【メモ・データベース #031】福島第一原子力発電所事故 国際原子力機関(IAEA)事務局長報告書(要約) 記:2015.9.3(木)
Ⅰ 概 要
2015年8月31日、東京電力福島第一原子力発電所の事故に関するIAEAの最終報告書が公表されたので、備忘録として作成した。
これは要約。
全文(英文)は
http://m.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/iaea_report%20_Part1.pdf
http://m.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/iaea_report%20_Part2.pdf
http://m.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/iaea_report%20_Part3.pdf
http://m.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/iaea_report%20_Part4.pdf
http://m.greenpeace.org/japan/Global/japan/pdf/iaea_report%20_Part5.pdf
を参照願います。
なお、国際原子力機関(IAEA)は、1957年に設立され、現在159の主権国家(日本は機関の創立当初から指定理事国)を構成員とする国際機関の一つ。「核の番人」といわれる。
普遍的国際機関である国際連合(UN / United Nations)と密接な関連を有するが、国連の内部機関(総会、安全保障理事会、経済社会理事会など)や補助機関(軍縮委員会、人権理事会など)、専門機関(ILO、IMF、WHO、UNESUCOなど)などとは性格が異なる「その他の国際機関(自治機関)」である。
その目的は「原子力の平和的利用の促進。原子力の軍事的利用への転用の防止」とされるが、そもそもは、米国が核独占の野望を捨て、原子炉輸出による原子力産業振興に政策転換、ウラン・プルトニウムの軍事転用を阻止するための国際機関として設立させたもの。 その意味で、IAEAは、少なくとも「核廃絶・核軍縮推進機関」ではないと言われる(元IAEA広報部長・吉田 康彦氏『核・原子力・エネルギー問題ニューズ』2005年12月号 http://www.yoshida-yasuhiko.com/nanp/post-109.html))。
したがって、今回の報告は「眉に唾(つば)」をして精査する必要がある。
また、本報告書と、既出の国会事故調、政府事故調、民間事故調、東電事故調、原子力学会事故調の各報告書とよく比較・検証する必要がある。
なお、2012年12月に、天野之弥国際原子力機関(IAEA)事務局長と佐藤雄平福島県知事との間で ① 放射線モニタリング及び除染の分野における協力に関する福島県と国際原子力機関との間の実施取り決めを内容とする 「東京電力福島第一原子力発電所事故を受けた福島県と国際原子力機関との間の協力に関する覚書」 に署名しているほか、福島県立医科大学との間で ② 人の健康の分野における協力に関する福島県立医科大学と国際原子力機関との間の実施取り決め を、また外務省との間で ③ 緊急事態の準備及び対応の分野における協力に関する日本国外務省と国際原子力機関との間の実施取り決め に署名(締結)している。 ①は、
(1)放射線モニタリングに関する調査研究
a 福島における除染(ミッション、ワークショップ)
b 除染活動から生じた放射性廃棄物の管理(ミッション、意見交換)
c 無人航空機(UAV)による環境マッピング技術の活用(可動型ガンマ線分光システムのプロトタイプの開発)
d 分かりやすいマップ作成のための放射線モニタリング・データ活用上の支援(ミッションを派遣)
e 放射線安全及びモニタリング・プロジェクトの管理支援(専門家の任命による技術的アドバイスの提供) (2)オフサイト除染に関する調査研究 (3)放射性廃棄物管理に関する調査研究 を協力の範囲として特定し、
②は、
(1)健康管理調査 (2)能力開発及び研究 (3)啓発の強化 (4)専門家による支援、及び情報の交換 を協力の範囲として特定し、
③は、
(1)IAEAの放射線モニタリング機材の調達と同機材の福島県における保管、 (2)地方、国、および国際的な専門家のための研修等の実施、 (3)アジア太平洋地域において、原子力緊急事態を避けるためのあらゆる努力にもかかわらず同事態が発生した場合における同機材の使用 を協力の範囲として特定している。
しかし、IAEAは主権国家を構成員とする国際機関であり、なんらかの国際的合意を目指す行為(「条約」「協約」「協定」「規約」「憲章」「宣言」「交換公文」「議事録」「議定書」など、名称の如何を問わず)を行うのは、本来、主権国家及び国際組織間の合意に基づき行うのが筋であり、国際組織たるIAEAと、主権国家を代表する地位にない国内組織(自治体もしくはその長①、一般公法人(医大)②)との間で締結(署名)するのは、法的に可能かどうかはともかく、「いびつな姿」と言わざるを得ないことに留意する必要がある。
また、同月、郡山市で行われたIAEA福島閣僚会議地元説明会において、「原子力推進側である、IAEAに福島県民の健康評価を委ねるつもりはない」と言い切った住民もいるなど、紛糾したことも留意する必要がある。
Ⅱ 報 道
IAEA最終報告書「原発が安全との思い込み」
2015.9.1 NHK NEWS WEB
IAEA=国際原子力機関は、東京電力福島第一原子力発電所の事故を総括する最終報告書を公表し、事故の主な要因として「日本に原発が安全だという思い込みがあり備えが不十分だった」と指摘したうえで、安全基準を定期的に再検討する必要があると提言しました。 IAEA=国際原子力機関は31日、福島第一原発の事故について40を超える加盟国からおよそ180人の専門家が参加してまとめた1200ページ以上に上る最終報告書を公表しました。 この中でIAEAは、事故の主な要因として「日本に原発は安全だという思い込みがあり、原発の設計や緊急時の備えなどが不十分だった」と指摘しました。 そのうえで、いくつかの自然災害が同時に発生することなどあらゆる可能性を考慮する、安全基準に絶えず疑問を提起して定期的に再検討する必要がある、と提言しています。 また、市民の健康については、これまでのところ事故を原因とする影響は確認されていないとしたうえで、遅発性の放射線健康影響の潜伏期間は、数十年に及ぶ場合があるものの、報告された被ばく線量が低いため、健康影響の発生率が将来、識別できるほど上昇するとは予測されないとしています。 IAEAは、この報告書を今月行われる年次総会に提出して、事故の教訓を各国と共有し、原発の安全性の向上につなげたいとしています。
「経験から学ぶ姿勢が安全の鍵」
今回の報告書について、IAEAの天野事務局長は「世界中の政府や規制当局、関係者が、必要な教訓に基づいて行動を取れるようにするため、何が、なぜ起きたのかについての理解を提供することを目指している」と述べ、その意義を強調しました。 そのうえで、事故の甚大な影響を忘れてはならないとし、「福島第一原発の事故につながったいくつかの要因は日本に特有だったわけではない。常に疑問を持ち、経験から学ぶ開かれた姿勢が安全文化への鍵であり、原子力に携わるすべての人にとって必要不可欠だ」と述べ、事故の教訓を原発の安全性の向上につなげてほしいと訴えました。
安全の問題に責任と権限が不明確
IAEAは、福島第一原発の事故の背景には、原発は安全だという思い込みが日本にあり、重大な事故への備えが十分ではなかったと指摘しています。 具体的には、仮にマグニチュード8.3の地震が発生すれば最大で15メートルの津波が到達することが予想されたのに、東京電力などが必要な対応を取らなかったとしているほか、IAEAの基準に基づく十分な安全評価が行われず、非常用のディーゼル発電機の浸水対策などが不十分だったとしています。 また、東京電力は、複数の場所で電源や冷却装置が喪失した場合の十分な準備をしていなかったほか、原発の作業員は非常時に備えた適切な訓練を受けておらず、悪化する状況に対応するための機器もなかったと結論づけています。 さらに、当時の日本の原子力の安全や規制については、多くの組織が存在していて、安全上の問題に遅滞なく対応するために拘束力のある指示を出す責任と権限がどの組織にあるのか明確ではなかったとしています。 そのうえで、当時の規制や指針は国際的な慣行に完全に沿うものではなかったとも指摘しています。
これまでのところ健康影響確認されず
市民の健康について、IAEAは、これまでのところ、事故を原因とする影響は確認されていないとしています。そのうえで遅発性の放射線健康影響の潜伏期間は、数10年に及ぶ場合があるものの、報告された被ばく線量が低いため、健康影響の発生率が、将来識別できるほど上昇するとは予測されないとしています。 そして、甲状腺検査の結果、一部で異常が検知された子どもたちについては、被ばく線量が低いことから、事故と関係づけられる可能性は低く、この年代の子どもたちの自然な発生を示している可能性が高いと分析しています。ただ、事故直後の子どもの被ばく線量については不確かさが残るともしています。 一方で、地震や津波などいくつかの要素が関わっているとみられるため、どこまでが原発事故の影響かは判断することは難しいものの、住民の中には、不安感やPTSD=心的外傷後ストレス障害の増加など、心理面での問題があったと指摘しており、その影響を和らげるための対策が求められると強調しています。
東電旧経営陣3人強制起訴へ
福島第一原子力発電所の事故を巡っては、検察審査会の議決を受けて旧経営陣3人が業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴されることになり、今後、裁判で刑事責任が争われます。 政府の事故調査・検証委員会の報告書によりますと、東京電力は事故の3年前に福島第一原発に高さ15.7メートルの津波が押し寄せる可能性があるという試算をまとめましたが、根拠が十分でない仮定の試算で実際にはこうした津波は来ないなどと考え、十分な対策は取られませんでした。 こうした東京電力の対応について検察は、これまでの捜査で、「予測を超える巨大な津波で刑事責任は問えない」などとして旧経営陣を不起訴にしました。 これに対して検察審査会はことし7月に出した議決の中で、自然現象を確実に予測するのはそもそも不可能で、原発を扱う事業者としては災害の可能性が一定程度あれば対策を取るべきだったと指摘しています。 さらに議決では、当時の東京電力の姿勢について、「安全対策よりも経済合理性を優先させ、何ら効果的な対策を講じようとはしなかった」と批判しています。この検察審査会の議決によって東京電力の勝俣恒久元会長ら旧経営陣3人が、業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴されることになり、今後、裁判で刑事責任が争われます。
Ⅲ 【福島第一原子力発電所事故事務局長報告書】
巻頭言及び要約
Thisis an unofficial translation of the Foreword by the Director General and theExecutive Summary of The Fukushima Daiichi Accident – The Report by theDirector General © International Atomic Energy Agency, 2015. The authenticversion of this material is the English language version distributed by theIAEA or on behalf of the IAEA by duly authorized persons. The IAEA makes nowarranty and assumes no responsibility for the accuracy or quality orauthenticity or workmanship of this translation and its publication and acceptsno liability for any loss or damage, consequential or otherwise, arisingdirectly or indirectly from the use of this translation.
COPYRIGHTNOTICE: Permission to reproduce or translate the information contained in thispublication may be obtained in writing from the International Atomic EnergyAgency, Vienna International Centre, P.O. Box 100, 1400 Vienna, Austria
これは「福島第一原子力発電所事故-事務局長報告書©国際原子力機関 2015年」の事務局長巻頭言及び要約の非公式な邦訳である。本資料の正式版は、国際原子力機関(IAEA)又はその権限のある代理人により配布される英語版である。IAEAは、本邦訳及び同邦訳出版物の正確性、品質、信頼性又は仕上りについて何ら保証するものではなく、また、何ら責任を負うものではない。
著作権表示:本出版物に含まれる情報を複写又は翻訳する許可は、国際原子力機関(International Atomic Energy Agency, ViennaInternational Centre, P.O. Box 100, 1400 Vienna, Austria)より書面をもって取得し得る。
巻頭言 事務局長 天野之弥
本報告書は、日本の福島第一原子力発電所において2011年3月11日に始まった事故の原因と結果についての評価を提示するものである。大地震に続く巨大津波により引き起こされたこの事故は、1986年のチェルノブイリ事故以来最悪の原子力発電所における事故となった。
本報告書は、世界中の政府、規制当局及び原子力発電所事業者が、必要な教訓に基づいて行動をとれるようにするため、人的、組織的及び技術的要因を考慮し、何が、なぜ起こったのかについての理解を提供することを目指している。事故を受けて日本において及び国際的に講じられた措置についても検討されている。
福島第一原子力発電所事故の甚大な人的影響は、忘れられてはならない。放射性核種が環境に放出されたために、10万人以上の人々が避難することとなった。2015年の本報告書作成時点でも、その多くが依然として帰還できずにいる。
私は、事故の数か月後に福島第一原子力発電所を訪れ、津波の強力で破壊的な影響を自ら目にした。衝撃的で身の引き締まる経験であった。
一方で、津波が襲来した後も現場にとどまり、壮絶な状況の中で、被災した原子炉を何とか制御しようと懸命に努力した作業員や管理者の勇気と献身に、私は深い感銘を受けた。これらの人々は、訓練でも経験しておらず、しばしば適切な機材も不足する状況の中で、臨機応変な対応を迫られた。彼らは我々の敬意と賞賛に値する。
事故につながった大きな要因のひとつは、日本の原子力発電所は非常に安全であり、これほどの規模の事故は全く考えられないという、日本で広く受け入れられていた想定であった。この想定は原子力発電所事業者により受け入れられ、規制当局によっても政府によっても疑問を呈されてなかった。その結果、日本は2011年3月には重大な原子力事故への備えが十分ではなかった。
福島第一原子力発電所事故によって、日本の規制の枠組みにおける幾つかの弱点が明らかになった。責任がいくつもの機関に分散しており、権限の所在が必ずしも明らかでなかった。
また、発電所の設計、緊急時への備えと対応の制度、重大な事故への対策の計画などの点でも幾つかの弱点があった。原子力発電所においては、ごく短時間を超えた全電源喪失はあり得ないと想定されていた。同一施設で複数の原子炉が同時に危機に陥る可能性は想定されていなかった。また、大規模な自然災害と同時に原子力事故が発生する可能性に対する備えも不十分であった。
事故以降、日本は従来以上に国際基準に合致すべく規制制度を改革した。規制当局にはより明確な責任と大きな権限が付与された。日本の新しい規制の枠組みは、IAEAの統合規制評価サービス(IRRS)ミッションを通じ、国際的専門家のレビューを受けることになっている。緊急時への準備・対応の制度も強化された。
他の国々も、事故を受けて、施設特有の極限的な自然ハザードに対する原子力発電所の設計を再評価する「ストレステスト」の実施や、追加的なバックアップ電源と水源の設置、極端な外部事象に対する発電所の防護対策の強化などの措置を講じた。
原子力安全は各国の責任であるが、原子力事故は国境を越えて影響を及ぼし得る。福島第一原子力発電所事故は、効果的な国際協力の重要性を強調することとなった。このような国際協力のほとんどは、IAEAにおいて実施されている。世界的に原子力安全を向上させるため、IAEA加盟国は事故の数か月後に「IAEA原子力安全行動計画」を採択し、同計画に基づく広範な取組を実施してきている。
IAEAは、事故後、日本に技術的支援と専門知識を提供し、進展する危機に関する情報を世界に発信した。また、原子力緊急事態に対応するためのIAEA自身の体制について、検討と改善を行った。原子力緊急事態時におけるIAEAの役割は、あり得る影響の分析を提供し、危機の推移について予測シナリオを提示することを含むように拡大された。
IAEA安全基準は、何が高水準の安全を構成するかについての国際的なコンセンサスを反映している。この安全基準も事故後、安全基準委員会によって検討が行われ、幾つかの改正が提案され、採択された。私は、全ての国に対して、IAEA安全基準を完全に実施するよう奨励する。
IAEAピアレビューは、各国が一流の国際専門家から、IAEA安全基準という共通の参考となる枠組みに基づいて独立性の高い見解を得る機会を提供し、世界の原子力安全にとって鍵となる役割を果たしている。ピアレビューでは、原子力発電所の運転安全性、原子力規制当局の実効性、特定のハザードに対する原子力発電所サイトの設計などの問題を取り扱う。我々は、福島第一原子力発電所事故を受けて、自らのピアレビューのプログラムを強化し、今後も強化を続けていく。
私は、福島第一原子力発電所事故を受けて、世界各地で原子力安全により強い関心が集まると確信している。私が訪れた全ての原子力発電所で、安全措置・手順が改善されていることを目にして きた。このような事故が二度と起きないようにするために、人知の限りを尽くさなくてはならないという認識が広がっている。今後数十年にわたり、原子力発電の利用が世界的に拡大し続けると見込まれる中で、このような認識は一層重要である。
いかなる国においても、原子力安全について自己満足に浸る理由はない。福島第一原子力発電所事故につながった要因の幾つかは、日本に特有であったわけではない。常に疑問を持ち、経験から学ぶ開かれた姿勢が安全文化への鍵であり、原子力発電に携わる全ての人々にとって必要不可欠である。安全は常に最優先でなければならない。
本報告書の作成に貢献した多くの国及び国際機関の専門家、並びに本報告書の起案及び検討に携わったIAEA職員に感謝の意を表する。本報告書と付属の技術文書が、原子力発電を利用する国や今後利用を計画している全ての国にとって、安全を向上させるための継続的な取組に有益であることを期待する。
福島第一原子力発電所事故 要約
東日本大震災は、2011年3月11日に発生した。この地震は、太平洋プレートが北米プレートの下に潜り込む境界における突然のエネルギー放出によって生じた。長さ約500km、幅200kmと推定される地殻の一部が裂け、マグニチュード9.0の巨大地震と、数波が10メートルを超える高さに達した東北部沿岸を含め、日本沿岸の広い地域を襲った津波が発生した。地震と津波により、日本では多大な人命の損失と広範囲に及ぶ惨害が生じた。1万5,000名以上が死亡、6,000名以上が負傷し、本報告書作成時点で1、約2,500名がいまだ行方不明と報じられている。とりわけ日本の東北部沿岸では、建物とインフラに相当な損害が生じた。
東京電力が運転する福島第一原子力発電所では、地震がサイトへの電力供給ラインに損害をもたらし、津波がサイトの操業と安全のためのインフラに重大な破壊をもたらした。これらの複合 的影響は、サイト内外の電源喪失につながった。これは、運転中であった3基の原子炉2と使用済燃料プールの冷却機能の喪失をもたらした。沿岸に立地する他の4つの原子力発電所3も、程度の差はあるが、地震と津波の影響を受けた。しかし、これらの発電所の運転中の原子炉は、全て安全に停止した。
制御を維持するための福島第一原子力発電所の運転員の努力にもかかわらず、1〜3号機の炉心は過熱し、核燃料が溶け、3基の格納容器が破損した。水素が原子炉圧力容器から放出され、1、3及び4号機の原子炉建屋内での発を招き、構造物と設備が損害を受け、人員が負傷した。放射性核種が発電所から大気に放出され、地表と海洋表面に沈着した。海への直接放出もあった。
サイトから半径20km以内、及び他の指定区域の住民は避難し、半径20~30km以内の住民は 屋内退避の指示を受けた後、自主避難を勧告された。食品の流通と消費、及び飲料水の消費の制限が設けられた。本報告書作成時点で、いまだ多くの住民が避難元の地域の外で暮らしている。
福島第一原子力発電所の原子炉の状態の安定を受け、その最終的な廃止措置を準備する作業が始まった。環境修復並びに地域社会及びインフラの再生を含む、事故の影響を受けた地域の復旧に向けた作業は、2011年に始まった。
事故の直後、IAEAはその緊急時対応の役割を果たした。IAEAは事故・緊急システムを発動し、諸機関の対応を調整し、加盟国及びメディアへの一連のブリーフィングを開始した。
事務局長は直ちに日本を訪れ、また、IAEAは国際調査ミッション、廃止措置並びに環境修復に関するピアレビューミッションを含む数次のミッションを日本に派遣した。
IAEAは、2011年6月に原子力安全に関する国際閣僚会議を開催し、同会議は原子力安全に関する閣僚宣言を発出した。同宣言は、世界中で原子力安全、緊急時への備え及び人と環境の放射線防護を更に向上させるための数多くの措置の概要を示した。また、同宣言は、こうした措置が確実に講じられるようにするとのIAEA加盟国の確固たる誓約も表明した。
閣僚宣言はまた、事務局長に対し、加盟国と協議しつつIAEA原子力安全行動計画(以下「行動計画」)5案を作成することを要請した。行動計画は、世界的な原子力安全の枠組みを強化するための作業計画を定めたものであり、2011年の第55回IAEA総会において満場一致で承認された。
IAEAは、福島県との間の協力覚書を通じて福島での協力活動も実施した。この覚書は、放射線モニタリングと環境修復、人の健康及び緊急時への備えと対応に関する協力の基礎となった。
IAEAはまた、加盟国及び原子力安全条約締約国の国際会議と会合を数多く開催した。これらの活動の多くは行動計画の下で実施された。
福島第一原子力発電所の事故以降、IAEA加盟国及び国際機関、並びに原子力安全条約をはじめとする国際原子力安全関連条約締約国によって、事故の原因と影響に関する多くの分析や、原子力安全に与える影響の詳細な検討が行われてきた。2012年8月には、事故の初期分析と条約の実効性を検討し議論するために、原子力安全条約の締約国特別会合が開催された。
原子力安全条約の締約国は、2014年3〜4月に開催された第6回検討会合において、長期の電源と冷却の喪失に耐える追加設備の導入、信頼性向上のための電源系統強化、サイト特有の外部の自然ハザードと複数ユニット事象の再評価、極端な外部事象と放射線ハザードからの防護を確保するためのサイト内外緊急時対策所の改善、格納容器の健全性を維持するための対策の強化、及びシビアアクシデント関連規定と指針の改善を含む、安全性向上策の実施について報告した。
2015年2月、原子力安全条約の締約国は、IAEA事務局長が招集した外交会議において、放射線による影響を伴う事故を未然に防ぎ、仮に事故が発生した場合には影響を緩和するという同条約の第3の目的の実施のための原則を含む原子力安全ウィーン宣言を採択した。
福島第一原子力発電所事故に関する報告書
2012年9月のIAEA総会において、事務局長は、IAEAが福島第一原子力発電所事故に関する 報告書を作成すると表明した。事務局長は後に、報告書は「事故の原因と影響及び教訓に取り組み、権威があり、事実に基づき、バランスのとれた評価」を行うものになると述べた。
福島第一原子力発電所の事故に関する報告書は、42の加盟国(原子力発電計画を有する国及び有しない国)及び幾つかの国際機関からの約180名の専門家からなる5つの作業部会を含む、広範な国際的協力の結果である。これにより幅広い経験と知見が代表されることを確保することができた。国際技術諮問グループは、技術的及び科学的問題につき助言を行った。報告書の作業を監督し、調整とレビューを促進するため、IAEAの上級幹部からなるコアグループが設置された。追加的な内部及び外部のレビューメカニズムも設けられた。
この事務局長報告書は、要約と概要報告書によって構成される。本報告書は、国際専門家が作成した5巻の詳細な技術文書及び関連の多くの専門家と国際機関の貢献に基づいている。本報告書は、行動計画の実施として行われた活動の結果を含め、2015年3月までに利用可能であった数多くの情報源からのデータと情報の評価を基に、事故とその原因、進展及び結果を説明し、主な所見と教訓を取り上げている。相当量のデータが日本政府及び日本の他の組織から提供された。
原子力安全の考慮
外部事象に対する発電所の脆弱性
2011年3月11日の地震は、発電所の構造物、系統及び機器を揺り動かす地盤の振動を生じた。地震後に一連の津波が発生し、その一波によってサイトが浸水した。記録された地盤の振動と津波の高さは、いずれも発電所が当初設計された時になされたハザードの仮定を大幅に上回った。地震とそれに伴う津波は、福島第一原子力発電所の複数のユニットに影響を与えた。
当初の設計で考慮された地震ハザードと津波は、主に日本の歴史上の地震記録と最近の津波の痕跡を基にして評価された。この当初の評価は、構造地質学の基準を十分に考慮しておらず、そうした基準を使用する再評価は実施されなかった。
同地震以前には、日本海溝はマグニチュード8クラスの地震が頻発するみ込み帯に分類されていた。福島県沖におけるマグニチュード9.0の地震は、日本の科学者によっては確度が高いとは考えられていなかった。しかし、過去数十年間に、類似する地質構造環境の異なる地域で同程度又はより高いマグニチュードが記録されていた。
発電所の主要な安全施設が2011年3月11日の地震によって引き起こされた地盤振動の影響を受けたことを示す兆候はない。これは、日本における原子力発電所の耐震設計と建設に対する保守的なアプローチにより、発電所が十分な安全裕度を備えていたためであった。しかし、当初の設計上の考慮は、津波のような極端な外部洪水事象に対しては同等の安全裕度を設けていなかった。
外部ハザードに対する福島第一原子力発電所の脆弱性は、その供用期間中に体系的で総合的な再評価を受けていなかった。事故当時、日本にはそうした再評価に関する規制要件がなく、国内及び国際的な運転経験は、既存の規則及び指針において適切に考慮されていなかった。津波のような地震に伴う事象の影響を取り扱う方法に関する日本の規制指針は、一般的で簡潔なものであり、具体的な基準や詳細なガイダンスは含まれていなかった。
事故以前に、事業者は、2002年に日本で策定された合意に基づく手法を使用して極限的な津波洪水レベルに関する幾つかの再評価を実施し、当初の設計基準見積りより高い数値が出ていた。これらの結果に基づいて幾つかの補完措置が講じられたが、これらは不十分であったことが事故時に示された。
さらに、事故以前に、合意に基づく手法を上回る波源モデルや手法を使用した幾つかの試算が事業者によって実施された。日本の地震調査研究推進本部が2002年に提案した波源モデルを 使用した試算は、最新の情報を使用し、シナリオについて異なるアプローチをとり、当初の設計及びそれ以前の再評価において出された見積りより相当に大きな津波を予想した。事故当時、更なる評価が実施されていたが、その間、追加の補完措置は実施されなかった。推定値は、2011年3月に記録された洪水レベルと同程度であった。
世界の運転経験は、自然ハザードが原子力発電所の設計基準を超える事例を示してきた。特に、こうした幾つかの事象からの経験は、洪水に対する安全系の脆弱性を示した。
自然ハザードの評価は、十分に保守的である必要がある。原子力発電所の設計基準の設定において、主として歴史上のデータを考慮することは、極限的な自然ハザードのリスクを特徴づける上で十分ではない。包括的なデータが利用可能な場合でも、観察期間が比較的短いため、自然ハザードの予測には大きな不確定性が残る。
原子力発電所の安全は、知見の進歩を考慮して定期的に再評価する必要があり、必要な是正措置又は補完措置が速やかに実施される必要がある。
自然ハザードの評価は、それらが同時又は連続的に組み合わされて発生する可能性、及び原子力発電所に対するその複合的影響を考慮する必要がある。自然ハザードの評価は、原子力発電所の複数ユニットへの影響も考慮する必要がある。
運転経験プログラムは、国内及び国際の双方の情報源からの経験を含める必要がある。運転経験プログラムを通じて特定された安全の向上は、速やかに実施される必要がある。運転経験の利用は、定期的にかつ独立して評価される必要がある。
深層防護概念の適用
深層防護は、原子力発電開発の当初から原子力施設の安全を確保するために適用されてきた概念である。その目的は、複数のレベルの防護手段によって潜在的な人的過誤と設備故障を補うことである。防護は各レベルにおける複数の独立した防護手段によって提供される。
福島第一原子力発電所の設計は、(1)信頼できる通常運転を行うことを目的とする設備、(2)異常な事象の発生後に発電所を安全な状態に戻すことを目的とする設備、(3)事故状態に対応することを目的とする安全系、という最初の3つのレベルの深層防護のための設備と系統を備えていた。設計基準は、一連の想定ハザードを使用して導かれた。しかし、津波のような外部ハザードは十分には取り扱われなかった。その結果、津波によって生じた洪水は、深層防護の最初の3つの防護レベルに同時に影響し、3つのレベルそれぞれで設備と系統の共通原因故障をもたらした。
複数の安全系の共通原因故障は、設計で想定されなかった発電所の状態をもたらした。その結果、第4のレベルの深層防護、すなわち、シビアアクシデントの進行の防止とその影響の緩和を行うこと、を目的とする防護の手段は、原子炉の冷却を回復させ、格納容器の健全性を維持するために利用できなかった。電源の完全な喪失、必要な計器が利用できないための関連する安全パラメータについての情報の欠如、制御装置の喪失及び運転手順の不十分さのために、事故の進行を止め、その影響を抑えることは不可能であった。
深層防護の各レベルで十分な防護手段を提供できなかったことが、1、2及び3号機の原子炉の重大な損傷とこれらのユニットからの大規模な放射性物質の放出をもたらした。
深層防護の概念は引き続き有効であるが、この概念の実施は、内部及び外部のハザードに対する適切な独立性、冗長性、多様性及び防護によって、全てのレベルで強化される必要がある。事故の防止のみならず、緩和措置の改善にも焦点を当てる必要がある。
設計基準を超える事故の際に必要な計装制御系は、発電所の必須の安全パラメータを監視し、発電所の運転を容易とするため、動作可能な状態を維持する必要がある。
基本安全機能を果たせなかったことの評価
安全を確保するために重要な3つの基本安全機能は、核燃料の反応度の制御、炉心と使用済燃料プールからの熱の除去、及び放射性物質の閉じ込めである。地震の後、最初の基本安全機能 ― 反応度の制御 ― は、福島第一原子力発電所の6基全てで達成された。
第2の基本安全機能、― 炉心と使用済燃料プールからの熱の除去 ― は、交流及び直流の電源 系統のほとんどを喪失した結果、運転員が1、2及び 3号機の原子炉と使用済燃料プールに対するほとんど全ての制御手段を奪われたため、維持することができなかった。第2の基本安全機能の喪失は、ひとつには原子炉圧力容器の減圧の遅れのために代替注水が実施できなかったことが原因であった。冷却の喪失が原子炉内の燃料の過熱と溶融につながった。
閉じ込め機能は、交流及び直流電源の喪失により、冷却系が使用できなくなり、運転員が格納容器ベント系を使用することが困難となった結果として失われた。格納容器のベントは、圧力を緩和し格納容器の破損を防ぐために必要であった。運転員は、1号機と 3号機のベントを行って格納容器の圧力を下げることができた。しかしこれは、環境への放射性物質の放出をもたらした。1号機と 3号機の格納容器ベントは開いたが、1号機と3号機の格納容器は結局は破損した。2号機の格納容器のベントは成功せず、格納容器が破損し、放射性物質の放出をもたらした。
設計基準状態及び設計基準を超える状態の双方で機能できる、頑強で信頼できる冷却系を残留熱の除去のために設ける必要がある。
環境への放射性物質の大規模放出を防ぐため、設計基準を超える事故に対する信頼できる閉じ込め機能を確保する必要がある。
設計基準を超える事故とアクシデントマネジメントの評価
福島第一原子力発電所の許認可プロセスとその運転中に実施された安全解析は、炉心の重大な損傷につながるおそれがある事象が複雑に連鎖する可能性を十分には取り扱わなかった。特に、安全解析は、洪水に対する発電所の脆弱性や、運転手順とアクシデントマネジメント指針の弱点を特定できなかった。確率論的安全評価は、内部溢水の可能性を取り扱わず、アクシデントマネジメントにおける人的パフォーマンスに関する想定は楽観的であった。さらに、規制当局は、事業者がシビアアクシデントの可能性を考慮するための限定的な要件を課したのみであった。
運転員には、津波によって生じる複数ユニットの電源喪失と冷却の喪失に対する十分な備えがなかった。東京電力はシビアアクシデントマネジメント指針を作成していたが、このような確率が低い事象の組合せは取り扱っていなかった。したがって、運転員は適切な訓練を受けておらず、関連するシビアアクシデント演習に参加したことがなく、運転員が利用できる設備は 劣化した発電所の状態では適切でなかった。
2012年9月、原子力規制委員会が設置された。原子力規制委員会は、人と環境を防護するために原子力発電所のための新たな規制を制定し、同規制は2013年に施行された。同規制は、地震及び津波等の外部事象の影響の再評価を含め、共通原因による全ての安全機能の同時喪失を防止するための対策を強化した。炉心損傷、格納容器損傷及び放射性物質の拡散に対する新たなシビアアクシデント対策も導入された。
発電所が該当する設計基準を超える事故に耐える能力を確認し、発電所の設計の頑強性に高度の信頼を与えるため、包括的な確率論的及び決定論的安全解析が実施される必要がある。
アクシデントマネジメント規定は、包括的で十分に計画され、最新のものである必要がある。 同規定は、起因事象と発電所の状態の包括的な組合せを基に導かれる必要があり、複数ユニットの発電所では複数のユニットに影響する事故にも備える必要がある。
訓練、演習及び実地訓練は、運転員が可能な限り十分な備えができるよう、想定されるシビアアクシデント状態を含める必要がある。これらの訓練は、シビアアクシデントマネジメントにおいて配備されるであろう実際の設備の模擬使用を含む必要がある。
規制の実効性の評価
事故当時の日本における原子力安全の規制は、異なる役割と責任を有し相互関係が複雑な多くの組織によって実施されていた。安全上の問題に遅滞なく対応する方法につき拘束力のある指示を出す責任と権限がどの組織にあるのか十分に明確ではなかった。
規制上の検査プログラムは厳格に構成されており、規制当局が適時に安全を検証し潜在的な新しい安全上の問題を特定する能力が弱められた。
事故当時にあった規則、指針及び手順書は、幾つかの重要な分野、特に定期安全レビュー、ハザードの再評価、シビアアクシデントマネジメント及び安全文化に関して国際的慣行に完全に沿うものではなかった。
原子力施設の安全の実効的な規制監督を確保するためには、規制当局が独立しており、法的権限、技術的能力及び強い安全文化を有することが不可欠である。
人的及び組織的要因の評価
事故以前、日本には、原子力発電所の設計と実施されている安全対策は、確率が低く影響が大きい外部事象に耐えるために十分に頑強であるという基本的な想定があった。
日本の原子力発電所は安全であるとの基本的想定のために、組織とその人員が安全のレベルに疑問を提起しない傾向があった。原子力発電所の技術設計の頑強性に関する利害関係者間で強化された基本的想定は、安全上の改善が迅に導入されない状況をもたらした。
福島第一原子力発電所の事故は、発電所の脆弱性をよりよく特定するためには、人、組織及び技術の複雑な相互作用を考慮する統合的なアプローチをとることが必要であることを示した。
安全文化を推進し強化するためには、個人と組織が原子力安全に関する一般的な想定、及び原子力安全に影響する可能性がある決定と行動の意味に絶えず疑問を提起し、再検討する必要がある。
安全に対する体系的なアプローチは、人的、組織的及び技術的要因の間の相互作用を考慮する必要がある。このアプローチは、原子力施設の供用期間全体を通じてとられる必要がある。
緊急時への備えと対応
日本における事故への初期対応
事故当時、国と地方レベルで原子力緊急事態と自然災害に対応するための別々の体制がとられていた。原子力緊急事態と自然災害との同時発生に対応するための調整された体制はなかった。
原子力緊急事態に対応する体制は、原子力発電所において関連の有害な状況(例えば、5分以上の全交流電源の喪失、あるいは原子炉を冷却するための全ての機能の喪失)が検知された場合、原子力発電所から地元自治体及び国に通報がなされることになっていた。その場合、国はその事象を評価し、「原子力緊急事態」6に該当するか否かを判断することになっていた。事象が原子力緊急事態に該当する場合、その旨の宣言が国レベルで発出され、線量予測に基づいて 必要な防護対策に関する決定が行われることとされていた。
福島第一原子力発電所からの報告に基づき、総理大臣は3月11日夜に原子力緊急事態を宣言し、公衆のための防護措置に関する指示を発出した。国レベルの対応は、東京の総理大臣官邸 において総理大臣と上級幹部によって主導された。
地震と津波の影響及び放射線レベルの上昇により、サイト内の対応は極めて困難となった。
直流及び交流電源の喪失、サイト内の対応を阻む膨大な量の瓦礫の存在、余震、更なる津波の警報と放射線レベルの上昇により、多くの緩和措置が適時に実施できなかった。国はサイト内の緩和対策に関する決定に関与した。
福島第一原子力発電所から5kmに位置する緊急時オフサイトセンターの活動開始は、地震と 津波によって生じた甚大なインフラの損害のため、困難であった。事故発生から数日内に、放射線状況の悪化のため、オフサイトセンターからの避難が必要となった。
起こり得る原子力緊急事態への対応を準備する際には、自然災害と同時に起こり得る、複数ユニット発電所における複数のユニットに関するものを含め、炉心の核燃料やサイト内にあ る使用済燃料の重大な損傷を伴う可能性がある緊急事態を考慮する必要がある。
原子力緊急事態への対応のための緊急時管理体制は、事業者、地方自治体及び国の当局について明確に定められた役割と責任を含む必要がある。この体制は、事業者と当局との間の相互の関係を含め、定期的に訓練で試される必要がある。
緊急作業者の防護
事故当時、日本の国内法令と指針は、緊急作業者の防護のために講じるべき措置を定めていたが、一般的な記述のみで、十分詳細ではなかった。
緊急時対応を支援するために、様々な業種の緊急作業者が多く必要であった。緊急作業者は、様々な組織や公的機関から派遣された。しかし、事故以前に指定されていなかった緊急作業者を対応に組み入れるための体制はなかった。
緊急作業者を放射線被ばくから防護する体制の実施は、サイト内の極限的な状況により重大な影響を受けた。サイト内の緊急作業者のために容認できるレベルの防護を維持するため、一連の臨時措置が実施された。必要な緩和対策を継続できるよう、特定の作業に従事する緊急作業者の線量限度が一時的に引き上げられた。緊急作業者の医療管理も重大な影響を受け、サイト内の緊急作業者のニーズを満たすため、多大な努力が必要であった。
「ヘルパー」と呼ばれる一般の人々が、サイト外の緊急時対応への支援を自発的に行った。国の当局は、ヘルパーが実施できる活動の種類とその防護のために講じるべき措置に関するガイダンスを発出した。
緊急作業者は、所属する組織にかかわらず指定を受け、明確に定められた職責を割り当てられ、適切な訓練を受け、緊急時には適切に防護される必要がある。緊急事態の発生以前に指定されていなかった緊急作業者及び緊急時対応への支援を自発的に行うヘルパーを対応に組み入れる体制を整備する必要がある。
公衆の防護
事故当時の国の緊急時体制においては、防護対策に関する決定が必要な場合には、線量予測モデル ― 緊急時迅放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)― を使用して計算される公衆の予測線量の見積りに基づいて行われることになっていた。この体制では、公衆に対する緊急防護対策の決定を事前に定められた特定の発電所の状態に基づいて行うことは想定していなかった。しかし、事故対応では、防護対策に関する初期の決定は、発電所の状態に基づいて行われた。 サイト内の電源喪失のため、SPEEDIに入力するソースタームの見積りを提供することができなかった。
事故以前の体制では、屋内退避、避難及びヨウ素剤による甲状腺ブロックの基準が予測線量に関して定められていたが、測定可能な量としては決められていなかった。移転に関する基準はなかった。
事故時に実施された公衆の防護対策は、避難、屋内退避、ヨウ素剤による甲状腺ブロック (安定ヨウ素の投与による)、食品と飲料水の摂取制限、移転及び情報提供を含んでいた。
福島第一原子力発電所の近隣からの住民の避難は、2011年3月11 日の夜に始まり、避難対象 区域は、発電所から半径2km、3km、その後10 kmへと徐々に拡大された。3月12日の夜まで には、避難対象区域は20kmまで拡大された。同様に、住民が屋内退避を指示された区域は、事故直後の発電所から 3〜10 km以内から、3月15日までには20〜30km以内に拡大された。原子力発電所から半径20〜30km以内の区域では、住民は3月25日まで屋内退避を指示され、同日、国は自主避難を勧告した。ヨウ素剤による甲状腺ブロックのための安定ヨウ素剤の投与は、主として詳細な制度がなかったことにより、一律には実施されなかった。
地震と津波による被害、及びこれに伴う通信や輸送の問題のため、避難には困難が伴った。20kmの避難区域内にある病院と介護施設から患者を避難させる際にも大きな困難が伴った。
4月22日、既存の20kmの避難区域は、再立入が管理される「警戒区域」に指定された。「警戒区域」外で移転のための特定の線量基準を超える可能性がある場所においては、「計画的避難区域」が指定された。
放射性核種が環境中で検出されると、農地における防護対策、食品の摂取と出荷及び飲料水の摂取に対する制限に関する制度が設けられた。さらに、輸出用の食品と製品のための認証システムが設けられた。
緊急時に公衆に常時情報を伝え人々の懸念に対応するため、テレビ、ラジオ、インターネット 及び電話ホットラインを含む複数の方法が用いられた。ホットラインとカウンセリングサービスを通じて公衆から得たフィードバックにより、容易に理解できる情報と裏付けとなる資料の必要性が明らかになった。
事前に決められた公衆への緊急防護対策の実施を、あらかじめ定められた発電所の状態に基づいて決定することができるよう、体制を整備しておく必要がある。
緊急防護対策を、進展する発電所の状態やモニタリングの結果に応じて拡大若しくは変更できるよう、体制を整備しておく必要がある。早期の防護対策を、モニタリング結果に基づいて開始できるようにするための体制も必要である。
原子力緊急事態における防護対策及び他の対応措置が害を与える以上に利益をもたらすよう、 体制を整備しておく必要がある。このバランスを実現するため、意思決定についての包括的なアプローチが整備されていることが必要である。
防護対策に関して情報を得た上で決定できるよう、意思決定者、公衆及びその他(例えば医療スタッフ)が原子力緊急事態の放射線による健康被害に関する理解を得られるよう支援する体制を整備しておく必要がある。地方、国及び国際レベルで、公衆の懸念に対応する体制も整備しておく必要がある。
緊急時段階から復旧段階への移行、対応の分析
緊急時段階から復旧段階への移行のための具体的な政策、指針、基準及び体制は、福島第一原子力発電所事故後まで定められていなかった。こうした体制を整備するにあたり、日本の当局は、国際放射線防護委員会(ICRP)の最新の勧告を適用した。
事故及び緊急時対応の分析が行われ、政府、事業者(東京電力)、政府と国会がそれぞれ設立した2つの調査委員会によるものを含め、報告書の形で提出された。
事故後、日本における国の緊急時への備えと対応の体制は、これらの分析の結果や、緊急時への備えと対応の分野に関連するIAEAの安全基準を考慮して、多くの点で改訂された。
緊急時への備えの段階において、防護対策及び他の対応措置の終了、並びに復旧段階への移行についても体制を整備する必要がある。
緊急事態及びこれへの対応を適時に分析し、教訓を導き可能な改善策を特定することは、緊急時の体制を強化する。
緊急時への備えと対応に関する国際的枠組みの中での対応
国際的な法的文書、IAEAの安全基準及び実施時の取決めを含む緊急時への備えと対応のための広範囲な国際的枠組みが、事故当時に存在した7。
事故の発生当時、IAEAには原子力又は放射線の緊急事態への対応において、(1)公式に指定された連絡窓口経由での公式情報の通知と交換、(2)明確で理解できる情報の適時の提供、(3)要請に応じた国際的支援の提供と促進、及び(4)国際機関の対応の調整という4つの役割があった。
事故への国際的対応には、多くの国と国際機関が関与した。
IAEAは、日本の公式窓口と連絡を取り、緊急事態の進展に合わせて情報を共有し、各国、関連国際機関及び公衆に常時情報を提供した。緊急時対応の早期においては、日本の公式窓口とのコミュニケーションは困難であった。IAEA事務局長の日本訪問及びこれに続いて東京に連絡職員を配置することにより、IAEAと連絡窓口とのコミュニケーションが改善された。IAEAはまた、専門家ミッションを日本に派遣し、関連国際機関の対応を調整した。
様々な国8が、事故に対応して、日本に滞在する自国民のために様々な防護対策を講じ、あるいは勧告した。こうした相違は、一般に公衆に十分説明されず、時に混乱と懸念を招いた。
放射線及び原子力緊急事態に関する国際機関間委員会に参加している機関は定期的に情報を交換した。共同プレスリリースも発出された。
通報と支援に関する国際的体制の実施が強化される必要がある。
防護対策及び他の対応措置に関して、各国間の協議と情報共有を改善する必要がある。
放射線による影響
環境中の放射能
事故は、環境への放射性核種の放出をもたらした。放出の評価が、多くの機関によって様々なモデルを使用して実施された。大気への放出のほとんどは、卓越風の風向に従って東の方向に飛ばされ、北太平洋に沈着し、拡散した。放射性物質の量と組成の推定における不確かさは、大気への放出の海への沈着に関するモニタリングデータの不足などの理由により、解決が困難であった。
風向の変化は、大気への放出の比較的小さな部分が陸上、多くは福島第一原子力発電所から北西方向に沈着したことを意味した。陸上環境に沈着した放射性核種の存在と放射能濃度は、モニターされ、特性が明らかにされた。放射性核種の放射能測定値は、物理的崩壊、環境輸送プロセス及び除染活動のため、時間を追って減少する。
大気からの沈着により海に入る放射性核種に加えて、福島第一原子力発電所からサイトの場所の海への直接の液体の流出と放出があった。海洋での放射性核種の正確な動向は測定のみでは評価が困難であるが、海洋拡散を推定するために多くの海洋輸送モデルが使用された。
ヨウ素131、セシウム134及びセシウム137などの放射核種が放出され、飲料水、食品及び幾つかの非食用品目で検出された。これらの製品の消費を防ぐための制限が、事故への対応として日本の当局によって定められた。
事故による放射性物質の環境への放出の場合、放出量及びその組成の迅な定量化及び特性評価が必要である。大規模な放出については、地元、地域及び地球規模での環境への放射線影響の性質と範囲を特定するため、包括的で調整された長期的環境モニタリング計画が必要である。
放射線被ばくに対する人の防護
事故を受け、日本の当局は、最近のICRPの勧告9に含まれる線量の保守的な参考レベルを適用した。幾つかの防護措置と対応の適用は、実施する当局にとって困難であり、影響を受ける人々にとって非常に厳しいものであることが明らかとなった。
緊急時段階が過ぎた後、事故の長期的余波における飲料水、食品及び非食用消費財を管理するための国内及び国際的な基準とガイダンスに、幾つかの相違があった。
関連する国際機関は、放射線防護の原則及び基準の適用を意思決定者と公衆にとってより明確なものとするため、専門家以外の人々に理解しやすい説明を整備する必要がある。幾つかの長期にわたる防護措置は影響を受ける人々にとって攪乱的であったため、そうした措置と対応が正当とされる理由を、公衆を含む全ての利害関係者に伝えるため、より良いコミュニケーション戦略が必要である。
消費財の放射能及び放射能濃度並びに沈着した放射能に関する保守的な決定により、長期の制限及びそれに伴う問題が生じた。長期被ばくの状況では、国際基準の間及び国際基準と国内基準の間に一貫性があることは、特に飲料水、食品、非食用消費財及び陸上での降下物の放射能濃度に関して有益である。
放射線被ばく
短期的には、公衆の被ばくの最大の要因は、(1)プルームに含まれ地表に沈着した放射性核種 からの外部被ばく、(2)ヨウ素131の取込みによる甲状腺の内部被ばく、及び主としてセシウム134とセシウム137の取込みによる他の臓器と組織の内部被ばくであった。長期的には、公衆の 被ばくの最も重要な要因は、沈着したセシウム137からの外部放射線である。
放射線量の初期の評価は、環境モニタリングと線量推定モデルを使用し、その結果、幾らかの過大評価が生じた。本報告書の推定では、実際に受けた個人線量とそれらの分布に関するより強固な情報を提供するため、地方当局から提供された個人モニタリングデータも含められた。これらの推定は、公衆の構成員の受けた実効線量が低く、自然バックグラウンド放射線の世界的なレベルにより受ける実効線量の範囲と一般に匹敵することを示している。
ヨウ素131の放出と子供によるその取込みを伴う原子力事故の後には、彼らの甲状腺への取込みとその後の線量が特に懸念される。福島第一原子力発電所事故の後、飲料水及び葉物野菜と 生乳を含む食品に制限が課されたこともあり、ヨウ素131の取込みが限定されたため、報告された子供の甲状腺等価線量は低かった。事故直後のヨウ素の取込みに関しては、同期間の信頼できる個人放射線モニタリングデータが不足しているため、不確かさがある。
2011年12月までに、約2万3,000名の緊急作業者が緊急作業に従事した。彼らの大多数が受けた実効線量は、日本における職業上の線量限度を下回った。総数のうち、174名は緊急作業者に対する本来の基準を超え、6名は日本の当局が定めた一時的に改訂された緊急時における実効線量基準を超えた。緊急作業者の放射線量の早期モニタリングと記録を含む職業上の放射線防護要件の実施、幾つかの防護用装備の利用可能性及び使用、並びに関連する訓練において、幾つかの不十分な点が発生した。
公衆の構成員の代表的集団の個人放射線モニタリングは、放射線量の信頼できる推定にとって貴重な情報をもたらし、環境測定値及び適切な線量推定モデルとともに公衆線量を評価するために使用される必要がある。
乳製品は、日本における放射性ヨウ素の摂取の主な経路ではなかったものの、特に子供への甲状腺線量を制限する最も重要な方法は、草を食べる乳牛からの生乳の消費を制限することであるのが明らかである。
全ての関連する経路を通じて、特にシビアアクシデントマネジメント活動の際に作業者が受ける可能性のある内部被ばくによる職業上の放射線量をモニターし、記録する強固なシステムが必要である。緊急時対応活動中は、作業者の被ばくを制限するための適切で十分な個人防護用装備が利用可能で、作業者がその使用法に関する訓練を十分受けていることが不可欠である。
健康影響
作業者又は公衆の構成員の間で、事故に起因し得ると考えられる放射線による早期健康影響 は観察されなかった。
遅発性放射線健康影響の潜伏期間は数十年に及ぶ場合があり、このため被ばくから数年後の観察によって、被ばく集団にそうした影響が発生する可能性を無視することはできない。しかし、公衆の構成員の間で報告された低い線量レベルに鑑み、本報告書の結論は、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の国連総会に対する報告の結論10と一致している。UNSCEARは「被ばくした公衆の構成員とその子孫の間で、放射線関連の健康影響の発生率について識別可能な上昇は予測されない」と確認した(これは「2011年の東日本大震災の後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響」に関する健康影響の文脈で報告された)11。100mSvないしそれ以上の実効線量を受けた作業者の集団に関しては、UNSCEARは、「がんのリスクの増 大が将来予想されよう。しかし、このような小さい発生率を発がん率の通常の統計的ばらつきに対して確認することが困難であるため、この集団における発がん率上昇は識別できないであろうと予想される」と結論づけた12。
影響を受けた福島県民の健康をモニターするため、福島県民健康管理調査が実施された。この調査は、疾病の早期発見と治療及び生活習慣病の予防を目的としている。本報告書作成時点で、子供の甲状腺の集中的なスクリーニングが調査の一環として行われている。感度が高い装置が使用されており、調査を受けた子供のうちの相当数で無症候性の(臨床的手段によっては検出できない)甲 状腺異常を検知している。調査で特定された異常が事故による放射線被ばくと関連づけられる可能性は低く、この年齢の子供における甲状腺異常の自然な発生を示している可能性が最も高い。子供の甲状腺がんの発生は、相当な放射性ヨウ素の放出を伴う事故後に最も可能性が高い健康影響である。本件事故に起因する報告された甲状腺線量は一般的に低く、事故に起因する子供の甲状腺がんの増加は可能性が低い。しかし、事故の直後に子供が受けた甲状腺等価線量に関する不確かさは残った。
出生前放射線影響は観察されておらず、報告された線量はこれらの影響が発生する可能性があるしきい値を大きく下回っていることから、発生は予想されない。放射線の状況に起因する希望しない妊娠中絶は、報告されていない。親の被ばくがその子孫に遺伝性影響を生じる可能性に関しては、UNSCEARは一般的に、「動物の調査では示されているものの、人間の集団における遺伝性影響の発生率の増加は、現時点で放射線被ばくに起因すると考えることはできない」 と結論づけた13。
原子力事故の影響を受けた住民の間で、幾つかの心理状態が報告された。こうした人々の多くは、大地震と破壊的な津波及び事故の複合的影響を被ったため、こうした影響がどの程度原子力事故のみに起因するかを評価することは困難である。福島県民健康管理調査の精神的健康・生活習慣調査は、影響を受けた住民のうち幾つかの脆弱な集団の中で、不安感と心的外傷後ストレス障害の増加など、関連する心理学的問題を示している。
UNSCEARは、「(事故からの)最も重要な健康影響は、地震、津波及び原子力事故の甚大な影響と電離放射線被ばくリスクに対する恐怖や屈辱感によって影響を受けた精神的及び社会的福利厚生である」と推定した14。
被ばくのレベルが放射線の世界的なバックグラウンドレベルと同様の場合には、集団におけるいかなる健康影響の事象の増加も放射線被ばくに起因するとはいえないことを明確にし、 放射線被ばくのリスクと健康影響の放射線からの起因を、ステークホルダーに対してはっきりと示す必要がある。
原子力事故後には、健康調査は非常に重要で有益であるが、疫学調査と解釈されるべきでない。そうした健康調査の結果は、影響を受けた住民への医療支援を支えるための情報を提供することが目的である。
放射線事故後に影響を受けた住民の心理的影響に取り組む放射線防護ガイダンスが必要である。ICRPの作業部会は、「放射線事故から生じる深刻な心理的影響を緩和するための戦略が求められる」と勧告した15。
放射線影響に関する事実に基づく情報は、防護戦略に関する個人の理解を高め、その懸念を軽減し、自らの防護イニシアチブを支援するために、影響を受けた地域の個人に理解しやすい形で適時に伝えられる必要がある。
人間以外の生物相に対する放射線による影響
限定的な観察調査が事故直後の期間に実施されたが、直接放射線によって誘発される植物と動物への影響の観察は報告されていない。放射線影響を評価するために利用できる手法には限りがあるが、過去の経験と環境中に存在する放射性核種のレベルに基づけば、事故の結果として、生物相の集団や生態系に重要な放射線影響が生じる可能性は低い。
緊急時段階では、人の防護に主眼を置かなければならない。生物相への線量は管理することができず、個別には潜在的に大きい可能性がある。人間以外の生物相に対する放射線被ばくの影響に関する知見は、放射線によって誘起される生物相の集団と生態系への影響の評価手法と理解を改善することによって強化される必要がある。環境への放射性核種の大規模放出の後には、農業、林業、漁業及び観光業の持続可能性と、天然資源の利用を確実にするために、統合的な視点が採用される必要がある。
事故後の復旧
事故の影響を受けたサイト外の地域の環境修復
事故後の復旧16の長期的目標は、影響を受けた地域において完全に機能する社会のための受け入れられる基盤を再確立することである。採用された参考レベルに合致するよう放射線量を低減させるため、事故の影響を受けた地域の環境修復17が考慮される必要がある。避難者の帰還準備に当たっては、インフラの復旧及び地域社会の生存と持続可能な経済活動などの要素が考慮される必要がある。
福島第一原子力発電所の事故以前には、日本には事故後の環境修復に関する政策と戦略はなく、事故後にそれらを策定することが必要となった。環境修復にかかる政策は、2011年8月に 日本政府によって制定された18。これは、国と地方自治体、事業者及び公衆に責任を割り当て、調整された作業の実施のために必要となる制度を整備した。
環境修復戦略が策定され実施が始まった。この戦略では、外部被ばくの低減を重視し、環境修復の優先地域は、建物と庭、農地、道路及びインフラを含む住居地域であることを明記している。
地面などの表面に着した放射性核種からの外部線量が、被ばくの主要な経路である。したがって、環境修復戦略は、優先地域に存在する放射性セシウムのレベルを下げることによって、そのような被ばくの可能性を低減する除染活動に主眼を置いている。内部線量は、食品に対する制限や農地の環境修復活動を通じて、引き続き制御されている。
事故を受け、日本の当局は、全体的な環境修復戦略の目標線量レベルとして「参考レベル」を採用した。このレベルは国際的なガイダンスで特定されている範囲の下限と一致していた。
低い参考レベルの適用は、環境修復活動により発生する放射性物質による汚染物の量を増やす効果を持つので、費用や限られた資源への需要を増すことになる。日本で得られた経験は、事故後の復旧状況における国際安全基準の適用に関する実際的なガイダンスの策定に活用できるであろう。
2011年の秋に見積もられた年間推定追加線量をもとに、2つの種類の汚染地域が定められた。福島第一原子力発電所から半径20km 以内及び土地の汚染から生じる追加の年間線量が事故後の最初の1 年間に20mSvを超えると予測された地域からなる第1の地域(「除染特別地域」)に おいて環境修復計画を策定し実施するのは、国の責任となった。市町村は、追加の年間線量が1mSvを超えるが20mSvを下回ると予想されたその他の地域(「汚染状況重点調査地域」)で、 修復活動を実施する責任を与えられた。1mSv以下の追加年間線量を達成するという長期目標を含む、具体的な線量低減目標が設定された。
事故直後の重圧の下で行う意思決定を改善するため、事故後の復旧に関して事故以前に計画立案を行うことが必要である。原子力事故が発生した場合に効果的で適切な全体的復旧計画を実現するため、事故後の復旧のための国家戦略と措置が事前に準備される必要がある。これらの戦略と措置は、法律と規制の枠組み、残留放射線量と汚染レベルに関する一般的な環境修復戦略と基準、損傷した原子力施設の安定化と廃止措置の計画、及び大量の放射性物質による汚染物と放射性廃棄物を管理するための一般的戦略の設定を含む必要がある。
環境修復戦略は、個々の措置の実効性と実行可能性、及び環境修復において発生する放射性物質による汚染物の量を考慮する必要がある。
環境修復戦略の一環として、食品の厳格な検査実施と制限が摂取線量の防止と最少化に必要である。
事故後の復旧の状況における放射線防護のための安全基準の実際的な適用に関して、更なる国際ガイダンスが必要である。
サイト内の安定化と廃止措置に向けた準備
損傷した原子力発電所の安定化と廃止措置に関する包括的で高いレベルの戦略的計画が、東京電力及び関連する日本政府の省庁によって共同で策定された。この計画は2011年12月に初めて発表され、その後、損傷した原子力発電所の状態や将来の課題に関して得られた経験や理解の向上を反映して改訂された。この戦略的計画は、サイト内の作業の複雑さに言及し、安全確保のアプローチ、廃止措置に向けた措置、作業促進のための制度及び環境、及び研究開発の必要を含んでいる。
本報告書作成時点では、安全機能が回復され、安定した状態を確実に維持するための構造物・系統・機器が設置されていた。しかし、損傷し汚染された原子炉建屋への地下水の浸入の制御が継続的に必要であった。発生した汚染水は、放射性核種を可能な限り除去するために処理した上で、800基を超えるタンクに貯蔵されていた。海洋への管理された放出の再開の可能性を含む、全てのオプションを考慮した上で、より持続可能な解決策が必要である。最終的な意思決定には、利害関係者の関与が必要であり、その協議過程において社会経済的条件を考慮するとともに、包括的なモニタリング計画を実施することが必要となるであろう。
使用済燃料と燃料デブリの管理に関する計画が策定され、使用済燃料プールからの燃料の取出しが始まった19。デブリの位置と性状の目視確認を含む、多くの必要な予備的段階を考慮した、燃料デブリを取り出すための将来計画の概念モデルが開発された。損傷した原子炉における高い放射線量レベルのため、本報告書作成時点ではそうした確認は可能ではなかった。
日本の当局は、廃止措置活動の完了までには30〜40年程度を要する可能性があると見積もっている。発電所と敷地の最終的な状態に関する決定には、更なる分析及び議論が必要となる。
事故後には、長期的な安定状態を維持するため、また、事故によって損傷した施設の廃止措置のための戦略計画が、サイト内の復旧に不可欠である。計画は、変化する状態と新たな情報に、柔軟かつ容易に適応できる必要がある。
破損燃料の回収や燃料デブリの特性評価と取出しには、事故に特有の解決策が必要であり、 特別な手法と工具の開発が必要となる可能性がある。
放射性物質による汚染物と放射性廃棄物の管理
損傷した原子力発電所の安定化、及びサイト内の除染と周辺地域での環境修復作業からは、 大量の放射性物質による汚染物と放射性廃棄物が発生する。サイト内においては、様々な復旧活動を通じて、放射性物質に汚染された固体物及び液体物並びに放射性廃棄物が大量に発生している20。様々な物理的、化学的及び放射能特性を有する、そうした物質の管理は複雑であり、多大な努力を要する。
また、福島第一原子力発電所の事故後、サイト外の環境修復活動から生じた大量の放射性物質による汚染物の保管場所を確保することに困難が生じた。本報告書作成時点では、数百の仮置き場が地方自治体に設置され、中間貯蔵施設を設置するための努力が継続されている。
事故後の復旧のための国家戦略と措置は、放出、貯蔵及び処分に関する一般的な安全評価に支えられた、放射性物質に汚染された液体及び固体物並びに放射性廃棄物を管理するための、一般的戦略の策定を含む必要がある。
地域社会の再生と利害関係者の関与
原子力事故及び緊急時段階と事故後の復旧段階の双方で導入された放射線防護の対策は、影響を受けた住民の生活に多大な影響を及ぼした。避難と移転の措置や食品の制限は、影響を受けた住民の苦難を伴った。福島県で導入された再生と再建のプロジェクトは、事故の社会経済的影響の理解に基づいて策定された。これらのプロジェクトは、インフラの再建、地域社会の再生、並びに支援と補償などの問題に取り組んでいる。
信頼を構築するためには、復旧活動に関する公衆とのコミュニケーションが不可欠である。効果的に意思疎通するためには、影響を受けた住民の必要とする情報を専門家が理解し、適切な手段によって、わかりやすい情報を提供することが必要である。コミュニケーションは、事故後に改善され、影響を受けた住民は、次第に意思決定と環境修復活動に関与するようになった。
原子力事故及びその後の防護措置の社会経済的影響を認識し、インフラの再建、地域社会の再生及び補償などの問題に取り組む、再生と再建のプロジェクトを策定することが必要である。
利害関係者による支持は、事故後の復旧の全ての側面で不可欠である。特に、影響を受けた住 民が意思決定プロセスに関与することは、復旧の成功、受容及び実効性、並びに地域社会の再生に必要である。効果的な復旧プログラムには、影響を受けた住民の信頼と関与が必要である。 復旧措置の実施に対する信頼は、対話のプロセス、一貫した明確で適時の情報の提供、及び影響を受けた住民への支援を通じて構築される必要がある。
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1 2015年3月。幾つかの場合には2015年6月までの情報も利用可能であり、可能な限り含められた。 2 福島第一原子力発電所の原子炉6基のうち、1、2及び3号機は事故当時は運転中であった。4,5及び6号機は計画停止中であった。 3 東通、女川、福島第二、及び東海第二の各原子力発電所。 4 2011年12月16日、政府・東京電力統合対策室は、1〜3号機で「冷温停止状態」が達成されたと発表した。「冷温停止状態」の用語は特に福島第一原子力発電所のために当時の日本政府によって定義された。その定義はIAEA等が使用する用語とは異なる。
5 行動計画は、世界的な原子力安全の枠組みを強化するための作業計画を定めた。行動計画は、安全評価、IAEAピアレビュー、緊急時への備えと対応、国内規制当局、運転組織、IAEA安全基準、国際的な法的枠組み、原子力発電計画の開始を計画する加盟国、能力構築、電離放射線からの人と環境の防護、コミュニケーション及び情報提供、研究開発の12の主要な行動分野からなる。更なる詳細については、セクション6.1参照。
6 「原子力災害対策特別措置法」(平成11年法律第156号。平成18年法律第118号までの改正を反映)。以下 「原災法」という。
7 主たる国際的な法的文書は、原子力事故の早期通報に関する条約と、原子力事故又は放射線緊急事態の場合における援助に関する条約である。事故当時の緊急時の備えと対応の分野に関する国際安全基準は、IAEA安全基準シ リーズNo. GS-R-2及びNo. GS-G-2.1であった。安全シリーズNo. 115にも、緊急時における準備と対応に関する事項が含まれていた。国際的な実施の取決めには、緊急事態通報・援助技術運営マニュアル(ENATOM)、IAEA緊急時対応援助ネットワーク(RANET)及び国際機関の共同放射線緊急時管理計画(JPLAN)が含まれていた。
8 原子力又は放射線緊急事態への備えと対応に関する主たる責任は、人命、健康、財産及び環境の防護に対する主たる責任と同様に、国にある。
9 放射線防護に関する国際勧告は、ICRPによって発出される。これらの勧告は、幾つかの国際機関によって策定・設定され、IAEAの後援を受けて発出される放射線防護基準(電離放射線からの防護と放射線源の安全のための国際基本安全基準(基本安全基準、即ち BSS))を含む国際安全基準の設定において考慮される。BSSは、世界中で、電離放射線の被ばくの潜在的に有害な影響からの人と環境の防護のための国内規制整備に使用されている。2007年のICRPの勧告は、放射線防護の枠組みの改訂をもたらした。これには防護戦略への参考レベルの導入が含まれた。事故当時、BSSは、これらの勧告を反映させる等のために改訂中であった。
10 国連、原子放射線の影響に関する国連科学委員会報告書、A/68/46、国連、ニューヨーク(2013年)
11 世界保健機関(WHO)も予備的な推定線量をもとに2013年に健康リスク評価を発表した。結果は本報告書において示されている。
12 脚注10を参照。
13国連、原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書、A/67/46、ニューヨーク(2012年)
14国連、電離放射線の線源、影響及びリスク、UNSCEAR2013年報告書、第 I 巻、科学附属書 A:2011年の東日 本大地震と津波後の原子力事故による放射線被ばくのレベルと影響、原子放射線の影響に関する国連科学委員会 (UNSCEAR)、国連、ニューヨーク(2014年)
15 国際放射線防護委員会、ICRPの放射線防護システムと比較しての日本の原子力発電所事故からの初期の教訓に関するICRP作業部会84の報告書、ICRP(2012年) 16 事故後の復旧には、事故の影響を受けた地域の環境修復、損傷したサイト内施設の安定化及び廃止措置の準備、これらの活動から生じる放射性物質による汚染物と放射性廃棄物の管理、並びに地域社会の再生及び利害関係者の参加が含まれる。 17 環境修復は、汚染自体(線源)又は人への被ばく経路に適用される対策を通じて、土地の汚染からの放射線被ばくを低減するために実施され得る全ての措置と定義される。 18 環境省、「平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」(平成23年法律第110号)
19 4号機の使用済燃料プールからの燃料の取出しは、2014年12月に完了した。
20 射性物質による汚染物と放射性廃棄物は、当該物に含まれる放射性核種及び放射能濃度によって区別される。
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Printed by the IAEA in Austria
August 2015
STI/PUB/1710
IAEALibrary Cataloguing in Publication Data
TheFukushima Daiichi accident — Vienna : International Atomic Energy Agency, 2015.
v. ; 30 cm. STI/PUB/1710
ISBN 978–92–0–107015–9 (set)
Includes bibliographical references.
1. Nuclear reactor accidents — Analysis.2. Nuclear power plants — Accidents — Analysis. 3. Nuclear reactor accidents —Japan — Fukushima-ken. 4.Radioactive pollution — Health aspects — Japan —Fukushima-ken. 5. Radioactive waste management. 6. Emergency management. I.International Atomic Energy Agency.
IAEAL15–00988
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