態における対応
a 薩摩川内市は、「原子力災害職員配置表」に基づき、治根地区に5名、寄田地区に5名、水引地区に15名、峰山地区に7名の合計32名の職員を配置する。 b 薩摩川内市内のバス事業者等は、鹿児島県又は薩摩川内市の要請に備え、バスの配車準備を開始する。 c PAZ圏内避難の対象となる4地区内のコミュニティセンターを拠点に、地区単位のコミュニティを活用した情報伝達を実施する。 d コミュニティセンターヘ派遣された市の職員は、IP無線により薩摩川内市災害対策本部と情報を共有し、市災害対策本部は、入手した情報を防災行政無線等で伝達する。 e 医療機関、社会福祉施設、小中学佼、保育所、在宅の避難行動要支援者への情報伝達は薩摩川内市災害対策本部から実施する。必要に応じ、自治会長等と協力し、情報伝達を行う。
(イ)施設敷地緊急事態における対応(PAZ圏内の要援護者の避難)
a 医療機関・社会福祉施設(7施設)の入居者363人及び職員100人(合計463人)の避難先には、鹿児島市と姶良市の施設が確保されている。 b 在宅の避難行動要支援者457人及び支援者457人(要支援者のうち412人については避難時の支援者が存在。要支援者のうち45人については、薩摩川内市、対象地区公民館長、民生委員等を集めた協議会を通じて支援者を確保。)(合計914人)は、避難先施設に輸送し、その後、避難先施設で指定された福祉避難所へ移動する。 また、避難することにより健康リスクが高まる考85人及び支援者85人(合計170人)は、放射線防護機能を付加した近傍の屋内退避施設(5施設)に輸送する。 c 小中学校及び保育所の児童、生徒及び幼児の合計385人、職員89人(合計474人)は、警戒事態の時点で保護者に引き渡す。保護者への引渡しができない児童等は、施設敷地緊急事態になった場合、予定された避難所にバスで移動し、その場で保護者に引き渡す(避難計画としては児童等の全員について保護者への引渡しができない場合で想定)。 d 前記a~cの合計約2000人に対して必要となる輸送力は、バス52台、福祉車両25台である。薩摩川内市内のバス会社や債務者の車両により、必要台数を確保する。
(ウ)全面緊急事態(放射性物質放出前)における対応
a PAZ圏内の一般住民について、自家用車で避難させるとともに、自家用車による避難ができない住民816人、観光客等一時滞在者225人(想定対象人数約1000人)を鹿児島市内のあらかじめ定められた避難先ヘバス等で移送する。 これらの移送のためバス33台が必要となるところ、薩摩川内市内のバス会社が保有する車両総数のうち、施設敷地緊急事態で使用する車両を除く残りの車両から31台を、債務者が確保する車両2台以上を(施設敷地緊急事態要避難者の避難時に使用した車両を再利用)、それぞれ確保する。 b UPZ圏内の住民については、予防的防護措置として、屋(エ)全面緊急事態(放射性物質放出後)における対応(UPZ国内の住民の避難) c 放射性プルーム(気体状又は粒子状の放射性物質を含んだ空気の一団)が通過している間に屋外で行動するとかえって被曝のリスクが増加するおそれがあるため、屋内退避を継続する。 b その後、原子力災害対策本部が、緊急時モニタリングの結果に基づき、空間放射線金串が20μSv/h以上となる区域を1日以内に特定する。当該区域の住民は原子力災害対策本部の指示によりおおむね1週間以内に一時移転を実施する。 なお、空間放射線量率が500μSV/h以上となる区域が特定された場合は、当該地域の住民を速やかに避難させる。 c 一時移転等の指示は、国の原子力災害対策本部から、鹿児島県及び関係市町に対し.TV会議システムを用いて伝達する。関係市町から、住民、自治会、消防団、農協、漁協、医療機関、社会福祉施設等への伝達は、防災行政無線、広報車、緊急速報(エリアメール等)、電話、FAX等のあらゆる情報発信手段を活用して行う。 d 鹿児島県は、緊急時モニタリングの結果、予め計画していた避難先の空間放射線量率が高い場合は、避難先候補施設リストが入力された「原子力防災・避難施設等調整システム」により調整し、避難先を選定した上で、一時移転の指示をする。 e 医療機関・社会福祉施設については、鹿児島県では、本件原子炉施設から半径5~10km圏にある施設(10施設463人)について、PAZ圏内と同様、施設毎の避難計画を作成し、避難先(18施設、受入可能人数827人)を確保している。 f 10~30km圏にある医療機関、社会福祉施設(227施設9703人)については、避難先候補施設(496施設、入所定員4万3573人)を確保している。空間放射線量率が高い地域に特定された場合、鹿児島県は当該施設の入所者の避難先を「原子力防災・避難施設等調整システム」により調整し、避難先を選定した上で、一時移転の指示をする。 g教育機関等については、関係市町災害対策本部や関係市町教育委員会等の指示に従い、学校等の対応(屋内退避)及び保護者の迎え等について保護者宛てに連絡(メール配信等)し、速やかに保護者に引き渡す。 h在宅の避難行動要支援者については、同要支援者及び同居者並びに屋内退避や避難に協力してくれる支後者に対し、防災行政無線、エリアメール、TV、ラジオ等を用いて情報提供を行い、同要支援者の屋内退避・一時移転等を実施する。もし、連絡が通じない場合は、関係市町職員や消防団員等が、屋内退避・一時移転等の協力を実施する。 なお、一時移転等が必要となった在宅の避難行動要支援者は、関係市町が準備した避難先に一時移転等し、介護ベッド等が必要な同要支援者は福祉避難所等へ移動する。
(オ)その他の緊急時対応
a 放射線防護資機材、物資、燃料備蓄・補給策
(a)鹿児島県、関係市町では、必要となる放射線防護資機材、物資、燃料を備蓄している。 (b)鹿児島県及び関係市町が備蓄している物資が不足する場合、要請に応じ物資関係省庁は関係業界団体辱に調進要論を実施し、関係業界団体等は物資集積拠点へ物資搬送を行う。
b 緊急時モニタリングの実施体制
事故時には、緊急に放射線量・放射性物質濃度等を測定するための緊急時モニタリングを鹿児島県、国、債務者、指定公共機関等が連携して実施する。 本件原子炉施設の周辺地域では、本件原子炉施設を取り囲むように手径30km圏内と甑島に73局(鹿児島県設置:67局、債務者設置:6局)の測定局を用いて、環境放射線の24時間監視を行ぅている。 万一これらの測定局が使えなくなった場合に備え、鹿児島県は、可搬型モニタリングポスト(14台)、GPS追従型紬量率測定装置(30台)を配備しているほか、放射線量、放射性物質濃度を測定する測定装置や機材を搭載したモニタリングカー等を配備している。債務者においても、可搬型モニタリングポスト(5台)を配備しているほか、可搬型エリアモニタやモニタリングカー等を配備している。
c 緊急被曝医療の実施体制
必要に応じて、住民の安定ヨウ素剤の服用や救護所等における避難時の検査・除染等を実施する。 安定ヨウ粛剤については、PAZ圏内住民を対象に9回の説明会が実施され、平成26年7月27日には2420人に事前配布されており、緊急時においては、避難先となる市町に原則1か所ずつ設置される救護所において、検査、安定ヨウ素剤の投与、健康相談等が実施される。
(カ)国の実動組織による広域支援体制
地域レベルで対応困難な場合は、鹿児島県及び関係市町からの要請を踏まえ、原子力災害対策本部(官邸・原子力規制庁緊急時対応センター)の調整により、必要に応じ全国の実動組織(自衛隊、警察、消防及び海上保安庁)による災害派遣・原子力災害派遣、警察災害派遣隊、緊急消防援助隊、巡視船艇・航空機の派遣等が実施される。
ウ 防災会議による了承、原子力事業者間協定、原子力総合防災訓練について
(ア)防災会議による了承
前記前提事実(11)ウのとおり、平成26年9月12日に開催された原子力防災会議において、川内地域の防災・避難計画に関するワーキングチームの確認結果が報告され、川内地域の避難計画を含む緊急時対応は合理的かつ具体的なものとして定められていることが確認・了承された(乙97)。
(イ)原子力事業者間協定
原子力事業者12社は、万一原子力災害が発生した場合に備えて事業者間協力協定を締結し、災害収束活動で不足する放射線防護資機材等の物的な支援を実施するとともに、県境放射線モニタリングや周辺地域の汚染検査等への人的・物的な支援を実施することとされており、福島第一原発における事故の際には、債務者を含む原子力事業者11社が、人的応援活動(一日最大約300人、延べ6万人)や物資の提供(全面マスク約1000個、タイベックスーツ約1万6000着、放射線量の計測器(GMサーベイメーク約100台、個入線量計約600台等)等)を実施している(乙98)。
(ウ)原子力総合防災訓練
鹿児島県においては、川内1号機が試運転を始めた昭和58年度から、ほぼ毎年原子力総合防災訓練を実施しており、平成25年度は、国が主催し、130の防災関係機関、約3400人が参加して実施された(乙99)。
(3)本件避難計画等の合理性、実効性について
前記(2)ア及びイのとおり、福島第一原発における事故の教訓を踏まえ、原子力災害対策指針が全面改正され、その指針に従い、原子力災害対策重点区域を管轄に含む地方公共団体(薩摩川内市、いちき串木野市、阿久根市、鹿児島市、出水市、日置市、始良市、さつま町及び長島町)は本件避難計画等を策定したものである。 本件避難計画等においては、警戒事態、施設敷地緊急事態及び全面緊急事態(放射性物質放出前及び同放出後)のそれぞれの事態が発生した揚合に、PAZ、UPZ及びUPZ外の3つの地域に応じて採るべき避難行動が具体的に定められており、あらかじめ計画していた避難先施設が放射性物質の拡散状況等で使用できない場合に備えて、「原子力防災・避難施設等調整システム」により避難先を調整、選定する方策も定められている上、放射線防護資機材等の備蓄、緊急時の放射線量等の測定方策、安定ヨウ素剤の投与等についても、その方策が具体的に定められている。 また、本件避難計画等は、原子力防災会議においても、合理的かつ具体的に定められたものとして了承され、緊急時においては原子力事業者間協定に基づき他の原子力事業者からの支援も予定され、実際の緊急時を想定して国や鹿児島県等による原子力総合防災訓練も実施されている。 したがって、本件避難計画等は、現時点において一応の合理性、実効性を備えているものと認めるのが相当である。
(4)債権者らの主張についての検討
本件避難計画等について、債権者らは、避難時の輸送能力の不足等、要援護者の避難対策の不備、風向きに応じた対応の不備を指摘するので、以下検討する。
ア 避難時の輸送能力の不足等について
(ア)法政大学環境政策講師上岡直見「原発避難計画の検証」(甲31)には、①本件原子炉施設に係る避難圏内の各対象市町村に登録されているバスの30%が直ちに利用可能であり、各車両に平均15人が乗車するとして、本件原子炉施設に係る避難対象地域のバス乗車可能人数を推計すると、バス乗車可能人数は1万3739人となり、自家用車利用困難者数4万2571人を大幅に下回ること、②バス利用者は、自宅から一時集結所まで徒歩で移動した上、一時集結所での待ち時間があることから、自家用車で移動した場合と比較して、被曝量は約3倍になること、③「鹿児島県地域防災計画」によれば、本件原子炉施設からの避難経路の大部分は片側1車線の道路で、しかも経路は少数の国道に限られているという実情があるから、予想される避難状況を考慮し走行可能な車線を限定するなどの条件設定をして避難時間をシミュレートしてみると、国道のみを利用した避難者の本件原子炉施設半径30km圏内からの退避完了時間は43時間、国道・高速道路・主要地方道を利用できた避難者の退避完了時間は21.5時間になること、④原発事故の発生原因となった自然災害により、避難道路が破壊、切断されれば避難時間が更に延びる可能性があること、⑤避難時に燃料が十分でない自動車に、現実に燃料の補給ができるかという問題があることなどの指摘がなされている。 また、鹿児島県が民間業者に委託して行った住民の避難シミュレーションによれば、全員が自家用車で避難し、5km圏内の住民約5千人の9割が圏外に出た段階で5~30km圏に避難指示が出ると想定した場合、最も時間がかかるケースは、車1台に2人が乗り合わせ、南九州道が通行止めの場合で28時間45分であり、逆に、最短のケースは、4人が乗り合わせ、主な渋滞予想地点で交通32)。 新聞記事(甲120)には、実際に事故が起これば自分たちの判断で自主避難する住民が多くなるから、5km圏内と30km圏内の2段階で避難するという前提は現実的ではないとの問題点が指摘されている。
(イ)しかしながら、前記(2)イのとおり、原子力災害対策指針では、原子力災害時において、一斉に避難を行うことは想定されておらず、事態の進展状況と発電所からの距離に応じて、段階的に避難を行うこととされ、本件避難計画等もそれに基づいて策定されている。 すなわち、①発電所からの距離が概ね5km圏内(PAZ)においては、放射性物質の放出前に、避難等の措置を予防的に講じることとされ、②発電所からの距離が概ね5~30km圏内(UPZ)においては、ます予防的な措置として屋内退避を行い、その後、緊急時モニタリングによる空間放射線量率の測定結果を踏まえて、原子力災害対策指針で定める基準を超える地域を特定し、その特定地域の住民が一時移転等を行うこととされており、30km圏内の住民が一時に30km圏外に避難することまでは想定されていない。 既に述べたとおり、本件避難計画等は、福島第一原発事故の教訓等を踏まえて段階的避難を前提として策定されたものであり、その内容は一応の合理性、実効性を備えたものと認めることができるのであって、事故による放射性物質の放出量、気象条件(風力、風向き、降雨)、地形等の影響により、警戒事態、施設敷地緊急事態及び全面緊急事態への進展が時間的間隔なく急速に起こることがおよそあり得ないと断ずることはできないとしても、そうした重大事故の中でも更に発生確率の低い事態までを具体的に考慮していないからといって、本件避難計画等が直ちに合理性、実効性を欠くものであると認めることはできない。 また、前記の文献等が指摘するように、重大事故が起こって実際に避難を余儀なくされた場合には、避難時の渋滞発生、自然災害による道路の通行不能、避難時の燃料補給等、様々なトラブルが発生し得ることは否定できない。この点、避難計画では様々なトラブルに対する具体的な対処方法が策定されていることが望ましいが、一方で、ありとあらゆるトラブルを一つ一つ取り上げそれに対する対処方法を詳細に策定した場合には、避難計画自体が極めて複雑で膨大なものになってしまいかねないのであって、避難計画において情報の収集・伝達、避難者の範囲・避難時期及び避難先等の判断方法、避難の実施方法等の事項を実効性を備えたものとして策定し、発生し得るトラブルの一部については避難時の判断により対処することが前提とされていたとしても、その避難計画が直ちに合理性、実効性を欠くものであると認めることはできない。したがって、前記の文献等が指摘する問題点を踏まえても、本件避難計画等が一応の合理性、実効性を備えているとの認定を直ちに左右するものではないが、緊急時対応は、新たに得られた知見、住民の実態、防災訓練の結果等を踏まえ、更なる改善、充実に向けて不断の見直しが求められるべきものであり、そうした不断の見直しにより、上記のような問題に対処することが可能になるものと考えられる。
イ 要援護者の避難対策の不備について
(ア)債権者らは、要援護者の避難対策が不備であると主張し、この問題点を指摘する新聞記事(甲36の1・2、甲37~39)によれば、①30km圏内の要援後者の避難先となる30km圏外の病院や福祉施設がほぼ満員である、②UPZ(5~30km圏)の病院・福祉施設や在宅の要援護者については避難計画のめどは立っていない、③在宅の要援護者につき、受入先の確保が困難であり、健康状態もそれぞれで対応が難しい、④30kmまでの要援護者の避難計画の策定は現実的ではなく不可能であるなどの見解が記載されている。
(イ)しかしながら、前記(2)イ(イ)a、(エ)e~hのとおり、PAZ圏内及び5~10km圏にある施設については、施設毎の避鋒先候補施設が確保されており、10~30km圏にある医療機関、社会福祉施設については、避難先候補施設(496施設)が確保されており、空間放射線量率等の実際の状況を踏まえて、「原子力防災、避難施設等調整システム」により、避難先候補施設リストにより要支援者の避難先を選定する方法も策定されているのであって、債権者らの主張や上記疎明資料を考慮しても、本件避難計画等が一応の合理性、実効性を備えているとの認定を直ちに左右するものではない。
ウ 風向きによる放射性物質拡散について
債権者らは、風向きによっては被曝地域が本件原子炉施設から50~100km圏内の地域にも及び、避難先とされている鹿児島市内の一部も被曝地域になる危険が十分にあると主張する。 この点、気象観測記録や放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果(乙148~150)によれば、放射性物質の主な拡散方向は本件原子炉施設の西の海側であることが認められ、鹿児島市、姶良市を避難先とすることには一応の合理性があるものと認められる。なお、事故時の風向きによってはあらかじめ選定した避難先施設が使用できないことも想定されるが、その場合には、前記(2)イ(エ)fのとおり、避難先候補施設リストが入力された「原子力防災・避難施設等調整システム」により調整し、避難先を調整することが予定されている。 また、新聞記事(甲119)には、風向きや放射線量の測定結果により避難先を変更した場合に、住民に対して避難先の変更を周知できるのかとの問題点が指摘されているが、前記(2)イのとおり、本件避難計画等では、PAZ圏内及びUPZ圏内のそれぞれについて、住民、医療機関等、小中学校等の教育機関、在宅の避難行動要支援者及びその支援者等に対する情報伝達方法が具体的に定められており、避難先の変更が生じた場合においても、上記の情報伝達方法に従って情報が伝達されるものと考えられる。 したがって、債権者らの指摘する風向きの問題を考慮しても、本件避難計画等が一応の合理性、実効性を備えているとの認定を直ちに左右するものではない。
(5)立地指針の解釈について
昭和39年5月27日に原子力委員会により策定(平成元年3月27日一部改訂)された立地指針には、重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲を非居住区域とし、非居住区域は公衆か原則として居住しない区域とすることなどが定められており(甲141)、債権者らは、本件原子炉施設において放射性物質の大量放出を伴うような重大事故が発生した場合の民間調査会社によるシミュレーション結果を踏まえると、上記立地指針に照らして、本件原子炉施設から半径5km圏内は重大事故時に放射線の影響が発生し得ると判断される非居住区域としなければならず、また、本件避難計画等の実効性の不備を考慮すると、本件原子炉施設から半径10km圏内を非居住区域とすることすら考えられるなどと主張する。 しかしながら、立地指針は、立地条件の適否を判断するためのものであり、原子炉の平常運転時における公衆に対する放射線障害の防止に関連しての判断の基準を示すものとして定められたものではないし(甲141)、また、福島第一原発における事故を踏まえ、立地指針において、どういった事故を想定すべきか、住民と原子炉との位置関係をどのように規制するべきか等についての議論も煮詰まっていない。したがって、現時点で立地指針が改訂されていないとしても、立地指針を根拠にした債権者らの主張を直ちに採用することはできない。
(6)小括
以上のとおり、本件避難計画等は、現時点において一応の合理性、実効性を備えているものと認められ、緊急時においては原子力事業者間協定に基づき他の原子力事業者からの支援が予定され、実際の緊急時を想定して国や鹿児島県等による原子力総合防災訓練も実施されているなど、その実効性を担保するための種々の施策も行われているのである。 したがって、本件原子炉施設に関して策定されている本件避難計両等について、債権者らを含む周辺住民の人格権の侵害又はそのおそれに結びつくような不合理性、非実効性が存すると認めることはできない。 もっとも、前記で述べたとおり、本件避難計画等については、新たに得られた知見、住民の実態、防災訓練の結果等を踏まえ、更なる改善、充実に向けて不断の見直しが求められるべきものであり、そうした不断の努力を怠れば、避難計画等の内容が住民実態とかい離したり、緊急時対応に対する担当者や住民の意識低下を招くなどし、実際に重大事故が発生した場合に避難計両等に沿った具体的行動が採れない事態に陥ってしまいかねないのであって、債務者においては、国、地方公共団体との連携の下でこれらの不断の努力を継続すべきであることはいうまでもない。
5 結論
以上のとおり、債権者らが本件原子炉施設に関し具体的危険性があると主張するいずれの事項についても、債権者らを含む周辺住民の人格権が侵害され又はそのおそれかあると認めることはできないから、その余の点を判断するまでもなく、本件原子炉施設の運転差止めを命ずる本件仮処分命令の申立ては理由がない。 なお、本件仮処分決定においては、原子力規制委員会定めた安全目標が達成される場合には、健康被害につながる程度の放射性物質の放出を伴うような重大事故発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなものに保つことができ、そのレベルの安全性が達成された場合には、絶対的安全性が確保されたといえない場合であっても、周辺住民の生命、身体等の人格的利益の侵害又はそのおそれがあるとは認められないことを前提とした判断をしたものである。 もっとも、地震や火山活動等の自然現象も十分に解明されているものではなく債務者や原子力規制委員会が前提としている地震や火山活動に対する理解が実態とかい離している可能性が全くないとは言い切れないし、確率論的安全評価の手法にも不確定な要素が含まれていることは否定できないのであって、債権者らが主張するように更に厳しい基準で原子炉施設の安全性を審査すべきであるという考え方も成り立ち得ないものではない。したがって、今後、原子炉施設について更に厳しい安全性を求めるという社会的合意が形成されたと認められる場合においては、そうした安全性のレベルを基に周辺住民の人格的利益の侵害又はそのおそれの有無を判断すべきこととなるものと考えられる。 平成27年4月22日 鹿児島地力裁判所民事第3部 裁判長裁判官 前田 郁勝 裁判官 杉本 敏彦 裁判官 植野賢太郎 債 権 者 生駒 研二 上記12名代理人弁護士 森 雅美 板井 優 後藤 好成 東島 浩幸 原 章夫 清源善二郎 三藤 省三 松田 公利 近藤 恭典 紫藤 拓也 稲村 蓉子 長戸 和光 板井 俊介 小野寺信勝 加藤 修 久保田紗和 小林 法子 田尻 和子 菅 一雄 園田 昭人 田中 芳典 寺内 大介 中島 潤史 中松 洋樹 松岡 智之 三角 恒 宮崎 定邦 成見 正毅 成見 幸子 成見 暁子 谷口 純一 西田 隆二 山田 卓 工藤伸太郎 年森 俊宏 増田 良文 小林 孝志 山田 秀一 塩地 陽介 中島多津雄 竹村 幸恵 松岡 優子 成合 一弘 久保田博允 松田 幸子 織戸 良寛 橘 潤 青木 護 小豆野貴昭 井之脇寿一 岩本 研 岩井 作太 亀田徳一郎 蔵元 淳 高妻 価織 小堀 清直 白鳥 努 大毛 裕貴 野平 康博 増田 秀雄 増田 博 山口 政幸 吉田 稔 高橋 謙一 福留 英資 野間 俊美 末永 睦男 向 和典 黒沢佐和美 鴨志田祐美 玉利 尚大 泉 武臣 鈴木 穂人 永嶋 真倫 井口 貴博 中山 和貴 蔵前 有代 立山 秀彦 川邊みぎわ 下之菌優貴 吉崎 泰広 青山恵理子 江原 健太 金丸 祥子 前田 昌宏 中馬 敏之 増山 洋平 前原友紀子 鮫嶋 良子 三浦 杏奈 和田 浩 内山 成樹 只野 靖 同副代理人 河合 弘之 鹿島 啓一 中野 宏典 海渡 雄一 青木 秀樹 荒木 実 福岡市中央区渡辺通2丁目1番82号 債 務 者 九州電力株式会社 同代表者代表取締役 瓜生 道明 同代理人弁護士 堤 克彦